217.【2日目の朝】
雅臣「………ん……」
目を覚ますといつもと異なる天井が視界に飛び込んできて、しばらく瞬きを繰り返し頭を整理する。
……そうだ、合宿に来ていたんだ。
枕元のスマホで時間を確認するともう朝の7時半で、
いつもより遅いくらいだった。
体を起こすと、
蘭世「おー、おはよ」
梓蘭世が部屋の隅で腕を伸ばしながら明るい声を響かせた。
雅臣「おはようございます。早いですね」
蘭世「軽く走ってきた、でもまじでもう夏場は朝イチか夜しか走れねえな……」
梓蘭世はランニングしてきたとは思えないほどさっぱりした表情で、朝から眩しく輝くその姿に自分の寝ぐせだらけの頭が少し恥ずかしくなる。
雅臣「……あれ?蓮池は?」
蘭世「花の手伝いがあんだと。終わったらそのまま食堂行くって言っとったわ」
梅生「朝から大変だね。さすが蓮池流跡取り息子」
蘭世「梅ちゃん起きてたんかよ」
ムクリと体を起こして伸びをしながら一条先輩がおはようと笑う。
一条先輩は朝から非常に穏やかで、いつものように落ち着いた空気を漂わせている。
その一定の情緒を少し羨ましく思いながら、ふと隣の綺麗に畳まれた布団を眺める。
いつの間に蓮池は起きて出ていったんだ?
全く気が付かなかったし、それにいつもならとんでもなく寝起きが悪いくせによく1人で起きれたな。
あの破天荒な性格でつい忘れがちだが、あいつは蓮池流の跡取りとしてちゃんとすごい奴なんだよな……。
そんなことを寝起きの回らない頭でぼんやり考えていると、
三木「おーい、起きたか?」
雅臣「おはようございます、起きてます」
夕太「……っ、起きたー!」
突然、柊が真横で目をぱっちり開けて叫ぶのでギョッとする。
柊は仰向けのまま手足を天井に向けてブルブル振ると直ぐに着替えて下に行くと元気に宣言した。
梅生「蘭世は朝何食べる?」
蘭世「あー……」
階段を降りながら一瞬悩んだ梓蘭世に柊はすかさず腕にしがみつく。
夕太「えー!!蘭世先輩もちゃんと朝ごはん頼んで食べれるやつだけ食べれば?どうせでんちゃんが残飯食べるんだし」
雅臣「そ、そうですよ」
制服に着替えた梓蘭世のあまりにも細い腕に目が行き思わず心配になるが、柊も同じことを思ったのだろうか。
蘭世「……ま、行くだけ行くか」
夕太「そうこなくっちゃ!!蘭世先輩いないと楽しくないもんね」
蘭世「唐突な媚び売りどうしたよ」
夕太「ひでぇ!!」
柊が大げさに叫ぶそのやり取りに梓蘭世が小さく嬉しそうに微笑んだのを見てホッとした。
もしかしたらまた仕事で節制してるのかもしれないが、ここでは梓蘭世にできるだけ気楽でいて欲しい。
桂樹「おい飯行くぞー、さっさと来いよー」
梅生「今行きまーす」
急いで階段を下りていくが、普段1人の俺は朝から誰かがいてこんなに賑やかなことが純粋に嬉しかった。
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食堂は7時から開いており、朝練を終えた運動部の生徒たちでごった返していた。
中でも野球部の〝飯トレ〟がえげつない。
横目でチラと見ると、白米を丼に大盛り3杯食べないと昼の練習に出られないらしく、必死に箸を動かす者や項垂れる者がかなり目立っている。
……運動部じゃなくて本当によかった。
俺は内心で安堵しながら自分の朝食のBセットを見つめた。
目玉焼き、食パン、ミニサラダ、コーンスープと中身は至って普通だが、自分で作らなくていいのが楽で妙に美味く感じる。
夕太「……でんちゃん大丈夫かな」
幼馴染がいなくて寂しいのか、柊は食べる手を止めてぽつりと呟いた。
三木「今日は仕事なのか?」
