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213.【壁際で寝てくれ】




夜になってもまだ蒸し暑く、窓の外では蝉の声が遠く響いていた。


俺達はエアコンをガンガンに効かせた部室の1階でマリゴー対決をすることになったが、そもそも桂樹先輩はゲーム機すら持っていなくて、興味無いと笑う姿は陽キャの余裕そのものだった。


対決の結果、勝った柊と一条先輩、シード枠として参加の桂樹先輩が布団運びを免除され、現在俺を含めた残りのメンバーで3年の教室へ布団を取りに向かっているのだが……。



雅臣「本当にすみません……」



俺が頭を下げると蓮池が舌打ち混じりに吐き捨てた。



楓「てめぇはほんとに使えねぇな」


蘭世「部活に所属したことがないにしてもなぁ?全部

気づかないのもある意味すげぇよ」


三木「雅臣、気にするなよ。こんな事は気づいた奴が

やればいいんだから大した問題じゃない」



呆れ顔の梓蘭世を手で制し三木先輩が穏やかに割って

入ってくれるが、俺はいたたまれない気分でいっぱいだ。


合宿には布団の申請が必要だったのに俺はうっかりそれを忘れていたのだ。


部長のくせに飯の段取りだけでなく布団まで見落とすなんて情けない限りだが、三木先輩が事前に手配してくれていたおかげで何とか事なきを得た。


俺はフォローをしてくれた三木先輩にコメツキバッタのように頭を下げていると、どうやら他の部も布団を取りに来ているようで、夏の夜特有の湿った空気が漂う廊下は賑わっている。



