221.【何故俺がマジックを!?】
桂樹「あともう1個聞いていい?時間絶対余らん?40分使えて合計4曲、どう考えても20分でいけるだろ」
桂樹先輩が再びミシンの針を動かしながら時間配分に
ついて切り出した。
梅生「余った分をどこか別の部活に渡すなら早いうちに渡した方がいいですよね」
夕太「えー、余ったらそん時考えればよくない?適当に踊ったりすればいいよ」
能天気に変なコサックダンスをし始める柊に梓蘭世は
爆笑だが、ミシンの音が一瞬途切れそういう訳には
いかないと桂樹先輩は首を振る。
桂樹「適当にやったら生徒会は絶対文句言うし下手
すりゃすぐに廃部だぜ?」
雅臣「え!?」
桂樹「はける時間とかも全部うるせぇしどこかに時間
渡しちまうか、渡さないなら曲増やすのかとかちゃんと考えた方がいい」
ごもっともな意見に家庭科室の空気が引き締まった。
布の擦れる音とミシンの軽い振動が再び響き始めるが、皆の顔にどことなくもう1曲作るのも歌うのも面倒だという気だるい雰囲気が漂う。
窓の外から聞こえるセミの声が、夏の暑さと相まってただでさえ無い集中力をさらに削いでいるようだった。
三木「……生徒会が厳しいのは事実だからなぁ」
三木先輩が机に散らばった糸くずを払いながら静かに
呟く。
楓「でも今の生徒会なんて来年はいないんだし、時間
余って怒られても『すみません』でよくないですか?」
梅生「うーん…それはそうなんだけど」
蘭世「廃部にしといて卒業されんのもウザいよな。俺ら来年また部活探し直すのもダルくね?」
梓蘭世が椅子の背もたれにだらしなく寄りかかりながら付け加える言葉に皆の手が一瞬止まる。
確かにその通りで、SSCより緩くて楽な部活なんてどこにもなく文化祭で廃部になって俺ら全員が路頭に迷うのは嫌だ。
想像しただけで気が重くなり家庭科室に沈黙が流れる中、
夕太「……マジックだな」
柊が真剣な面持ちで呟いた。
楓「マジック?」
夕太「Ladies and gentlemen!!って歌う前にショー
みたいに登場してさ?3個くらいマジックやってから皆で歌えばよくない?」
せっかく衣装もあるんだし、と柊は目を輝かせて椅子の上に立ち上がり人差し指を天に掲げてマジックショーを宣言した。
蘭世「誰がそのマジックすんだよ」
夕太「そりゃ天下の梓蘭世……と言いたいとこだけど、蘭世先輩はケツしか見せられないもんね。仕方ない。
てことでー!!ドゥルルルルル……」
人差し指をぐるぐると回し、柊が勢いよく指さした
先は……
夕太「ジャジャジャジャーン!雅臣、頼んだよ!!」
雅臣「……は!?」
この俺だった。
雅臣「お、おい何言いだすんだよ!?マジックなんて
俺は絶対嫌だぞ!!」
夕太「だって雅臣がSSCの部長じゃん?サークルの危機は部長が率先して助けるのが役目でしょ!」
思わず手に持っていた布を机に叩きつけるが、柊は
ニヤニヤ笑いながら椅子から飛び降りてポンポンと俺の肩を叩いた。
___こ、この野郎……!!
こういう時だけ部長部長って!!
雅臣「あのなぁ!そんなにマジックがしたいなら柊が
やれよ!お前だって部長になりたがってたわけだし、
そんなに簡単なら誰にだって___」
楓「じゃあお前がやれよ。部長の役目を何にも果たしてないんだからそれくらいやって当然だろ」
反論すると同時に蓮池に横目で睨まれ俺はハッと息を
吞む。
部長らしい行動なんて何1つしていないのは事実でそれを言われたら何も言い返せない。
実際、合宿関連の申請は全て柊か三木先輩にやって
貰っていて今までも俺は特に大したことはしていない。
だけどマジックなんて……。
せっかくソロを逃れたのに、1人でマジックをさせられるなんて絶対嫌だ。
名ばかりの部長なら尚更俺じゃなくてもいいじゃないかと救いを求めるように他のメンバーを見回した。
桂樹「マジックねぇ、まあ1番無難ではあるけど一応〝SSC〟だから歌っとかないとまずくね?」
雅臣「か、桂樹先輩……」
すかさず桂樹先輩が助け舟を出してくれて、とても
救われた気持ちになる。
どうにかしてこの流れを回避したくてその通りだと必死に頷くが、
夕太「大丈夫だって!俺らは後ろで賑やかし要因やるし、俺が効果音みたいにピアノも弾いてあげるよ!
