220.【ソロはまさかの…】
蘭世「い、いやいやいやそんなこと言っとらんじゃん!それに梅ちゃん、そのカードはさ……」
梓蘭世が慌てて手を振って弁解するが、その声はどこか弱々しい。
梅生「はいはい、どーせ俺は親がいないから裁縫が
できないんですよ。ね?だから藤城もミシン苦手なんだよね?俺達は親がいなくて育ちも悪いから教えて
貰ってないもんね?」
雅臣「え!?い、いや……」
一条先輩は珍しく苛立ちをむき出しにして急に俺に話を振ってくるので言葉に詰まってしまう。
確かに母親が亡くなったことや親父が再婚したことは
自分から話したこともあって皆が知っている事実だ。
だが蓮池や柊が軽くからかってくることはあっても、
こんな風に真正面から……ハッキリと〝育ちが悪い〟
なんて言葉を投げつけられるとは思わず俺は黙り込んでしまう。
夕太「ヒス構文じゃん、梅ちゃん先輩ヒス構文」
楓「ヒスってか……まあヒスだよね」
夕太「ギリ蘭世先輩とミルキー先輩が悪い?」
楓「ギリ一条先輩かな」
小声で話す蓮池と柊の〝ヒス構文〟がどういう意味なのかさっぱり分からないが、育ちが悪いと言われたことのショックがデカすぎる。
梅生「…………」
だが一条先輩か憎々しげにブチブチと糸を引きちぎる音が恐ろしくて妙な緊張感に口を噤んだ。
夕太「う、梅ちゃん先輩って意外とワイルドだよね!」
梅生「柊は何にも作ってなくて楽できていいね。大体
提案したのは柊なのに___」
雅臣「お、俺がそれ取りますよ!!一条先輩は少し
休んで……」
楓「お前は人の事気にしとらんと自分のをやれよ。
なんならお前が1番下手だわ」
一条先輩が今度は柊へと矛先を向けるので慌てて割って入るが、蓮池に小突かれると俺はまたしても言葉を失いすぐに目の前の現実に引き戻された。
俺の手元のジャケットは縫い目が波打っていて真っ直ぐ縫うことすらままならないのに、袖のカーブなんて難易度が高すぎる。
9月に新学期が始まってからもこんな調子だったらどうしようと不安になるくらいだ。
皆は予定通り合宿中に衣装を仕上げ、9月中に飾り付けを終わらせることが出来そうだが、どう見てもこの中で俺だけが大幅に遅れている。
何度も家庭科室を申請するのも面倒だし、いっそミシンを買って自宅で___。
…………。
……………………。
いやいやいやいや!?
どうして俺は直ぐに何でも親父のカードで解決しようとする癖が治らないんだ!!
今後の行き先や金が不安だというのに、まだ簡単にクレカを切ろうとする自分が恐ろしくなった。
夕太「雅臣はもういっそのこと手縫いにすれば?
