207.【やっぱり食った気がしない】
先程までの喧騒がようやく落ち着き、テーブルには空になった皿が積み重なっていた。
一通り肉を食べ尽くした今は、皆各々冷麺や米系のものを頬張り満足げな笑顔を浮かべている。
蘭世「これ俺の分まで元取ってんじゃね?」
梅生「皿がこんなに積み重なってるの初めて見たよ」
笑いながら話す一条先輩の目の前には注文したばかりのアイスがたくさん並んでいて、次々と口に運ばれていく。
アイスを頬張る一条先輩の表情はまるで至福に浸るかのようで、うるさい梓蘭世を力ずくで押しのけてまで手に入れたその味はよほど格別なのだろう。
俺も冷麺をすすっていたが隣で蓮池がガツガツとカルビ丼をかき込む姿を見ているとなんだか胃もたれしそうだった。
注文パネルの履歴をスクロールしながら全部で何人前食べたのかを楽しそうに数えている梓蘭世と対照的すぎる。
とはいえ実際のところ本人が食べたのはロース3枚と三木先輩の米を1口貰ったくらいで、逆にこれは食べなさすぎで心配になった。
またモデルの仕事が入っていて自ら節制してるんだろうかと梓蘭世の細い手首を見つめていると、
桂樹「雅臣ってハイブラ着るんだ」
冷麺を啜る桂樹先輩が俺の黒いTシャツに目を留めてそう言った。
こんなシンプルな服でもブランドを見抜くなんてさすが桂樹先輩だ。
雅臣「これ梓先輩が選んでくれて……俺、親父のおさがりばっかでしかも親父と同じ店で買ってたんでダサイって言われて……」
桂樹「えっ!?」
そんな事言われたのかと目を丸くする桂樹先輩の顔がなんだか新鮮だ。
俺は慌ててイジられたわけじゃなく事実なんでと説明するけど先輩の視線にはまだ疑いの色が浮かんでいる。
本当に桂樹先輩は優しい、お前らも少しはこの優しさを見習ってくれと顔を上げた瞬間柊と目が合った。
夕太「雅臣は元々センスがなくてジジくさいの!でも
俺が見立てたからもう大丈夫!」
蘭世「てめぇはなんも見立ててねぇだろ!てかそのリングかっこいいじゃん、どこの?」
夕太「これ?GUCCEだよ、俺ここのアクセ好きなんだよね」
横から茶々を入れて胸を張る日は自慢げに手元を差し出し皆に見せつけたのは洗練されたデザインと上質なシルバーのスターリング。
それを機に思いがけずブランドの話題で盛り上がって皆の口からさまざまなブランド名がこぼれ落ちた。
意外なことにそれぞれの好みは色濃く分かれて、男子高校生なんてどうせ似たようなブランドに群がるものだと高を括っていた俺はついその話に引き込まれ楽しく耳を傾けていた。
雅臣「桂樹先輩は好きなブランドあるんですか?」
かっこよくてお洒落で、陽キャの代名詞のような桂樹先輩の服をこっそり参考にしたいと思って尋ねてみたが、桂樹先輩は軽く笑って肩をすくめた。
桂樹「俺はお前らと違って金ないから。そこら辺で買ったやつよ」
雅臣「あ、そうなんですね。でも、桂樹先輩はかっこいいから何着ても似合いますもんね!」
俺の言葉に、なぜか先輩の表情が曇る。
桂樹先輩は少し嫌そうな顔で残った肉をつまみ始めるが自分が何かまずいことを言ったのだろうかと不安になった。
前ならもっと気さくに返してくれたのに……と首を傾げていると梓蘭世が呆れたように俺を見つめる。
蘭世「桂樹さんめっちゃモテてんなー。それ以上桂樹
一派増やしてどうすんの」
梓蘭世に桂樹先輩への鞍替えを疑われてるのかと反論しようとした瞬間、
夕太「ネズミ講の勧誘現場みたいだね。俺こーいうの
コメナで見たことあるもん」
杏仁豆腐を食べながら柊が訳の分からないことを言い出した。
楓「お前みたいなやつがマルチに引っかかるんだよ」
………。
……………。
ま、マルチ!?