そしたらより盛りあがるっしょ?」
三木「まるでマジックサークルだな」
蘭世「ついで俺らがお前の後ろでお情け程度にハミングしてやるよ。そしたら一応名目通りSSCにはなるだろ」
流れを断ち切ることはできなかった。
完全に俺がマジックをやる流れに決まってしまい、
いよいよ逃げ場がなくなってしまう。
夕太「よし、決まり!!んじゃ雅臣、3つくらいテキトーに覚えてきてよ」
…………。
………………な、殴りたい!
衣装に羽をつけるだのマジックショーだの、おかしな事ばかり思いつくこのふざけたカナリアを本気で何回か
殴ってやりたい!!!
三木「雅臣は器用だからな」
雅臣「で、でもマジックなんてしたことないし……
どういうのかも知らないし……」
梅生「なら俺が教えてあげようか?簡単なトランプの
マジックくらいならできるからさ、一緒に練習しようよ」
拳を震わせどうにか堪える俺を見て三木先輩がフォローを入れてくれて、そして穏やかに笑う一条先輩に少し
救われた気持ちになるが……。
雰囲気に流されすぎている気もする。
蘭世「あー、確かに。梅ちゃんトランプの何?ザザーってやるやつめっちゃ上手いわ」
梅生「それにトランプなら充分時間稼げるよ。お客さんに引いてもらうやつとかにしたら2個でいいんじゃない?」
楓「それでいきましょう。頼んだぞ部長」
夕太「サンキュー部長!!」
ニヤニヤ笑う蓮池と満面の笑みを浮かべる柊をまた
本気でぶん殴りたい衝動に駆られるが、今まで部長
らしい事は1つもしてこなかった負い目もある。
それに来年もこのサークルを存続させるためには何か
しらやらなきゃいけないわけで、一条先輩が優しく教えてくれるなら何とかなるかもしれないと頭を下げた。
雅臣「……そうしたら一条先輩教えて貰えますか?」
梅生「もちろん。本当はシュークリーム早食い選手権
とかでもいいんだけどね」
蘭世「それはぜってーだめ」
一条先輩の割と本気な提案を梓蘭世が即座に却下し家庭科室に小さな笑い声が響く。
楓「それで?歌の順番はどうします?」
夕太「マジックやってー、どの学年から歌うかってことだよね。ラストは祝福の歌じゃん?」
三木「そうだな……もう少しだけ衣装を作って、午後はまた体育館で歌いながらそれも決めてしまおう」
三木先輩が机に散らばった布を整えながら落ち着いた
声で言うと、皆がその提案に頷いた。
……衣装作りに歌の順番まで、合宿が驚くほどスムーズに進んでるよな。
これも頼りない部長の俺の代わりに三木先輩が自然と
場を仕切ってくれるだよなと感謝しながらもう少し俺も
責任感を持とうと心に決めた。
桂樹「だな。俺らは曲と歌合わせてー、2年はどーすんの?」
梅生「あ、俺らまだ2番の歌詞が出来てなくて……」
夕太「梅ちゃん先輩気負うことないよ!俺がハミング
してあげる!全員時間と流れだけ確認しようよ」
一条先輩が申し訳なさそうに呟くと、柊が明るく
フォローしつつピアノで軽い音を鳴らす。
雅臣「それなら俺が体育館の申請出してきます」
蘭世「頼んだー……てか、行くついででよくね?皆で
行こうぜ」
梓蘭世が立ち上がった俺を引き留め同時に皆が再び手を動かし始める。
流れで俺がやることになったマジックは未知の領域だけど、この緩くて楽しい自由なサークル存続の為に
部長としてできる範囲で頑張ろうと考えた。
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