205.【そのポーズを取るな】
注文した品は次々と運ばれてくる。
こういうのは1年生の役目だよなと、俺はトングを握り鉄網の上でジュウジュウと音を立てる肉を数枚ずつ丁寧にひっくり返していた。
肉の焼ける香ばしい匂いが食欲をそそり、網の上で脂が弾けるのを見ていると、
楓「何チンタラ焼いとんだ」
夕太「雅臣に任せてたら日が暮れちゃうよ」
腹が減って苛立つ蓮池の声が横から飛んできて、しかも柊と2人で皿に山盛りになった肉をザッと網にぶちまけた。
赤い生肉が一気に網を埋め尽くし、俺の丁寧な焼き方が台無しじゃないか!!
雅臣「おい!そんな焼き方___」
楓「陰キャのくせに奉行かよ」
雅臣「そうじゃなくて火が通ってないと危ない__」
夕太「えーっ、じゃあ強火にしよ」
今度は柊が机の横で勝手に火力を上げるので、カルビの脂がジュワッと爆ぜて火の粉がバチバチと飛び散り一瞬にして火柱が上がる。
雅臣「馬鹿!カルビの脂が__!!」
夕太「すげーっ」
余計なことするなと柊を叱りつけるが火の勢いは増すばかりだ。
慌ててトングで別の肉を被せるようにして火を抑え、急いで火力を弱に切り替えると、目の前の桂樹先輩が騒がしくしすぎたのか呆然としている。
直ぐに謝ろうと口を開きかけたが桂樹先輩は爽やかな笑顔を浮かべいいってと軽く手を振ってくれた。
その笑顔に、俺の胸は少しだけ軽くなった。
梅生「手伝おうか?」
蘭世「こういうのは1年がやりゃいいの、梅ちゃんは待機」
一条先輩が余ったトングに手を伸ばしかけたが梓蘭世が即座に割り込み一蹴する。
桂樹「何だよ蘭世、先輩面しまくりじゃん」
雅臣「いいですよ……俺らがやりますから。はい、焼けたやつから置いてくんで皿ください」
桂樹先輩は笑いながら突っ込むが、さっきから皆の食べるペースがあまりにも早い。
梓蘭世はいつものようにほとんど食べないが3年の先輩
2人と一条先輩の食欲は底なしで、俺の焼くスピードじゃ到底間に合わない。
結局、俺も蓮池と柊のように肉を網にぶちまけるしかなかった。
楓「んだよ最初からやれよ。てめぇは何しに毎回〝紳士の焼き方はこうですけど何か?〟って気取っとんだ」
夕太「違うよでんちゃん!もっと片眉上げて両手に女、乳揉んでますけど何か?みたいなポースだよ」
………く、クソ野郎!!
俺が肉を焼いてるのをいいことにどっちがより親父の著者近影に似ているかでポーズを合戦を始めやがって!!
生肉に触れて衛生も何もあったもんじゃないこのトングでこいつらを一発ぶっ叩いてやりたい!!!
雅臣「だからいちいちそのポーズ取るなよ!!!」
蓮池と柊の親父のモノマネ対決は今や大げさな身振り手振りだけじゃなく変に誇張した表情までエスカレートし、それがまた絶妙に似てるせいで余計腹が立つ!!
