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225.【皆で歌う祝福の歌】




三木先輩はピアノの前に座ると蓮池を横に立たせて軽くソロパートを歌わせる。


蓮池が歌い始めるとその声はまだ不安定で音程が微妙に揺れるが、三木先輩は鋭い目で聞きながら指先で軽く鍵盤を叩きリズムを刻む。



三木「あぁ、ここのフレーズだけ音が下がるんだな。

そのままの音程をキープして___」


楓「……ここ声出ないです」



蓮池は音域が狭いから声を出しづらいんだろう。


しかし三木先輩は小さく笑い、まるでそんなことは大した問題でもないと言うようにピアノを止めて立ち上がる。



三木「力んでるからだな」



そう言い切ると、蓮池の肩に軽く手を置き落ち着いた声で続ける。



三木「もう1回」


楓「君が生まれてきた意味を__おぉ、」


三木「そういうこと。高音は力じゃなくて息の流れで

そのまま出すといい。深く息を吸って、吐く時に下腹を意識して……柊、伴奏頼めるか?」


夕太「もち!」



柊の指が鍵盤を滑りソロパートの高音のフレーズが

軽やかに流れ出す。


三木先輩は蓮池の肩に両手を置き、蓮池は言われた通り呼吸を整えるともう1度ピアノに合わせて歌い出した。


ソロパートを何分割にもして短いフレーズを繰り返させる三木先輩の指導通り、蓮池は何度も一音一音丁寧に歌い直す。


すると明らかにズレていた音程が少しずつ正しい軌道に乗っていった。



梅生「迷う日々も答えのない道も__」



蓮池のソロに続いて一条先輩の澄んだ歌声が自然と重なる。



蘭世「君の足跡未来を描く__」



三木先輩が舞台の中央にゆっくりと歩み出て自信を湛えた動きで指揮を取り始めると2年生の歌が寄せては返す波のように体育館を満たしていく。



桂樹「一瞬の笑顔、一つの出会い__」


雅臣「全てが君を輝かせるから__」



柊の伴奏は途切れることなく流れ、三木先輩が舞台の中央で静かに手を振って指揮を取ると1人、また1人と自然に声が重なり合う。



祝福の歌は生まれてきたことの喜びを、未来への希望を純粋に讃えるものだった。



全員でこれからの輝かしい未来を歌う瞬間はまるで純粋に歌うことそのものが意味を持つかのようで、歌が一節ずつ進むにつれ驚くほど自然な一体感を生み出していく。


初めて全員でちゃんと祝福の歌を歌ったけれど、舞台の上だというのにいつの間にか俺の緊張はどこかへ消え去っていた。



ただ皆と共に歌う喜びだけがそこにあった。



1人ぼっちだった俺が、今、こんな風に友達や先輩たちと一緒にいられるなんて。



この合宿で何度そう思っただろう。



心の奥で何度も繰り返したその想いは歌声に乗ってさらに強く響く。



三木先輩をチラと見れば目を合わせて小さく微笑んでくれて、その眼差しに気が引き締まるような、でも温かい安心感が広がる。



やっぱり、三木先輩は皆の支柱だな……。



歌い終わると体育館に静かな余韻が残り、一条先輩が

一息つきながら呟いた。



梅生「やっぱり三木先輩が指揮だと歌上手くなった気がするな」


雅臣「わかります!発声練習の時も思ったんですけど

気が引き締まるっていうか……!!」


三木「蘭世ちゃんと見てたか?」


蘭世「はいはい、どーせ俺じゃこうはならんわ」


桂樹「いやそんな事言ってねぇだろ」



いつも通りの騒がしさに戻りながらも全員の顔には

ちゃんと通せた安心感と達成感が滲んでいた。


いつもはふざけてばかりだが、初めて全員で祝福の歌を歌いきり文化祭の舞台がようやくイメージできた。


このまま全員で文化祭まで、いや文化祭までじゃなくてずっと楽しく過ごせたらいいよな。


失敗や小さな衝突もあるかもしれないがこうやって笑い合いながら過ごす時間が皆の宝物になればいいと俺は心の中で願った。



三木「祝福の歌も問題なさそうだな」


夕太「いやーさすがに天才。合宿だけで全部できちゃうなんてさ!」


楓「衣装は残ってるけどね。あと2年の作詞と陰キャの

マジック」


蘭世「9月いっぱいあるし余裕じゃね?」



その言葉に、俺はハッとする。


……忘れてた。


苦手なミシンでの衣装作りと更にはマジックも覚えないといけない。


自分のクラスでの展示物やテスト勉強まであるじゃないかと一気に現実に戻された気がした。



小夜「おーい」



その瞬間、体育館の扉が開いた。



夕太「小夜せんせー!!どしたのー!?」


小夜「蓮池の母さんから連絡あってなー」


楓「ババアから?」



そのまま舞台まで歩いてくる担任の言葉に蓮池は眉間に皺を寄せる。


何かあったのかと少し心配になるが、



小夜「夜飯は大丈夫かってさ。決まってなかったら竹風閣(ちくふうかく)の弁当人数分届けるって」


楓「あのババア何ハシャいどんだ」


蘭世「竹風閣って覚王山のそこの?茶道とか日本舞踊

とかの発表会で使うとこじゃなかった?」


三木「料亭でもあるんだよ。会食で使われることも

多い」



覚王山に住んでいるとはいえ聞いた事のない名前に首を傾げるが、担任の説明によれば老舗の料亭のようで和の趣を大切にした空間と季節の食材を使った料理が評判らしい。


文化的なイベントや会合でよく使われるけど、弁当の注文も受け付けてるらしく、



夕太「え!いいじゃん!暑っついし外出たくなくね?」



柊が目を輝かせてその話に飛びついた。



三木「和食だから蘭世も少しなら食べれるだろ?」


桂樹「少しならて、食わせてやれよ」


楓「……皆さんがいいなら、ババアに弁当持ってこさせます」



意外と乗り気な皆に少し驚きながらも蓮池はお母さんと連絡を取ってくれるらしい。


少し早い夜飯だが昼もきちんと食べてないし、全員絶妙に集中力が切れてきたのもあって練習はこれで終わりとなった。



小夜「家庭科室片付けたか?」


雅臣「片付けました。あの、9月も申請出せばミシンとか使えますかね?」


小夜「使える、ただ9月入ると演劇部が家庭科室占領し始めるから申請は早めにな」


雅臣「わ、わかりました……」



衣装の心配が頭をよぎるが、文化祭までの慌ただしい日々を想像しながら俺は皆と一緒に部室へ戻った。




読んでいただきありがとうございます。

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