蘭世「さっきシャワー借りに行った時は搬入だけするって言ってたけど……長引いてんじゃね?」
桂樹「へー、あいつ朝から大変なんだな」
蓮池が一向に戻ってくる気配がないのは確かに心配で、搬入以外の仕事を急に押し付けられたのかもしれない。
心配する柊の横で一条先輩が大変だねと呟きながら
フレンチトーストを5枚も平らげる姿に、さすがに胃もたれしそうだと目を逸らした。
蘭世「てか飯食ったら何からやる?」
夕太「衣装っしょ!!家庭科室借りれるって小夜先生昨日言ってたし!」
雅臣「申請書は当日出せって言ってたから、飯食ったら俺が出してくるよ」
昨日担任から家庭科室を借りるなら生徒会に申請書を出すように言われたのだ。
生徒会も他の部活と同じくこの期間は学校に泊まっているそうで普段通り生徒会室にいるらしい。
夕太「さんきゅ!そうだミルキー先輩、電子ピアノってある?」
三木「合唱部の練習用のがあるはずだが……使うのか?」
夕太「うん、家庭科室で弾きたくて」
蘭世「弾きたくてってお前も衣装作れよ」
梓蘭世がフォークでじゃがいもを真剣に避けながら文句を言うがその通りだ。
伴奏の練習ももちろん大事だが衣装を先に終わらせないといけないのは柊も同じなわけで……。
チラと斜め前に座る柊を見ると、
夕太「俺のは出来てるよ?」
雅臣「え!?」
夕太「仮衣装からいちねぇがそのまま縫ってくれたし出来てるの。俺はピアノ弾いてるから皆作ってて」
雅臣「ずっ___」
得意げに話す柊に思わず口に出かけたずるいという言葉を無理やり飲み込んだ。
で、でも、いくら身内に本業の人がいるとはいえさすがに卑怯すぎないか!?
細かい作業は好きだが衣装作りは面倒だし裁縫なんて幼稚舎の家庭科以来だぞ!?
俺に作れるのかという不安とそもそも衣装なんて着たくないという気持ちが作りたくなさを助長してグルグルと頭をよぎる。
柊は俺の気も知らずに呑気に目玉焼きの黄身で口を汚しながら食パンをむぐむぐ頬張っていた。
見かねて拭くようにポケットからウエットティッシュを差し出すが、でも俺はやっぱりずるいぞと心の中で叫ぶ。
桂樹「そしたら電子ピアノは俺が持ってきてやるよ」
内心モヤモヤしていると、こんな暗い気持ちとは無縁であろう陽キャの桂樹先輩がガラスから差し込む光を浴びて爽やかに答えた。
夕太「やった!ジュリオン先輩ありがと…あ!でんちゃん!!」
雅臣「あぁ、遅かった……な」
柊の声に振り返れば、蓮池がいつもの倍の殺気をまとって戻ってきた。
………ひ、酷い形相だな。
あの様子だと多分何かしら一悶着あったのだろう。
八つ当たりされる前に俺はそっと顔を逸らすと蓮池はドカッと正面に座った。
蘭世「でんナイスタイミング、これ食え」
楓「ありがとうございます。あのクソジジイ……はよ
くたばんねぇかないただきます」
舌打ちして早口で悪態をつきながら手を合わせる蓮池は礼儀正しいんだか正しくないんだか。
梓蘭世がほとんど残した朝食セットに手をつけ始める蓮池だが、話を聞けば今朝は父親のワークショップ用の花の搬入の手伝いだけの予定だったらしい。
しかし覚王山の家でお弟子さんの稽古をする予定だったお爺さんとダブルブッキングしていたことが発覚。
急遽部屋を2つに分け、さらにはお爺さんの使う花の水揚げ処理から花器の運び込みまで全て押し付けられたのだった。
桂樹「そ、そんなことまでやってんの?」
楓「……」
初めて蓮池の忙しさを目の当たりにする桂樹先輩がビックリしているが、不機嫌極まりない蓮池は梓蘭世の朝食をものすごい勢いで平らげると立ち上がり追加注文をしにつかつかと歩いて行ってしまった。
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