218.【衣装作り】
朝食を終えた俺達はそのまま部室へ戻り、柊のお姉さんが準備してくれた色とりどりの布や装飾品の入った袋を抱えて家庭科室へと向かった。
桂樹先輩と一条先輩が音楽室から電子ピアノを運んでくれるというので、残りのメンバーが先に家庭科室の鍵を開けることになった。
雅臣「ミシンは使ったら元に戻すことと、最後は掃除
してから出てくることだそうです」
三木「分かった。そうしたらミシンを真ん中の机に置いてやるか?」
楓「ですね。にしてもミシンなんて使うのいつぶりだろ」
山王の裁縫コーナーも設けられている家庭科室は、
調理室とは別棟にあり離れた場所に位置している。
なんでも過去に布を燃やした馬鹿がいて、男子校なら
ではの信用のなさからこうなったらしい。
部屋に入ると色とりどりの糸や布切れが収納された棚が目に飛び込んでくるが、ミシンやアイロン台が整然と
並ぶ中、俺達はその中から1台のミシンを運び出した。
裁縫セットも揃っていてここにある用具は自由に使っていいと言われたものの、俺は裁縫にはまるで自信がない。
いくら柊のお姉さんが全て丁寧に動画にしてくれたとはいえ、さすがにミシンの使い方を1から教授してくれる
わけも___。
夕太「でんちゃん心配しなくて大丈夫だって!ミシンの使い方から糸のセットまで動画にあるから」
…………何だと?
柊が明るく言いながらスマホを見せてくれるが全然進まず衣装はなし、という流れを期待した俺が馬鹿なのか?
何度も何度も作らなくていい方向に持っていこうとしてはダメになる俺が浅はかなのか?
1人恨めしく思いながら人数分のミシンを机に並べ終わる頃、桂樹先輩と一条先輩が電子ピアノを抱えて戻ってきた。
家庭科室の黒板横のコンセントに電子ピアノを設置すると柊は椅子を引きずって座り、早速手慣らしで音を鳴らした。
夕太「先輩たちありがとう!これで弾けるよ!」
蘭世「てか夕太の姉ちゃんが送ってくれた動画、
とりあえずミシンのセットんとこだけプロジェクターで流す?」
三木「そうだな、セットだけ皆でやってあとは各々
スマホに動画を送ってもらってやるか」
夕太「おっけー!プロジェクターって何?WiFi?Bluetooth?」
異様に張り切る柊が無邪気に尋ねて皆が笑う中、配線を繋いでいよいよ衣装作りが始まった。
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雅臣「…………」
蘭世「お、いいじゃん下は完成」
梅生「…………早いね」
あれから約1時間。
動画のおかげで作業としては本当に簡単だった。
布はすでに裁断済みで縫う位置には綺麗に線が引かれていて、ただミシンを真っ直ぐ進めるだけ……。
だと言うのに、俺は大苦戦していた。
皆は呑気に軽口を叩いているが、俺のミシンはまるで言うことを聞かずに真っ直ぐ進んでくれない。
楓「あー……目が痛い」
三木「意外とできるもんだな」
桂樹「三木じゃねぇんだから、皆器用なんだよ」
自分の仕上がりに満足気な三木先輩に桂樹先輩が軽く突っ込み、ふと手に持ったズボンを足に合わせて掲げてみせる。
桂樹「にしてもすげぇなこの衣装。合唱部より派手
じゃん」
その言葉に家庭科室にいる皆の視線が桂樹先輩に集まるが、出来上がったズボンを得意げに見せる桂樹先輩は
とても乗り気だ。
陽気な笑顔とまるでステージに立つことを楽しみにしているような仕草に、俺はこっそりため息をつく。
実はこのド派手な衣装のデザインを見て桂樹先輩が、
『さすがに派手すぎるから、もうちょいシンプルにしようぜ!!』
そう一声かけてくれるんじゃないかと俺は密かに期待していた。
そんな淡い期待を抱きながらこのド派手な衣装を何とかマイルドに修正したかったのだが、俺の目論見は見事に外れた。
よくよく考えれば陽キャに〝派手すぎる〟なんて概念は存在しない。
桂樹先輩はむしろこのキラキラした衣装を心から楽しんでいる様子で、ズボンを振り回しながら実に楽しげな笑みを浮かべている。
俺は波打つ縫い目のズボンを手に、2つの意味で完全に
詰んだ。
衣装を無くすこともできない上にミシンも上手く扱えない。
さっきからかなり遅いスピードでミシンの針を進めないと縫い目はすぐに歪み、かといってスピードを落としすぎても今度は何故かズレる。
やり直そうとすると糸が絡まり、ほどいてはつけ直して、また進めて………と、俺だけがまだズボンの半分も完成させられていないのだ。
梅生「藤城大丈夫?」
雅臣「が、頑張ります……」
夕太「雅臣めっちゃ器用なのにミシンはダメなの?
なら俺が応援してあげるよー」
それまで祝福の歌の伴奏を弾いて遊んでいた柊は、突然運動会でおなじみの〝天国と地獄〟を弾き始める。
雅臣「お、おい柊!!ストップストップ!落ち着かないだろ!?」
やたらとテンポの良い旋律に異様に焦りが掻き立てられ叫ぶが、まるでそれを煽るかのように柊はお構い無しでどんどんスピードを上げていく。
楓「お前は黙ってさっさと作れよ。夕太くんはお前の
ために弾いてくれてんだろうが」
雅臣「バカ言うなって、気が散るんだよ!!」
夕太「歌も歌ってあげる!チャチャチャチャチャチャラ〜♫」
どうしてこうもこいつらはうるさいんだ……!!!
ふざけた顔で歌いながら余裕で手を動かす柊を見て歯ぎしりしていたが、俺は次第に耳を奪われてしまった。
その演奏は電子ピアノとは思えないほどあまりにも滑らかで綺麗だった。
楽譜もないというのに正確な音がどんどんスピードアップしてテンポの良い旋律が部屋に響く。
何度聞いてもこいつのピアノには驚かされるが、ぽかんとしてるのは俺だけではなく桂樹先輩も手を止めて聞き入っていた。




