234.【合宿最後の夜】
蘭世「マジだって!!!マジで見たんだって!!!」
夕太「絶対前歩いてた別の部活の人だよ」
蘭世「いやマジだから!!薄ぼんやりしてたし女だったんだって!!絶対雅臣の母さんだわアレ」
雅臣「馬鹿なこと言わないでくださいよ!!」
あれから無事合流した俺達は、梓蘭世が1人で逃げ回ってる際に見たという恐怖体験談に耳を傾けつつ校内を再び周っていた。
仲間が増えた安心感からか、5人になって人数が増えた
こともあってさっきまでの恐怖はもう薄れていたが、
夕太「そういえば最後のスタンプ見つけたよ!」
突然柊が得意げに言うと一条先輩が怪訝そうに首を傾げる。
梅生「俺と離れてから見つけたの?」
夕太「え?何言ってんの?俺とでんちゃんが3の2の教室入ったら梅ちゃん先輩がカーテンから出てきて脅かしてきたじゃん?あそこで見つけたんだよ」
きょとんとして答える柊を見て一条先輩が目を細めた。
梅生「え?俺教室なんてどこも入ってないよ?」
一瞬、時間が止まったかのような沈黙が流れ、蓮池と
柊が顔を見合わせる。
楓「先輩、最後のスタンプ押せて良かったって俺達に
言いましたよね? その後一緒に歩いてたのに突然いなくなって……」
夕太「蘭世先輩を1人で脅かしに行ったのかなーとか話してたら俺らは雅臣と会って…」
梅生「えぇ…?2人とも誰の話してるの?」
ほら、と柊は自分のスタンプカードを確認するように
見せるがやっぱり一条先輩はそこにいなかったと言い張る。
………。
……。
雅臣「じょ、冗談言わないでくださいよ!」
凍りつく空気に俺の声がひどく震えた。
蘭世「こ、怖!?嘘!?マジ!?どっちが嘘ついてん
だよ!!!!」
夕太「え!?で、でんちゃん俺ら見たよな!?梅ちゃん先輩見たよな!?」
楓「見たし喋ったよ」
梅生「不思議だね。ドッペルゲンガーとか?」
一条先輩は軽く言うが、その笑顔に背筋が冷たくなる。
蓮池と柊の焦る表情を見ても嘘を言ってるとも思えないし、一条先輩が面白がってからかってるとも思えない。
ま、まさか本当に心霊現象なのか!?
梓蘭世が俺らの倍騒ぐおかげで恐怖が半分に薄められるが、冷や汗が頬を伝い鼓動が耳に響く。
そんなありえない話に盛り上がっているうちに俺達は
校内を一周し、スタート地点に戻ってきた。
怖さを隠すよう俺達は足早に部室へ向かうが、30分にも満たない肝試しだったのに物凄く濃密な時間だったせいでどっと疲れが押し寄せてくる。
……三木先輩と桂樹先輩は大丈夫だろうか。
先に部室に2人が揃っていたらまた気まずい雰囲気になってるのではないかと心配するが、部室の電気は消えたままだった。
蘭世「あれ、三木さん達は?……あー、鍵ねぇから」
雅臣「そっか。俺が持ってたから……」
梅生「どこかで他の部活の人と話してるのかもよ?先に部室に入って待つか、それともお風呂行く?」
夕太「そしたらまた鍵閉めなきゃだし……そうだ!合宿最後の夜だしゲームやって待ってようよ!!」
目を輝かせる柊に、俺達は部室でゲームをしながら先輩達を待つことになった。
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結局、あの後部室に戻ってきたのは三木先輩だけだった。
それまでどこに行ってたのかはわからないが、風呂も
済ませさっぱりした様子の三木先輩は拍子抜けする程
いつも通りだった。
桂樹先輩はサッカー部の友人が失恋したとかで慰める
ためそちらで過ごすらしい。
梓蘭世は相変わらず調子がいいと呆れているが、俺の胸には別の不安が広がる。
……本当だろうか。
三木先輩と桂樹先輩の間に亀裂が入ったからではないかとそんな疑念がずっと頭から離れない。
先程の微妙な空気を思い出すとモヤモヤが募り、ゲームに興じる皆を横目に俺は参加できずに考え込んでしまう。
蓮池や柊に話せばお前がいちいち考えることじゃないと一蹴されるだろう。
三木「そうだ、雅臣」
モヤモヤぐるぐるしていると三木先輩に声をかけられ俺は思わず背筋を伸ばした。
雅臣「は、はい!!何でしょう!!」
三木「明日で最終日だが……どうする?午前中だけ活動するか?」
雅臣「あ……えっと……皆さん予定はどうです?」
一応この2日間でやるべきことはほぼ終わり、あとは衣装製作を残すだけだ。
歌の練習は9月に入ってからまた始めれば充分だろうと
ゲームを一旦中断し、皆に問いかける。
楓「俺明日は稽古出ないとなんで、起きたらそのまま
帰ります」
蘭世「俺も打ち合わせあるからなぁ」
梅生「そうしたら明日は起きたら各々解散にする?」
夕太「だね!そしたらまた9月に……えぇ?なんか寂しくない?」
柊は三木先輩が寝る布団の上でアザラシのように転がり不満気な様子だ。
確かにもう学校が始まるまで皆とは会えないと思うと、柊の言う通り俺も少し寂しいような気がした。
蘭世「寂しいってならこのまま夜通しゲームすればいいじゃん」
梓蘭世がニヤリと笑う。
夕太「えーっ!?蘭世先輩はスマシスさっき負けたの
根に持ってるだけでしょ」
楓「俺がもう1発ぶん殴ってやるわ」
雅臣「何で俺の方見て言うんだよ!!」
梅生「三木先輩もやりますか?」
夏休みも終わりに近づき、寂しい気持ちとは裏腹にまたこうして皆で笑い合える日が来るのが待ち遠しい。
騒がしいゲームの喧騒に紛れ俺の心はほんの少し軽くなり、このまま時間の流れに身を任せれば合宿が終わる寂しさも忘れられる気がした。




