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219.【ピアノを聴きながら】





皆の集中が一瞬途切れ、誰もが柊のピアノに耳を奪われていると、



夕太「ちょっと、見てばっかいないで早く作んないと

間に合わないよ?俺もそろそろ指鳴らしが終わったし

もう好きなの弾いてていい?」


蘭世「いやそれ慣らしのレベルじゃねぇのよ」



梓蘭世が呆れたように突っ込んでいるが本当にその通りで、この演奏が〝慣らし〟なわけがない。


それにしても柊はこんなにピアノが上手いのに何も

活かさないなんて勿体なくないか?



雅臣「柊は音大とか……目指さないのか?」


夕太「音大ぃ?俺レベルじゃ無理無理。まぁでも色々

模索中かな。可能性は広げときたいじゃん?」



そう言って柊はピアノを右から左へ派手に掻き鳴らす。


色んな可能性を広げるためにきちんと毎日練習し続けている、そんな想いが素人の俺にもその音から伝わってきた。



楓「お前は夕太くんの作った曲を否定しといてよく

そんなこと言えるよな」


雅臣「え!?い、いやそれは……」


夕太「俺の中華食っCHINA☆は名曲でしょ!?」


蘭世「迷う方のな」



梓蘭世に否定された柊は今度は〝運命〟の冒頭をわざとらしいくらい悲壮な顔をして弾き始めるのでつい吹き出してしまう。


それでも次から次へと楽譜なしで弾けるなんて本当に

凄いよな……。


毎日よっぽど弾き込んで頭に叩き込んでないとできない芸当だと素直に感心した。



夕太「ま、音大とか行かなくても俺ピアノ大好きだからなー。毎日弾いてたいよ!」


三木「そうだな。柊のピアノを聴いてると気持ちが

明るくなるな」


夕太「へへ、でも三木先輩も弾けるじゃん?」


三木「まぁな。でも特に好きでもないしリオンの方が

心を込めて弾けるさ」



俺からすれば皆十分上手いのだが、三木先輩の言いたいこともよく分かる。


柊のピアノには弾くことへの純粋な愛が溢れていて、

それが音に、魂に、響いてくるのだ。



夕太「そうだねんねんねん〜音に〜性格も全て出るからららら〜早く皆作りなよたららら〜〜」



突然謎の即興ソングを歌い出す柊を見て皆が爆笑する中、桂樹先輩だけはどこか複雑な表情で柊をじっと

見つめていた。



『あんな上手いのやめて欲しいよな』



ふと花火の夜に桂樹先輩が漏らした言葉が頭をよぎる。


その視線はどこか冷たく、まるで柊の才能に圧倒され

押し潰されそうな感情を隠しているようだった。


こんなことは言いたくないが、桂樹先輩のあの言葉には妬みに近いものが滲んでいるように思えた。


俺だって柊のピアノを聴く度、何でこんなに自由に、

こんなに上手く弾けるんだと思わされる。


柊と同じようにピアノが弾けるのに、桂樹先輩の目に

もっと深い複雑な色合いを感じるのは何故だろうか。



夕太「ねぇ、ジュリオン先輩も何か弾く?」


桂樹「えっ?」


夕太「ほら、ジュリオン先輩だってピアノ好きじゃん! 良ければ連弾でもする?」


桂樹「……俺はいいよ。てか衣装上着の方やばくね!?

難易度上がりすぎ!」



屈託なく笑う柊に桂樹先輩は明るく笑い飛ばすが、

その声にはどこか無理があるように聞こえる。


笑顔の裏で、やっぱり目が少し曇っているように見えるのは何故だろう。


桂樹先輩のその表情の意味が分からないまま、俺はしばらくミシンを動かす手を止めていた。




______


____________





朝から始めた衣装作りも、昼を過ぎた今は完全に全員の集中力が切れ始めていた。


家庭科室は布切れと糸が散らばりミシンの単調な音が

響く中、それぞれの動きがどこか緩慢になっている。



梅生「……ほんと最悪。縫う位置間違えるなんて」


雅臣「先輩は大丈夫ですよ、俺に比べたら……」



一条先輩はジャケットの袖をつける位置を誤ったみたいで、仕方なくリッパーで糸を解く作業を始めるが普段の穏やかな雰囲気が嘘のように眉間に皺が寄っている。


一方で力なく返す俺もジャケットのカーブの縫い目が

全く上手くできず、何度もやり直しては糸が絡まり心が折れかけていた。



蘭世「てかさー、三木さんが俺の衣装やってよ」


三木「蘭世は残り少しだろ?」


蘭世「もう飽きたって」


梅生「……飽きたなら蘭世は歌詞でも書いてなよ」



三木先輩と梓蘭世が一条先輩をチラと見やる。


いつもは落ち着いた一条先輩が珍しく不機嫌そうな声を返すので2人とも黙ったままだ。


意外と裁縫が苦手……というより一条先輩は細かい作業自体が向いていないのか、リッパーでブチブチと糸を

引っ張る音もなんだか物凄く殺気立って見える。



蘭世「み、三木さんもあんま進んでないじゃん?」


三木「まぁ、俺は面倒だから残りは後で適当にホッチキスでとめるさ。ただ、自社タレントのお前の分はきちんとした物を作って着せないとな」


蘭世「お、ラッキー!知り合いの衣装さんとかに回して___」


梅生「すぐにそうやって甘やかして」



ボソッと呟く一条先輩の呟きに、三木先輩と梓蘭世だけじゃなく俺達1年生3人ともが目を合わせた。


蓮池はさっきから意外にも集中してミシンを進め、かなりのスピードで仕上げていたが、一条先輩の不穏な空気に少しペースを落とし始めている。



梅生「……俺もホッチキスが良かったです。そんな案が

あるなら最初から言ってくださいよ」


三木「それはすまなかったな」



わざとらしく大きなため息をつきながらぼやく一条先輩を見て、三木先輩は穏便に済ませようとすぐに頭を軽く下げた。


柔らかい口調で応じるその落ち着いた態度はまるで大人そのもので、こんな風にサラリと場を収める三木先輩の大人っぽさに感心してしまうが……。



蘭世「い、いやどしたよ梅ちゃん?梅ちゃんならそれ

心配せんでもチャチャッと出来るって____」


梅生「あーあ。蘭世ってあれ?学校から持ってこいって言われた雑巾前日に母親に言うタイプ?でもどうせ

お母さんがすぐに車出して買ってきてくれるんでしょ?はいはい、どうせ俺は親がいなくて育ちも悪いですよ。蘭世みたいに買いに行ってくれる人もいないから自分でチクチクずーっと手縫いしてればいいんだろ」



突然自嘲気味に一気にまくし立てる一条先輩に梓蘭世が珍しくたじろいで待って待ってと慌てて手を振った。


あまりの一条先輩の剣幕に、さすがに俺達は今は何も

言うべきではないとそれぞれ目で語り合った。




読んでいただきありがとうございます。

ブクマや評価していだだけて本当に嬉しいです!

いただけると書き続ける励みになるので、ぜひよろしくお願いいたします♪♪


活動報告にキャラクターイラスト・プロフィールも掲載していますのでぜひご覧下さいね♪♪


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