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224.【心配事】




軽く歌ってるだけなのに、梓蘭世の歌声はこの世のものとは思えない響きを放つ。


繊細なメロディが心の奥にそっと滑り込み、それは春の微風のように柔らかいのに一度耳にすれば魂を掴んで離さない魔力を持っていた。


ただ美しいだけでなく超人的なテクニックに裏打ちされた完璧さだ。


俺がその歌声に飲み込まれて聞き入っていると、ふと

隣に立つ桂樹先輩の気配に気づいた。



桂樹「あいつ歌わないって……」



桂樹先輩は驚いたように目を何度も瞬かせ、口元が微かに震えている。


合唱部では頑なに歌うことを拒んでいた梓蘭世がこんな風に何気なく歌っているなんて桂樹先輩には信じられない光景なのだろう。


考えてみれば、先輩はこの神がかった歌声を初めて耳にしたのかもしれない。



雅臣「梓先輩、上手いですよね」



俺は共感を求めて声をかけ、桂樹先輩の反応を窺った。


だが、桂樹先輩は俺の言葉をまるで聞いていないかの

ように梓蘭世の方へと足早に歩み寄った。



桂樹「何だよ、蘭世歌うんかよ。歌いたくないとか

言ってたじゃん」



桂樹先輩の声には驚きとどこか苛立ったような響きが

混ざり、梓蘭世の歌声に圧倒された動揺が隠れている

ようにも見えた。



蘭世「は?」


桂樹「合唱部の時は___」


蘭世「それ今関係ある?邪魔すんなよ」



歌うのを止めた梓蘭世は怪訝な顔で桂樹を振り返るが、すぐに興味を失ったように視線を外し一条先輩に

向き直った。



蘭世「梅ちゃん、ここの音域なら出しやすいよな?」



桂樹先輩は呆気にとられたように立ち尽くしている。


合唱部では請われても歌わなかった梓蘭世がSSCでは

こんなにも自然に歌うなんて受け入れられないのだろう。


しかし梓蘭世はそんなことどうでもいいのか、桂樹先輩をスルーして自分の曲の音程を確認するよう一条先輩と一緒にサビの部分を歌い始める。



雅臣「……」



一条先輩の歌声はさっきよりも自然に響き、表現力に

深み増した気がした。


ほんの少し音域を調整しただけでこんなにも変わるものなのか。


その技術に驚きつつも、梓蘭世と久しぶりに一緒に歌う喜びからか、一条先輩はきらきらと目を輝かせる笑顔に溢れていた。


4月の入学式での祝福の歌も本当は一緒に歌いたかった

って言ってたもんな……。


一条先輩の頬はほんのり上気し、口元には抑えきれない嬉しさが柔らかな弧を描く。


梓蘭世と視線を交わしながら歌うその姿は全身から幸せが溢れ出ているようだった。



梅生「蘭世ありがとう!これならもう少し声も張れる!」



歌い終えた一条先輩が明るく応じると梓蘭世も満足そうに頷いた。



蘭世「おっけー、なら夕太もこれで__」


桂樹「……てか、お前歌えるならソロやんの?」



ところがそこへ桂樹先輩がまた割り込んだ。


その声にはどこか落ち着かない響きがあり瞳は泳いでいる。


梓蘭世の歌の上手さに完全に圧倒されてしまったのかもしれないが、何か心配なことでもあるのか焦ってるように見えた。



蘭世「はぁ?ソロはでんで決まっただろ?」


桂樹「い、いや……そっか。そうだよな。ごめん」



梓蘭世は更に怪訝な顔で首を傾げるが眉間に皺が寄り

唇が微かに歪んでいる。


何を言ってるんだと顔にはっきり書いてあって、俺にも正直桂樹先輩の言わんとすることがさっぱり分からない。


そんな中、急に柊がピアノの椅子から立ち上がり桂樹先輩の元へと駆け寄った。



夕太「ジュリオン先輩何を心配してんの?」


桂樹「いや、その……」


夕太「俺らのソロは音痴のでんちゃんに決まったじゃん!それに蘭世先輩が本番で歌ったら活休中なのにSNSでバズっちゃうし、歌わないから大丈夫だって!」



屈託のない笑顔で桂樹先輩を見上げる柊を見て、俺も

その通りだと頷いた。



夕太「ねー、雅臣もそう思うだろ?」



柊が俺に視線を向けるので再び頷きながら言葉を重ねた。



雅臣「天下の梓蘭世ですよ? 拡散されたら一瞬で広まるだろうし、梓先輩には学校で嫌な思いして欲しくないんです。だからできるだけ目立たない方形で参加できるよう梓先輩を指揮に決めたんです」



大会でいなかった桂樹先輩に改めて分かりやすく梓蘭世が指揮に決まった経緯を説明する。



桂樹「……それなら狭い教室のが良くね?」


雅臣「俺も最初はそう思ってたんですけど、よくよく

考えたらその狭いところに梓蘭世がいるって聞きつけた人が詰め寄る方が危ないかと」


蘭世「いやそれは流石に……」


楓「ないとは言いきれませんよ?」



桂樹先輩は少し落ち着いたのか、それもそうかと頷いた。


梓蘭世がいると聞きつけた人が殺到したら、教室だと

逃げ場もないし色々危ない気がする。


反対に体育館なら撮影は避けられないかもしれないが

後ろ姿だけで済むし、大勢の人が見ている中、下手に

手出ししてくる輩はいないだろう。


……俺が焼いたフォカッチャの写真でさえTmitterで50もいいねがつくんだ。


梓蘭世の写真が出回れば1万いいねは余裕でついてしまうし、できる限りの対策はした方がいい。



夕太「そうそう!雅臣の言う通り!体育館なら遠くて

ギリ見えない人もいるだろうしね!」


三木「そうだな。協力してくれて本当に助かるよ」



有難いと三木先輩は微笑むが、桂樹先輩はまた気まず

そうに顔を逸らした。



夕太「それに梓蘭世かも!?と思ってもでんちゃんの

音痴さで目は逸れるよ」


楓「ねぇ夕太くん、さっきから音痴音痴って何なのさ。俺は音痴じゃないって言ってるのに」



何度も音痴だと言われた蓮池はムキになって祝福の歌のソロパートを歌い始めるが、やっぱり半音ズレいてテンポも絶妙にズレている。


ちゃんと音痴なその歌声に皆が笑い出したが、



三木「蓮池、練習しようか?この前言った蓮池が出し

やすいキーは覚えてるな?」



三木先輩だけは笑わずそう言って柊を退かせてピアノの前に座った。




読んでいただきありがとうございます。

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