俺のトングを握る手が怒りでぶるぶる震えるが、
蘭世「なんそれ、芸人の真似?」
夕太「蘭世先輩にも見せてあげる」
雅臣「やめろって!!」
こともあろうに柊はニヤニヤしながらスマホで親父の著者近影を梓蘭世に見せやがった。
梓蘭世はそれを受け取り俺の顔と写真を交互に見比べると指をさして呼吸困難になるほど大爆笑して噎せ返っている。
蘭世「そっくりじゃん!!ウケる!!見ろよこれ!!」
桂樹「やめろよそんなことすんの」
梅生「ほんとだ。藤城そっくりだし柊と蓮池のモノマネも完璧だよ……!!」
心優しい桂樹先輩が注意しても梓蘭世の爆笑は止まる気配もなく、ついには一条先輩まで肩を震わせている。
調子に乗った柊の親父のモノマネはエスカレートしていくがもう好きにしてくれと放置した。
三木「これはなかなか……カメラマンに唆されたんだろうな」
夕太「どれだけヨイショされても普通の感覚持ってたらやんないよ」
楓「建築士が撮影して貰うだけでこのハシャぎようなんて世も末だな。錦行ったら愛人の家族ごと養う未来まで見えるわ」
夕太「え、もしかして愛人ピーナポコ?」
話はどんどん脱線し、ついには柊の謎のフィリピン人のものまねに2年生は肩を震わせひっくり返って笑っていた。
夕太「アナタ、クニカラツレテキタムスメモヤシナウポコヨ」
三木「そうか、新しい奥さんはフィリピンの人か」
雅臣「フィリピン人じゃないです!!純日本人で__」
三木先輩まで少し口角を上げて悪ノリし始めるから俺は慌てて否定するが、
「お客様、もう少し声を抑えていただけますと……」
ちょうどその時、肉の皿を手に現れた店員に俺だけが注意を受けてしまいタイミングの悪さに辟易する。
楓「部長、ほら」
雅臣「す、すみません…………」
……こ、この野郎!!
蓮池に代表して謝れと促されて仕方なく頭を下げるが
こんな時だけ部長扱いされる理不尽さ、一体俺が何をしたっていうんだ……。
思い切りジト目で睨んでいると、ふと、この展開についていけずポカンと口を開けて驚く桂樹先輩と目が合った。
桂樹「雅臣お前……いや、いいわ。そうだジュース頼んでくんね?」
雅臣「あ、はい!!」
一通り親父のモノマネを披露して気が済んだ蓮池と柊はちゃっかり自分達の分を確保しつつ、今は先輩達の皿に肉や野菜をせっせとのせている。
2人が冷やかしたせいで俺はさっきから一口も食べられていない。
腹は減ってるのにとイライラするがトングで焼く手を止めることはできず網の上の肉を見つめた。
桂樹「うんま!!てか顧問太っ腹すぎるよな。カズオだったら絶対ない」
梅生「去年のBBQも電車乗って、クーラーボックスに食材入れてみんなで行きましたもんね」
蘭世「カズオジジイだもんなー」
話題はいつの間にか合唱部の顧問へと流れていったが
その話を耳にした瞬間トングを握る手がふと止まった。
俺は合唱部の顧問といえば音楽を自在に操るような人物が務めるものだとばかり思っていた。
前の学校では合唱部や吹奏楽部の顧問は音楽の教師か少なくともピアノくらいは弾ける人が、音階をなぞるように優雅に指揮棒を振り指導していたのに。
まさか山王合唱部の顧問があの古典の頑固ジジイだなんてと信じられない思いが焼ける肉の煙とともに胸に広がる。
夕太「え、名前だけ貸してる顧問なの?」
三木「そうだよ。ほとんど部活に顔を出さなかったし、大会を見に来ることもなかったな」
夕太「あー、だから合唱部弱いんだ。顧問カズオじゃ何にも習えないもんな」
雅臣「ちょ、おい……」
柊の嘘をつかないハッキリした物言いはいいところでもあるけどタイミングが悪すぎる。
桂樹「まぁそうなんだけど……」
合唱部が好きで誇りを持ってる桂樹先輩の前でそんなこと言うなよと俺は思わず眉をひそめた。
読んでいただきありがとうございます。
ブクマや評価していだだけて本当に嬉しいです!
いただけると書き続ける励みになるので、ぜひよろしくお願いいたします♪♪
そしてついに新作『山王学園シリーズ〜グラジオラスの君へ〜』の連載を始めました!
タトゥーの彼が登場するこのお話は週2回の連載にしようかと考え中ですので、ぜひこちらもよろしくお願いいたします!




