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206.【食った気がしない】



一瞬、場が静まり返った。


少し重い空気が漂い、桂樹先輩が気まずそうに笑みを

浮かべる。



梅生「去年の先輩達がなんでも出来たからね」



だが優しい一条先輩がすかさずフォローを入れて、会話は再び軽やかな流れを取り戻した。



楓「へー……発声とかもですか?」


蘭世「ハモネプわかる?先輩達がまんまあれなんよ、

大学でもやってるからMETUBEあるかな」



興味を引かれたように聞く蓮池に梓蘭世は早速スマホで検索を始める。


その隙に、俺は自分の皿に焼けた肉を乗せて食べようとした瞬間、



蘭世「これこれ」



梓蘭世が再生ボタンを押すと、スマホから流れてきたのはまるでこの前の大会の優勝校に匹敵する繊細な歌声だった。



夕太「え!うま!!」


梅生「だろ?先輩達本当に上手いんだよ」


夕太「そもそも合唱部って何人くらいいんの?」


梅生「え?今はどれぐらいだろ」



目を丸くする柊の質問で、俺は合唱部や他の部活について何も知らないことに気づかされた。


元々参加が強制だから部活を適当に探していただけで、しかも俺には友達がいないから他の部の情報なんてまるで入ってこないんだよな……。



梅生「その先輩達が10人いたんだ。みんなめっちゃ上手くて、でもその代がごっそり卒業して」


蘭世「その下の三木さん達の代が少ねぇからなぁ……」


梅生「2年も5人しかいなかったしね……俺らが抜けた今は3人か」



合唱部を辞めた2年が部員の人数が分かるわけもない。


現合唱部の桂樹先輩くらいしかと向かいに座る当の本人を見つめると、



桂樹「俺らの代が少ねぇのは三木が嫌われてるからじゃね?」


雅臣「え?……あの、」


桂樹「ほら、雅臣焼くの変わってやるよ」


雅臣「……あ、ありがとうございます」



トングを渡す桂樹先輩の手つきは自然で、俺と目が合うといつものようにキラキラした笑顔を見せた。



桂樹「雅臣、ちゃんと食えよ、バテるぞ」


雅臣「は、はい」




……どうして。



どうして桂樹先輩は友達なのに三木先輩にあんな言い方をするのだろう。


焼けた肉をトングで俺の皿に載せてくれるところまで完璧で、傍から見ればただかっこいい先輩にしか見えない。


この人に裏があるなんて想像もつかないのに、俺の胸の奥で何かがざわつくのは何故なのか。


嫌われてるからだなんて、以前も三木先輩に同じようなことを言っていたけどその言葉の端にほんの少しトゲがある気がする。


ただの冗談っぽく聞こえるのになぜか隣に座る三木先輩に向けるその目は笑ってないように見えた。



『えー、あれで本当に仲良いのかな』



少し前に柊がこの2人を見てポツリと言った言葉が頭をよぎる。


急に今の俺が気づかない何かを言い当てられたような気がして心臓が跳ねた。


あの時の柊はただ何気なく呟いたのその一言が俺の心に引っかかっているが、桂樹先輩の隣に座る三木先輩は特に気にしてなさそうで……。


もしかしてボッチの俺には分からない陽キャ特有の仲の良いいじりみたいなものなのか?



桂樹「まぁでも今年は1年生が多いから助かるけどな!