三木「SSCの分はこれだな。2ケースに纏めてあるのか」


蘭世「何だよ俺いらなかったじゃん」


楓「鼻から持つ気もないアンタも凄いですよ」


蘭世「三木さんは俺のマネージャーだから持って当たり前、そんでお前らは1年だから持って当たり前」



芸能人ならではのワガママさは相変わらずで、梓蘭世はさっさと教室を後にした。


自社のタレントを甘やかす三木先輩は布団ケースを軽々と持ち上げるが、見るからに重そうで俺1人で持ち上げられるかは微妙だ。



楓「図体でかいだけで使えねぇな」


雅臣「いや、こんなの普通1人じゃ無理だろうが!?お前こそ負けたんだから一緒に持てよ!」


楓「手伝ってくださいだろ。大体___」


蘭世「うるせぇな!!さっさと来いよ!!」



廊下で待ち構えていたのか、扉から顔を覗かせた梓蘭世の短気な声が鋭く響き、露骨に不機嫌な表情を浮かべる蓮池をチラリと見る。



楓「ったく、しょうがねえな…」



仕方なく俺達は布団ケースの両端を握ったが、「せーの」の合図も待たずに蓮池は勝手にケースを持ち上げ

スタスタと歩き出す。


あまりの急な動きに俺は足元をすくわれ危うく転倒しそうになった。



雅臣「お、おい!!」


楓「とれぇな」


雅臣「お、お前はもうちょっと人に気を遣えよ!!」



ありえない話だがこんな奴と引っ越し作業なんて絶対

無理だと想像しながら歩き出すと、廊下で待っていた梓蘭世に睨まれる。



蘭世「お前らうるせぇから今日はぜってー上で寝ろよ」


楓「こいつ横で抜き出すんで嫌ですよ」


蘭世「うわ最悪。俺下ネタ嫌いなのに」


雅臣「俺だって嫌いですよ!!そんなわけないだろ!?ふざけたこと言うなよ!!」


三木「お前らは本当に元気だな」



蓮池のとんでもない発言を信じた梓蘭世が顔を顰めるせいで俺もムキになって叫んだが、三木先輩に苦笑されると変に恥ずかしくなった。


1人ため息を漏らしながら俺達は薄暗くなった校内を歩くが、夏の夜の学校は昼間の喧騒が嘘のように静まり返っている。


合宿で人がいるはずなのに廊下の蛍光灯が時折チラつきかすかな不気味さが漂う気がした。


部室に戻って手ぶらの梓蘭世が扉を開けると、そこには何故か真っ暗な室内が広がる。


窓から差し込む月明かりが床に薄い影を落とすが、



夕太「そこで見たのは___」


桂樹「み、見たのは……?」


三木「お前ら何してるんだ?」



不気味な声を出していた柊がゲーミングチェアでぐるぐる回りながら、あー!と大声で叫んだ。



夕太「いいとこだったのにー!!梅ちゃん先輩が都市伝説とか幽霊とか信じないって言うからー!!」


梅生「生きてる人間の方が怖いって言っただけだよ?皆おかえりなさい」


桂樹「一条は意外とこれだからさぁ。俺と柊でビビらせようと怖い話してた最中だったんだよ」


三木「そりゃ悪かったな。ほら布団敷くの手伝えよ」



邪魔をされて不満げな柊と桂樹先輩を三木先輩はまるで相手にせず、布団ケースをドサリと床に置くと机をどかすよう短く指示を出した。


片付けているからか熱気が籠る部室で俺達は言われた通りに机をガタガタと動かすが、



蘭世「1年は全員上行けよ」



俺達があまりにうるさいからか、梓蘭世が嫌そうに親指で2階を指す。


仕方なくもう一度蓮池と一緒に狭い階段を上って布団を運ぶと、吹き抜けになってるとはいえエアコンが1階にしかないせいか2階の方が夏の熱気がこもってる気がした。


蒸れた空気が肌にまとわりつくが、寝るだけならこれくらいの方がいいかもな.....。


そんなことを考えながら邪魔な物を退かして袋開けていると、



夕太「おつかれー!!そだ、雅臣は怖い話とか好き?」



明らかに俺を怖がらせようと企んでる柊が階段を駆け上がってきた。



楓「やめなよ夕太くん、こいつ漏らすよ」


雅臣「そんなわけないだろ!?さっきから何なんだよ!!」


夕太「でんちゃん暑いからってイライラしないの!」



俺は黙って床の木目に沿って布団を並べるが、その

薄っぺらい感触に寝たら体が痛くなりそうだ。


蓮池と柊は座り込んで俺が敷くのを待っていて、手伝えよと思いつつ汗ばむ手でノリの効いたシーツを1枚ずつ広げる。


四隅を丁寧に折り込み枕とペラペラの薄い掛け布団を整えると、柊は待ち構えていたかのようにすぐさまダイブしてきた。



夕太「でんちゃんも怖い話全然信じないよな」


楓「1番怖いのは人間だよ。特に年増のババア……

てかさ、夕太くんもしかしてそこで寝る気?」


夕太「え?うん」




___蓮池の言いたいことが俺には分かるぞ。



このとぼけたカナリアの寝相は、はっきり言って最悪なのだ。


よりにもよって柊は川の字に並べた布団の階段側に寝転がっていて、蓮池はその位置で寝ると階段から落ちかねないと言いたいんだろう。


先日泊まりに来たときも夜中に何度となくベッドから転げ落ち、そのたびに俺はため息をつきながらビクともしない柊の体をそっと引き上げ元の位置に戻してやったのだ。


布団の中で小さく丸まるその姿はまるで無垢な子供のようでつい面倒を見てしまったが、俺は一睡もできなかった。


にもかかわらず、翌朝目覚め朝食を食べていた柊は目をぱちくりさせて『え、俺、落ちたの? 全然覚えてないんだけど』と平然と言ってのけた。


その能天気さに腹が立つやら呆れるやらで、俺の安眠のためにも今日は絶対対策が必須だと力説した。



雅臣「柊、お前は絶対壁際の方がいいと思う」


夕太「何でだよー!!」


雅臣「いやほら、寝ぼけて落ちたりすると危ないからさ?」


夕太「心配症だなぁ……落ちたりなんかしないよ」



柊はぶつくさ文句を言っているが、俺と蓮池の譲らない態度に諦めたのか渋々壁側の布団にアザラシのようにゴロゴロと転がって移動する。



楓「じゃ、てめぇが真ん中な。夕太くんが落ちないよう壁になって止めろよ」


雅臣「えっ!?ちょ……」




ちょ、ちょっと待てよ!?


寝る場所を勝手に決めつけた蓮池が自分の場所だと言わんばかりにどさ、と荷物を布団の上に置いた。


この位置だと、俺がまた柊に朝まで蹴られまくるじゃないか! !!



楓「お前が第1関門な。俺は絶対動かないから階段側で第2関門」


雅臣「いやそれはズルい___」


蘭世「ぎゃぁぁぁ! 桂樹さんまじキモい! 最悪!」



ジャンケンで決め直そうと言おうとした瞬間、1階から

梓蘭世の絶叫が響いた。


多分桂樹先輩が何かちょっかいを出したのだろう。


俺達は顔を見合わせ、1階から響く笑い声に誘われて

3人で階段を降りていった。




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