26.【出会いを教えます】
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夕太「は、腹が痛ぇ……」
楓「夕太くん本当に大丈夫?」
山王学園高等部一般受験当日だというのに、現在進行形で酷い腹痛に襲われていた。
前日にでんちゃんと食べたカツ丼がいけなかったのか、腹の調子がすこぶる良くない。
でんちゃんに支えられて教室まで何とか辿り着くも、正直テストどころではなかった。
楓「ねぇ夕太くん帰ろうよ」
夕太「……バカでんちゃん、俺が帰ったらでんちゃんも一緒に帰るんだろ。そしたらでんちゃんどこも受からないで中卒確定じゃん」
でんちゃんを放っておけないのがきつい。
この幼馴染みは本当に頭が悪いのだ。
でんちゃんのじいちゃんにもお父さんにもオマケにお母さんまで、土下座しかねない勢いで頭を下げられくれぐれもよろしくと頼まれてるんだ。
3年間、このバカのケツを叩いて叩いて叩きまくって何とか受験だけでもさせてもらえる位には仕上げてきたのに、この学校の試験を受けずして帰るなんて絶対にさせない。
...が、今は俺が危ない。
結果はどうであれ、2人とも試験だけは受けないとと机に突っ伏し開始の合図を待っていたその時、
「大丈夫?体調良くない?」
声の持ち主はすっと俺の机の横に屈み込み、顔を覗き込んだ。
見えたのは優しさと気品のあるお内裏様みたいな真っ白な顔。
「保健室受験もできるよ?無理しないで」
そっと手を取られ保健室に行くことを促される。
上級生なのかな…
痛みにぼんやりした頭で頷くと、先生にその旨を伝えてくれた。
「さ、一緒に行こう。立てる?」
先輩は筆記用具や荷物をそばにいたでんちゃんから受け取り全部持ってくれて支えてくれる。
でんちゃんに死ぬ気でやれと目で伝え、お内裏様のような美しい優しい先輩と一緒によろよろと保健室まで歩いた。
保健室に入るといつ倒れてもいい安心から痛みが少し落ち着いてきた気がする。
用意された席に座り、保健の先生にまだ時間あるから念の為と体温計を差し出され測るも、急に受験教室に置いてきた幼馴染みの事が気になった。
……でんちゃん1人で大丈夫かな。
ピピッと音がなり、確認すると熱はなかった。
胃腸風邪が流行ってるから試験が終わったら病院に行くように先生から言われるも、すぐにでんちゃんのことで頭がいっぱいになる。
絶対に名前書くの忘れたら駄目だよと念押しすれば良かった。
でんちゃんって本当にバカだから……。
その不安が伝わったのか先程の上級生が優しく微笑みながら、
「緊張しないで。大丈夫、受かるよ」
と俺の手に真っ白な自分の手を添えてくれた。
そして俺の代わりに鞄から筆記用具まで出してくれて、保健の先生に頼んでひざ掛けまでかけてくれる。
夕太「…受かるかな」
「大丈夫。……そうだ、入学式は合唱部が歌を歌うんだよ」
急に何の話だろうと首を傾げると俺の背中を優しく撫でてくれる。
「俺、合唱部なんだ。だから君が受かったらお祝いの歌を歌うね」
励ましてくれてるんだ。
そう気づいて少し嬉しくなる。
「ソロは俺の親友が歌う…と思う。本当に本当に歌が上手いんだよ!…この学園で待ってるから、また再会できるといいね」
うっとりと友人の姿を思い描くように話す先輩を見て、その歌声を聞いてみたいなと思い自分も頬が緩むのがわかった。
柔らかい声を聞いてたら痛みが落ち着いたような気もしてきて、この痛みは意外とでんちゃんを心配しすぎた緊張からきていたのかもしれないと気づく。
そして何より、見ず知らずの人がこんなに自分の合格を願ってくれてる事が素直に嬉しかった。
夕太「せ、先輩…あ、あの……」
「あ、そろそろ時間だ。……無理せずに頑張って!」
ポンポンと俺の背中を軽く叩いて、先輩は保健室から出ていってしまう。
入れ替わりで試験監督の先生がやって来て試験の合図となる鐘の音がカーンと学園中に鳴り響いた。
先生の始めという声で頭が物凄く冷静になって、1人静かに試験用紙を捲る。
あの優しい先輩の名前を聞きたい。
そして入学してお礼を伝えたい。
その一心で試験に励んだ。
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夕太「__これが俺と梅ちゃん先輩の馴れ初めです!その節はお世話になり本当にありがとうございました!」
一条先輩との感動的なヒストリーだと声高らかに語りご満悦の柊の隣で、うんざりしている蓮池からこの話は何十回と話されている事がわかる。
楓「俺の事そんなに心配だったの?信用無さすぎる」
と蓮池は不貞腐れているが課題を提出している姿は見た事ないし、授業中も寝てばかりのこいつを見ていると留年まっしぐらじゃないかとたまに俺まで不安に駆られるぞ。
幼馴染みで仲がいい柊なら尚更だろう。
蘭世 「馴れ初めとかきめぇこと抜かすな」
梓蘭世が大変ご不満な顔をで机をベシベシ叩いて柊にアピールし、
蘭世「...梅ちゃんさ、そうやって誰にでも優しくするのやめなよ」
梅生 「えっ!?試験監督の手伝いの一環だよ?」
意味不明なことを言う梓蘭世にもっともな理由で一条さんが返した。
誰にでも優しくするなだなんて、今どき少女漫画でも聞かないようなセリフを平気で一条先輩に投げかける梓蘭世に呆気にとられる。
楓「いやいや話聞いてました?試験監督生なんだからそれ位はするでしょうよ」
蘭世「気を持たせるような真似すんなって言ってんの。その結果こいつみたいに勘違いした奴が出来上がる」
珍しく蓮池がまともことを言うと梓蘭世は舌打ちしてまた不機嫌そうに眉を寄せた。
そして何を言われようと全くは気にならないのか、話し終えて満足した柊はジュースのおかわりを取りに行った。
楓「夕太くんが一条先輩に憧れたのなんて、あの意地クソ悪い姉貴達に囲まれて育ったからですよ」
シンデレラに出てくる様な、と付け足す蓮池の話を聞いて柊にお姉さんがいるのを初めて知る。
柊のバグった距離感やうるさいほどお喋りなそれは持って生まれた性格かと思っていたが、姉がいるなら多少は影響を受けているのかもしれない。
三木「柊は姉がいるのか」
夕太「はい!全部で姉ちゃん4人います」
蘭世「げぇ、女ばっか4人もなんてすげぇな」
よ、4人!?
女が4人もいるなんて、家では相当肩身が狭そうだな。
ジュースを飲み干した柊は、今度は自分のリュックの中身をガサガサと漁り始めた。
相変わらず落ち着きのないやつだなと思うも、今日1日気になっていた登山用なのか?と思うほどとにかくバカでかいリュックから、これまた大きなボックスを次々取り出して開く。
夕太「危ね、姉ちゃんで思い出した!これ皆で食べましょう!」
どん、と机に置かれたのは綺麗に1つずつ丁寧にラッピングされたパウンドケーキだった。
夕太「こっちから抹茶、かぼちゃ、いちご、チョコ!でんちゃんは食べちゃダメだよ」
楓「は?何で?」
夕太「その意地クソ悪い姉ちゃんが作ったんだもん。絶対食べんなよ」
我先にと手を伸ばす蓮池の手の甲を、柊が思い切り力強く叩いた。
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