今は総勢20人!」



グリルの煙がモクモクと立ち上り、桂樹先輩は肉を焼きながら今年の合唱部の新入生が三木先輩が退部した後にもたくさん入ってきたと教えてくれた。


初心者だけど歌うのが好きな人が揃って入部してきたらしい。



夕太「へぇー、じゃあ大会は新入生ばっかでほぼ初心者だったんだ。ならめっちゃ頑張った方だね!」



考え込む俺の皿からロースを奪ってむぐむぐと頬張りハムスターのように頬を膨らませる柊だが、その言い方は辛辣で耳に刺さるような現実味を帯びている。


まるで冷たい水を被せられたように俺の心を醒まさせた。


俺はずっと合唱部を常勝不敗の強豪校だと思っていたけど、こうやって改めて話を聞くとやっぱり勝手な幻想でしかなかったんだ。



楓「人数多けりゃいいってもんじゃないけどね」


桂樹「…………」


夕太「音痴のでんちゃんには言われたくないよな」


蘭世「でんはラップで正解。てかマジでお前らあの曲文化祭でやんの?」



蓮池が鼻で笑いながら口を挟むと、その含みのある言い方に一瞬空気がピリッとした気がしたがすぐに話題が逸れた。



夕太「やるよ?……でもまぁこのままだと蘭世先輩の

バームクーヘン曲が霞むから梅ちゃん先輩歌詞めっちゃ気合い入れて作んないと!」


雅臣「バームクーヘン?」


楓「ああ、空っぽってことね」



蓮池の容赦のない一言が癇に障ったのか、梓蘭世は勢いよく立ち上がると柊を鋭く睨みつけ殴りにかかる。



___が、すばしっこい柊がサッと避けたせいで運悪く隣の俺がその拳をまともに受けてしまった。




夕太「蘭世先輩すーぐ手が出る、DV反対ー!雅臣大丈夫?」



………こ、この野郎!!


柊はふざけたカナリアみたいな上目遣いで俺を見上げるので、今日こそはぶん殴ってやると睨んだ瞬間、柊は四つん這いで素早く向かいの一条先輩の席まで逃げだした。



雅臣「お前が避けるから俺に当たったじゃないか!!」


楓「自分が鈍臭いのを夕太くんのせいにしとんなよ」



だが、冷ややかに切り返す蓮池がいつものように柊を庇うので俺の苛立ちはさらに募る。



雅臣「お前が甘やかすからあいつがあんな風になるんだ!幼馴染ならあのふざけたカナリアを少しは教育しろよ!!」


楓「キモ、Mかよ」



俺が怒鳴ると蓮池が左口角を上げてニヤリと笑った。



雅臣「は?ど、どういう意味だよ」


夕太「でんちゃんが言いたいのは教育じゃなくて調教だろ? 雅臣がMでー、SMの鞭とかでぶたれる役のさー、」


楓「何見てシコってんだてめぇは。突然調教しろよ!

だなんて鳥肌立ったわ」


雅臣「そんな事一言も言ってないだろ!!」



どうしてこいつらはいつも訳が分からないことばかり言い出すんだ!!


ブンブンと鞭を振り回すジェスチャーをする柊と蓮池が更に下品なことを口走るので、俺は顔が怒りなのか羞恥なのかわからないが真っ赤になるのがわかる。



雅臣「へ、変なこと言うなよ!!俺は下ネタが嫌いだっていつも言ってるだろ!?」


楓「4文字名前はドスケベって相場が決まっとんだよ」


雅臣「ど、……ど、な、何てこと言うんだよ蓮池!!!全国の4文字名前の奴がみんな___」


蘭世「うるせぇなぁ!!マジでもうお前ら横並びになんなよ!!」


雅臣「元はと言えばアンタのせいで___」


三木「雅臣、お前は食べないからイライラするんだ。

ほらもっと食え。蓮池、柊追加したいやつあるか?」



ついには梓蘭世が大声で割って入るのでイライラが抑えられず負けじと叫ぶが、喧騒の中三木先輩がタッチパネルを手に場を和ませようとしてくれた。


その機転にもう怒るのをやめようと思うが、向かいに座る桂樹先輩は俺達1年生の騒がしさに呆然としている。


蓮池は俺の足を机下で蹴りながらもお構いなしで、まだまだ食べる気満々のようだ。


三木先輩からタッチパネルをひったくると蓮池は躊躇なく肉を10人前ずつ追加注文し始めた。



蘭世「ちょ、梅ちゃん!!杏仁豆腐何個頼んで……あ!いつの間にこんなアイスもこんな頼んでんだよ!?」


梅生「うるさいな、食べ放題なんだよ?それに俺は全然食べない蘭世の分も元取ろうとしてるの」



一条先輩は梓蘭世がいくら止めても気にせずアイスの全種類を追加注文して、そのマイペースさに半ば感心しつつも必死に止めに入る。



雅臣「さ、さすがにお腹壊しますよ、一条先輩!?」



一条先輩の甘味への食欲はやはり底なしで、結局俺は肉をろくに口にできずテーブルの上で繰り広げられるカオスなやり取りにため息をつくことしかできなかった。




読んでいただきありがとうございます。

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〝グラジオラスの君へ〟の方は週2回のペースでゆっくり連載です!話が溜まってきたら毎日更新に移行します!その際はまた報告しますね♪♪

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