ワンチャンそっちのが早そうじゃない?」
楓「ミサンガは出来てこれは出来んって何なんだよ」
桂樹「おーしできた!一条貸せよ、俺取ってやるからさ」
俺のノロマっぷりに柊はゲラゲラと笑っているが、こういった作業が意外にも得意なのか黙々と作業していた
桂樹先輩は一条先輩からジャケットを貸せよと奪った。
桂樹「疲れてんだよな?そんなにイライラすんなよ」
ぽんぽんと後輩の頭を撫でる桂樹先輩の優しい笑顔に、一条先輩の機嫌もようやく落ち着いたようだ。
蘭世「へー、桂樹さん上手いじゃん」
桂樹「まぁな、意外とできんのよ俺」
桂樹先輩は得意げに笑うが、一条先輩のジャケットの
間違えた箇所の糸を器用にリッパーで解きながらふと
首を傾げた。
桂樹「え、てかさ?気になってたんだけどこのサークル歌う順番とか時間とか細かいこと決まってんの?」
家庭科室の空気が一瞬動き、皆の視線が桂樹先輩に集まる。
桂樹「祝福の歌のソロとかさ。そういうのって全部もう決まった感じ?」
雅臣「あの、それがまだ何も決まってなくて……。もし良ければ皆さん、休憩がてら今から少し決めていきませんか?」
俺がミシンの手を止め提案すると、朝からミシンと格闘して疲れ切っていた皆の顔がほんの少し明るくなった。
長時間の作業で重くなっていた空気がようやく動き出したような気がした。
三木「そうだな。よし、まずソロから決めよう。柊が
伴奏で蘭世は指揮、やるなら俺ら5人の誰かだが……」
夕太「えー? そんなの簡単にジャンケンで決めたら?」
三木先輩が冷静に話を進めていくが、柊がピアノの椅子に座ったままつまらなそうに足をブラブラ揺らしている。
ジャンケン王の異名を持つ柊はいつもならこういう場面で無双するが、今日は伴奏担当で除外されることになる。
海外アニメのカナリアみたいに上目遣いで膨れっ面をする柊だが、こいつが不在だからこそジャンケンで決めるのが一番平等かもしれない。
だが、俺の胸の内では少しずつ焦りが渦巻いていた。
……ソロって、祝福の歌の出だしだよな?
もしここでジャンケンに負けたら体育館で全員で歌うだけでなく、今作っているこの派手な衣装を着て祝福の歌のソロを歌うことになる。
嫌すぎてどうにかなりそうだが、
夕太「んじゃさっさといくよー、最初はグー!」
悩む暇も反論する暇もなく暇な柊が容赦のないコールをした。
俺は反射的にチョキを出したが……。
…………。
…………えぇ?
楓「俺がソロか」
雅臣「……えっ!?」
楓「おい陰キャ、えって何だよ」
蘭世「いや、そりゃえってなるだろ」
結果はまさかの蓮池の1人勝ちだったが、果たしてこれでいいのだろうか?
てっきり負けた人がやると思っていたのに意外にも蓮池は乗り気でニヤリとしている。
正直蓮池の歌は……。
こう言ってはなんだが上手いとはとても言えないのに、ソロをやる気満々だなんてこいつの自信は一体どこから来るんだ?
微妙な雰囲気の中でことの成り行きをじっと見守って
いると、柊があっけらかんと笑いながら口を開いた。
夕太「おけおけ、でんちゃんで決まりね。ちょうどいいよ。音痴のでんちゃんがソロなら俺達の後に歌う合唱部もリラックスできるでしょ?」
あまりにもストレートな物言いに俺は合唱部と掛け持ちしている桂樹先輩の方をチラリと見てしまう。
その言い方だとまるで合唱部が俺達のパフォーマンスを気にしてるみたいなニュアンスじゃないか。
微妙な顔をしている桂樹先輩に悪い気がして、俺は咄嗟に口を挟んだ。
雅臣「リラックスって……柊、その言い方はちょっと
失礼だぞ?」
夕太「どこが?事実じゃん。蘭世先輩がソロならいざ
知らずでんちゃんなんだよ?それに俺らが祝福の歌を
歌ったところ合唱部の方が上手いに決まってんじゃん。あっちが何を気にするんだよ」
雅臣「そ、それはそうだけど……」
柊に早口で捲し立てられ俺は言葉を詰まらせてしまうが、その瞬間、桂樹先輩の表情が変わった。
さっきまで微妙に曇っていた顔が蓮池のソロが確定した途端、ほっとしたようなどこか安堵の色を帯びている。
夕太「おし、でんちゃん気合い入れて本番歌えよ!」
楓「心配せんでも俺の美声でビビらしたるわ」
蓮池が胸を張ってまるで大舞台に立つスターのような自信を振りかざしているが、別の意味で合唱部も体育館の客もビビるのでは……。
三木「俺も蓮池が適任だと思うぞ?ソロはやりたい奴がやるべきだ。よし、蓮池は俺と午後から体育館のピアノで練習してみようか」
俺の不安を他所に三木先輩が穏やかに話をまとめた。
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