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蓮池楓の朝3




……てか、梓蘭世遅くね?


風呂でぶっ倒れたんじゃないかと腰を浮かせかけた

瞬間、遠くからドライヤーの低い音が響いてきた。


髪まで洗ったなんてどんだけ走ってきたんだよ。


熱中症にでもなったのかと心配したじゃねぇか。



…………。


………………。



思わずこの間の陰キャの泣き顔が浮かび、あの情けない表情を思い出した瞬間、矯正が外れるのも構わずグラスの中の氷をガリッと力強く噛み砕いてしまった。


腰を下ろし直し、チラリと視線を投げると梓蘭世の

着替えが入った黒のナイロンバッグが目に入った。



梓蘭世ねぇ……。



あの陰キャが会う度見る度未だに興奮するくらいには

名を馳せている有名人なのに、俺の家で荷物を無造作に置き去りにしシャワーまで借りていくなんて。



楓「えらい信用されとんな……」



その気安さにどこか居心地の悪さを感じてしまう。


でもいつなんどき梓蘭世の荷物を盗んで個人情報抜くかわからん妬み嫉みの権化、合唱部のホビ共と同じ

立ち位置だと思われてないだけいいか。


ま、三木先輩もこの人も俺が蓮池流を背負ってるから

犯罪なんてできねえって冷静なジャッジなんだろうけどさ。


ランニングの汗で汚れても構わないとばかりに身体に

巻いて走ってきたんだろうけど、このナイロンボディ

バッグJILLSONDERだろ。


ちょっと俺がいいなと思う物は大抵梓蘭世が持っている。


感性が近いよなと考えていると俺が適当に置いたせいでボディバッグが重みに耐えかねて椅子からずるりと床に滑り落ちた。



楓「おっと……」



その弾みで半開きのチャックから梓蘭世のキーリングが飛び出すが、鍵と一緒に結び付けられたピンクのミサンガを見てまたイラッとしてしまう。


本当にあの陰はキャそろそろ人を見る目を養え。


鍵をカバンに戻してまた適当に置くが、陰キャの泣きっ面を思い出してまた腹が立つ。



楓「自分に優しくしてくれんなら誰でもいいんかよあの男は」



合唱部のホビ共から言いがかりをつけられてる三木先輩を庇った時はちょっと見直したのに。


次の瞬間には金髪マルチにケツを振りやがって……。


尻軽とはまさにこのことだが、ネックレスは失くすわ

ビービー泣くわで忙しい奴だなほんと。


この間の泣いた日を思い出せばどっと疲れが押し寄せるし、ネックレスを失くした昨日のことを思えば一周

回って笑えてくる。


ほんと何なんだあの野郎。


しかもあんなに金がないから不安だと泣いとったくせに、また高価なものをポンと買おうとする感覚には恐れ入ったわ。


コーヒーマシンだって50万のにしろよってカマかけたらまんまと買う気でいてやっぱり人は簡単には変わらんな。



……アホがよ。



夕太くんの言う通り、アレは無自覚ボンボンすぎて自分の置かれた環境がわかってなさすぎる。


本当ならあいつが1番部室のものを盗んで売るくらいの

ことを考えなきゃいけない立場なのにぬるま湯で育ったせいかそんな悪事は1ミリも思いつかない。


どうせ俺が5万金抜けって言ったあのアドバイスも実行できないんだろうな。


ああやって一応教えてはやったけど、あれは果たしてどうやって変わるつもりなのか。




蘭世「__ん!でん!」


楓「うわびっくりした」


蘭世「いつまでパンイチなんだよ」


楓「あんたに言われたくないですよ…って何ですか?

