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223.【微妙な距離感】




体育館に響いていたピアノの音が急に途切れる。



桂樹「……どうして前みたいに〝リオ〟って呼ばないん

だよ」



桂樹先輩は微かな震えを帯びた声で呟くが、その言葉は先程までの旋律とは違ってどこか重く鋭い。


そう言われれば三木先輩は桂樹先輩のことをずっと

リオって呼んでたような……?


何となく記憶を辿るが、これまで3年の呼び名なんて

特に気にしたこともなかったので分からない。



三木「さぁ? 何でだろうな」


桂樹「よそよそしいんだよ。俺が何したって、」



2人の間に不穏な空気を感じるのは気のせいだろうか。


桂樹先輩の言葉にはどこか苛立ちともどかしさが混ざっていて、急にどうしたんだと見つめてしまう。


しかし凝視する俺と桂樹先輩の視線が交錯した瞬間、

何故か気まずそうな顔で目を逸らされた。


俺がまずいことでもしたのかと思うが思い当たる節は

何もない。


重く張り詰めた空気にこちらまで背筋がピンと伸びる

気がした。



桂樹「え、もしかしてあのこと?それは悪かったとは

思ってるけどさ……三木には関係ねぇじゃん」


三木「あぁ、関係ないな。だからお前のことも俺がどう呼ぼうと勝手だろ?」


桂樹「…………」


三木「それにそれだけじゃない。さぁ、練習しよう」




……それだけじゃない?


三木先輩の声は冷たく、2人の間に流れる空気はまるで

薄氷の上を歩くように張り詰めている。


桂樹先輩は言葉を失い沈黙していて、俺1人だけが気まずくて仕方がない。


そっと視線を2年の方へ向けるが、離れた場所で歌詞を

考える2人にはこの不穏な空気は届いていないようだ。


本当は見えていなかっただけで、もしかして合唱部の頃から2人の間にこういった微妙な距離感があったんだろうか?


表面的には喧嘩してるようには全く見えなくて、2人とも笑顔で話すし冗談も言い合う。


でも、こうやってどこか心の歯車が噛み合わない瞬間が垣間見える。


同じ旋律を奏でていても、違う思いを抱いているような……。


口にすれば壊れてしまいそうなその違和感を、俺はただ黙って見つめることしかなかった。



夕太「雅臣お待たせー!!」


雅臣「あ、あぁ……おかえり……!!」



その瞬間、柊と蓮池が戻ってきた。


……助かった。


さり気なくその場を離れて2人に駆け寄れば、



蘭世「三木さん指揮の見本見せてよ」


梅生「……蘭世、歌詞考えるの飽きたんでしょ」



立ち上がった2年生の軽快なやり取りに、張り詰めた空気も少しだけ和らぐ。



三木「お前な……それなら先に祝福の歌練習するか?

全員揃って練習したことないもんな」


夕太「じゃあ俺が伴奏だね!一緒に歌ってもいい?」


三木「あぁ、いいぞ。皆歌詞は覚えたか?」



全員舞台に上がるよう三木先輩に手招きされ、俺達は

小走りで舞台へ向かう。


柊がピアノの椅子に座っていた桂樹先輩をケツで押し

退けその場を陣取ると、指を慣らすように鍵盤を掻き

鳴らす。


その音はさっきまでの重い空気を吹き飛ばすような

軽快さだ。


それにしてもこうやって改めて舞台に立つとやっぱり

緊張するな。


俺はこれまで舞台で何かを発表したこともなければ、

特に習い事もしてこなかったので発表会の経験すらない。


この前はふざけたテンションにふざけた曲だったから

そこまで気にならなかったが、文化祭当日の観客を

想像すると背筋に冷や汗が走る。


しかも衣装を着て歌い、挙句にマジックまで披露する

なんて……。


考えただけで頭が痛くなりそうだと考えていると、



雅臣「痛!?」


楓「ボーッとしとんなよ間抜け。はよ行けや」



考え込んでいると蓮池に背中をドンと押されて、何故か俺が真ん中の立ち位置になってしまう。


……。


………い、いやいやいや。


今日はたまたまだとしても、これで立ち位置が決まった訳じゃないよな?


本番はまた違うよな?



夕太「あ!待って!」



こんな目立つ位置は絶対に嫌だとさり気なく半歩下がると、柊の大きな声が響き渡り全員が注目する。



夕太「先に2年の歌から軽く合わせてもいい?1回も

練習できてないからさ!」


梅生「でもまだ俺らの歌詞が1番しかできてないよ?」


夕太「残りはららら〜でいいんですよ!そんな深く考えないで大丈夫!俺も歌うしさ!」


三木「分かった。雅臣、蓮池後ろに下がれ」



俺達は邪魔にならないよう柊のピアノ横に移動すると、一条先輩が舞台の真ん中に立った。



蘭世「梅ちゃん頑張れー」


梅生「何か照れるね」


柊「じゃあ行くよー」



柊は軽く目を閉じ息を吸ってからピアノを始める。


梓蘭世が作曲した〝愛〟をテーマにした曲はシンプルながら情感豊かで、柊の伴奏と見事に調和していた。


テンポは穏やかで、リズムは柔らかく自然。


左手で刻む低音が安定感を与え、右手のメロディが情感を紡ぐと、



梅生「Beneath the fading stars, we swore forever___」



一条先輩の歌声が体育館に静かに響き渡る。


柔らかく温かみのある声はピアノのクリアな音色と溶け合い心地がいい。


まるで夜の静寂にそっと語りかけるような雰囲気を醸し出し、ピアノと歌声が織りなすハーモニーは聴く者の心に安らぎを与えた。



楓「……上手いな」


雅臣「……だよな」



一条先輩の歌声は梓蘭世のような派手さや三木先輩のような力強さはないが、驚く程に安定していて澄み切った情感が深い余韻を残す。


合唱部で磨かれた正確な音程と歌を愛する心が一条先輩の声に宿っていて、楽しそうに歌う姿に聞く側の心も自然と温まる。


梓蘭世が一条先輩は歌が好きで合唱部に入ったと言っていたがその通りで、その姿に俺達も笑顔になった。



梅生「……っと、歌詞はここまでなんだけど……」


夕太「了解!この調子なら2番できても余裕だな!

梅ちゃん先輩歌上手だね!」


梅生「ふふ、ありがとう。柊が俺に合わせて弾いてくれたからちゃんと歌えた気がするよ」


蘭世「梅ちゃんサビ声出しずらい?」



褒められて嬉しそうに微笑む一条先輩に、梓蘭世は音程を取りずらそうな所にチェックを入れていたのかそう提案する。


一条先輩は少し考えサビの部分をもう一度歌い出すと、確かに言われてみれば少しだけサビのところの音程が取りづらそうだった。



蘭世「やっぱ少し下げてみるか……変えずいけるか……夕太サビ前から弾いて」


夕太「おけー」



柊がそのままピアノを弾くと、




蘭世「Eternal love where did you go___」




友人が最も心地よく歌える音程を探るために、梓蘭世は自ら歌い始めた。






読んでいただきありがとうございます。

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