雅臣「はぁっ!?おいマルチってどういう意味だよ!!」
俺を見て蓮池がまた唐突に変な例えを言うので場の空気が一瞬にして奇妙な雰囲気に包まれる。
楓「そのまんまだよ」
雅臣「あのなぁ!俺がそんな胡散臭い商法に引っかかるわけないだろ!?」
夕太「えーっ?だって雅臣ってジュリオン先輩が売ってる怪しげなビタミン剤、絶対信じて買うタイプじゃん。そんでめっちゃ効くからって俺らに勧めるでしょ?」
どうやらこいつらには桂樹先輩を慕う俺の姿がマルチ商法に夢中な学生そのものに見えるらしく、やっぱり
1発殴ってやろうかと膝の上の拳がわなわなと震えた。
こ、この馬鹿どもは俺をなんだと思ってるんだ……!!
桂樹「……え?ちょ、どんな例えだよ!!俺がマルチの総本山ってことだろ!?」
蘭世「まあ桂樹さんの信者が増えてく感じはめっちゃ
それっぽ……イダダダ梅ちゃん、痛いってば!」
自分がそんな風に見られたことに動揺した桂樹先輩が慌てて声を上げるが、変に納得している梓蘭世の足を
机の下で一条先輩が踏みつけて制しているのだろう。
それでも一条先輩の肩は小さく震え笑いを堪えているのが丸わかりだった。
小夜「___おーいそろそろ会計?え、お前らまだ
食ってんの?」
三木「ラストオーダーまであと……15分ですね」
蓮池「俺まだギリまでデザート食べるんで三木先輩
頼んで貰っていいですか?」
梅生「俺もいいですか?」
時間ギリギリまで甘味を食べようとする2人に、食べ終わった奴らから先に車に行けと担任に言われ、残りのメンバーは一斉に席を立ち動き出す。
結局俺は初めての食べ放題を味わうことも出来ず静かに席を立った。
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夕太「じゃーん!!!!」
帰りの車内で柊が突然叫びながら鞄から何かを取り出した。
助手席は安定の三木先輩が、中列には俺、桂樹先輩、
梓蘭世、そして最後部座席は一条先輩を挟んで柊と蓮池が座っていた。
蓮池と柊はしつこく〝残クレ〟と繰り返し言っていて、匂いが残らないように窓を全開にしているけど熱風が吹き込んでくる。
梅生「お、手持ち花火」
楓「しかも大量、どうしたのこれ」
夕太「前買ったんだけどやれなくてさ?だから皆でやろうと思って持ってきたの!」
柊は前の席の俺にまでズイと花火を見てと差し出してくる。
夕太「前に雅臣と買ったやつ」
雅臣「あぁ、そっか。これ蓮池ん家に泊まった時の……」
それは俺が初めて蓮池の家に泊まりに行った時に柊と
コンビニで買った花火だった。
友達と花火をしたことがなかった俺はこうやってまたチャンスが巡ってきたことに嬉しくなるが、でも今回はどこでやるつもりなんだ?
三木「手持ち花火か……三ツ池公園確か花火OKだよな」
桂樹「去年バスケ部のヤツらがやってたからいけるだろ」
蘭世「いいじゃん、顧問見ててよ。火使って火事とか
なったら責任取れんし」
小夜「おーい責任だけ押し付けんな……と言いたいところだが青春万歳だ。三ツ池公園前で全員下ろすから俺がバケツとチャッカマン調達してくるわ」
合宿に一番乗り気なのはもしかしたら担任なのかもしれないと浮かれる様子を見つめた。
楓「じゃあ待ってる間にアイスでも食うか」
梅生「そうしよう蓮池!ローソンで買ってこうよ!」
蘭世「梅ちゃん!!もうまじで腹壊すって!!」
焼肉だけじゃなく花火までできるなんて、俺の夏の思い出がどんどん色濃くなっていく。
心の底からこんな日がずっと続けばいいのにと願わずにはいられなかった。
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