いつまでも汗が引かなくってデブって言いたいんですか?」


蘭世「んなこと言ってねぇだろ!お前、ほんとすぐデブだのなんだの……まぁいいわ風呂サンキュ」



同じくパンイチの梓蘭世がバスタオルで頭を拭きながらひょっこり現れた。


華奢な骨格にバスタオルが妙に重そうに見えるが、

梓蘭世はカバンを漁って着替えを取り出すとピンクの

バタフライミサンガが服に引っかかりまた鍵と一緒に

床に落ちた。


それを見た俺らはチラと互いを横目で見合う。



楓「……何ですか」


蘭世「いや?でんにしちゃ珍しく黙ってミサンガ受け

取ってたなと」


楓「……俺をなんだと思ってるんですか」



正直、あの陰キャは全部真に受けて正気かよとドン引きした。


誰も覚えてないようなその場の軽い話題だったミサンガを本気で作ってくるなんてマジかと喉まで出かかったけどすんでのところで言わないでおいてやった。


ビービーバカみたいに泣いてたのを思い出して、一応

あいつなりに気を紛らわすために編んだのかもしれないと無理やり言葉を飲み込んだのだ。



楓「……クソが」


蘭世「あ゙?」


楓「いえ」



あのバカが熱を出した日、泊まってくと聞かなかった

夕太くんは陰キャの寝室で謎の箱を見つけた。


見せたくないと珍しく譲らない陰キャに夕太くんも1回は引いたけど、シャワーを浴びてる間にこっそり見ちゃ

おっかなと箱をつついてた。


見られたくないのにその辺に置いとくなんて詰めが甘いなと思いながらも、中身が母親の肩身とか親絡みのものかもしれないとさりげなく夕太くんを止めると、



『そっか、もしお骨とか入ってたらやばいもんね』



そう呟く夕太くんにそんなわけないだろと思ったが可能性が無くはないので、このままにしておこうと2人で口裏まで合わせたのに……。


それなのに箱の中身は実はミサンガでした、なんて本当にあいつは俺を苛立たせる天才か?


俺の思いやりを返せ、その場で俺が蓋を開けていたら

速攻解いてやったのに。



蘭世「まぁ……せっかく貰ったんだし?でんも何か

願っとけば?」


楓「はぁ?嫌ですよ」



梓蘭世が先輩らしい軽い笑みを浮かべ揶揄うに言うが

その声にはどこか後輩を包み込むような余裕があった。


ったく、あいつも三木先輩にそそのかされて何真剣に

願っとんだ。


俺があの陰キャだったらクレジットカードが永遠に

使えますようにの一択なのに、ボッチで寂しすぎる

あのバカはどうせ夕太くんと俺とずっと一緒にいられ

ますようにとか願ったんだろ。



……じっと俺らを見つめやがって。



楓「……あんたこういうの信じるんですか?まさか

本気でこれに何か願うとか?」


蘭世「んー?雅臣が作ったからこそ変な邪がなくて

効きそうじゃね?」



しげしげとバタフライの付いたピンクのミサンガを眺める梓蘭世に言いたいことは分からんでもなくて悔しくなる。


あいつはとっと(笑)に変に純粋培養に育てられたせいか、まるで汚れを知らず人を疑うことすら思いつかない。


眩しいまでの無防備さは邪がないとも言えるけど、俺にはただただ苛立たしい。


陰キャの編んだミサンガはあいつそのもので、不器用な優しさと誰かを信じたいと願う純真さが糸に編み込まれているようだった。



蘭世「なー、俺先に戻ってていい?」



梓蘭世はボディバッグから薄手のセットアップを取り

出すと着替えついでに乾いた唇にリップを塗り出した。



楓「えぇ、俺は花搬入してから行くんで。ワンチャン

朝飯までに帰らなったら遅れてくと思うんで衣装作りとか先始めててください」


蘭世「了解、伝えとくわ」


楓「てかそれCHANELAのですか?保湿どうです?」



俺はDioraのマキシマイザー一択だが何となく無色の

ココボームを塗る梓蘭世に使い心地を聞いてみた。



蘭世「まあまあかな。ま、俺はこれ使ってる自分が好きなんだよ」



笑って唇の音を鳴らす梓蘭世は手を振ってそのまま出ていった。



___恐るべし、梓蘭世。



リップを塗る一瞬の仕草にもどこか計算されたような

美が宿り、CHANELAのココボームが唇に触れるたびにその存在感が一層際立つってどーなっとんだ。



何食ったらああなるんだよ。


あれが俺と同じ生き物なのか?


どんな日常の瞬間でも己が〝特別〟であることを静かに主張する。




楓「……俺の華もああ在りたいわ」




まるで舞台のスポットライトを浴びているかのように

無意識に輝きを放ちキッチンにいることですら一時的に忘れさせるなんて羨ましい。


去り際の手の振り方もまるで映画のワンシーンみたいであれで活休って正気かよ。


あの芸能人ならではのオーラを消さないようにしとんのが1番凄ぇわ。


でも多分、梓蘭世は近いうちにベストなタイミングで

元の居場所へ戻るんだろうな。



居るべきところで輝くのが1番いい。


輝き続けられるその瞬間を大切に生きるべきだ。



梓蘭世の華麗な退場と同時に耄碌こいたジジイとハゲ

からの鬼電に俺は色んな意味でキレそうになった。








今日で小話は一旦終わり!

また合宿編をお楽しみください✨✨

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