200.【どこにもない!?】
梅生「涼しいー……」
蘭世「夕太お前クーラー付けて出てきたの天才」
夕太「もっと言って」
蘭世「神」
体育館の練習は2時間ほどで終わった。
三木先輩の指導でまず声帯をリラックスさせるために唇を軽く閉じて「プルルルル」と震わせるリップロールから始まった。
続いて舌を軽く上の前歯の裏に当て「トゥルルル」と震わせるタングトリルや腹式呼吸、喉のストレッチや滑舌トレーニングなど一通りのウォーミングアップを済ませた。
その後は割と自由に各々練習タイムになり、柊は梓蘭世の作った曲を譜面に起こして楽しそうに弾き慣らしていた。
梓蘭世が三木先輩から指揮の指導を受けている間に俺と蓮池は一条先輩と一緒に祝福の歌の練習を繰り返して……。
かなり調子よく練習していたのだが、空調の効きが悪い体育館は次第に蒸し風呂状態となって俺達は今ようやく部室に戻ってきたというわけだ。
蘭世「雅臣ー、人数分の飲み物ー」
雅臣「何がいいですか?」
蘭世「俺は…あー、たまにはソイラテにしよかな」
いつものようにバリスタ候俺はコーヒーマシンでそれぞれの好みの飲み物を作り始めるが、
蘭世「てかさ、俺ら作詞もまだなのに衣装とかいけんのかよ」
夕太「本当は裁断とかも自分達でやる予定だったけど、いちねぇがもう全部切ってくれててさ。後はまじでこの動画通りに縫うだけだからいけるって!」
………。
ミルクフォーマーに豆乳を注いでセットし泡立てているが、柊の言葉に心が落ち着かない。
そこまで柊のお姉さんが準備していたら絶対反対できる状況じゃないし、あれ、と柊が指さす先にはレジャーシート素材の大きな袋が3つもある。
なんとその中は全部布や飾りで、おまけに裁縫道具まで全て用意してくれたらしい。
柊のお姉さんがわざわざ暑い中遠くから車で持ってきてくれて、更には裁断もしてくれて布の費用も心遣いで無料。
この状況で俺が口を挟むことなんて何も出来なかった。
楓「ロリータ姉貴は暇なの?」
夕太「んーん、現実逃避の成れの果て。でもこのおかげで新作のイメージが湧いたんだって」
そりゃようござんしたと言ってやりたいが俺的にはちっとも面白くない状況だ。
イライラしながら氷を入れたブラックコーヒー2つにアイスカフェラテの甘めが2つ、アイスムースソイラテとアイスキャラメルラテの全てを用意してトレイに乗せて手渡していく。
夕太「どんなに不器用でも半日かからないくらいで作れるように超簡単にしてくれたんだよ!!不器用そうな蘭世先輩でも出来るに決まってるって」
蘭世「だーれが不器用だよ!!」
………。
………何だって?
このふざけたカナリアはどうしても衣装が着たいから誰も断れないようわざとこの状況を生み出しているのか?
梓蘭世が柊のクルクル頭を叩いた上にキャラメルラテを奪おうとしたせいでギャーギャーと騒がしいが、柊に苛立つ俺はそのまま飲まれてしまえとジト目で睨んだ。
三木「でもありがたいな。最悪この合宿で形だけ作ったとしてもスパンコールなどの装飾は9月で間に合うもんな」
楓「スパンコール付けなかったらムーディー負山みたいですもんね」
蘭世「久々に聞いたけどぜってーやだわ」
せめて燕尾の装飾をもう少し地味にしないか提案しようとした矢先に蓮池が芸人に見えるなんて言うから梓蘭世がイヤだと反対する。
夕太「チャラチャッチャッチャラッ、チャ〜♫♫
チャラチャッチャッチャラッ、チャ〜♫♫」
調子に乗った柊がムーディ負山の物真似をし始めて、悔しいことにそれがまたそっくりで、似てると分かるテレビっ子の自分が憎い。
三木「ムーディは嫌だな、スパンコールは絶対付けよう」
終いには三木先輩までムーディ批判をしてスパンコール装飾が確定してしまった。
___よ、よく考えろよ、馬鹿野郎どもが!!
スパンコールをつけたところで派手なムーディ負山になるだけという事になぜ気がつかない!!!
しかしこう思ったところでこのノリに文句を言える訳もなく、俺は1人ため息をついて腰を下ろした。
蘭世「なぁ、もう制服脱いでいいよな?あちーから私服に着替えてくるわ」
夕太「俺も着替えよっかなー」
蘭世「おう、てか今日寝る時1年が上なんだから荷物持ってけよ」
しばらくして着替え始める梓蘭世に俺もこの際汗ばんだポロシャツを着替えてしまおうかと思う。
___そうだ。
さっき外したネックレスもこのタイミングでさり気なく鞄にしまっておこう。
早速ポケットに手を入れてネックレスを探ると、
雅臣「……あれ」
何回手を突っ込んでも指先にネックレスが当たる感覚がない。
……え?
梅生「藤城、どうした?」
雅臣「い、いや」
固まって動けない俺を見て一条先輩が心配してくれるが冷や汗が止まらない。
う、う、う、嘘だろ!?
ね、ネックレスがない!?!?
どちらのポケットをまさぐっても見当たらない、ない、どこにもない!!
も、もしかして落としたのか!?
夕太「雅臣ー!俺今日は……ってどしたの?」
柊がいつもみたいに飛びついてきて俺の首に猿みたいにまとわりつくが、
雅臣「い、い、いや、その……」
楓「まどろっこしいな、はよ言えや」
どう答えるべきかよりどこにネックレスが消えたのかでパニックになる俺の心を知らない蓮池には絶対に言いたくない。
こいつに馬鹿にされると思ったからこっそり外したのに、それが仇となったのか本当にどこに落としてしまったんだろう。
夕太「……雅臣?もしかしてまた具合悪いの?」
大切な皆との思い出のネックレスを落としてしまってショックに打ちひしがれる様子を誤解した柊がその手を俺の額に当てる。
夕太「熱中症ぶりかえしたんじゃないの!?」
蘭世「え、マジ?誰か塩飴とかねーのかよ。とにかく水飲めって」
梅生「だ、大丈夫?体育館暑かったから少し休みなよ」
三木「そうだな、上で早く休んだ方がいい。もし何かあれば俺と保健室に行こう」
皆が一気に誤解し始めて、俺はもう2度と仮病はしないと決めたのにその手を使って誤魔化したくなる程事実を言うのがどうにも恥ずかしい。
でも仮病なんてしたら明日もある合宿が楽しめないのは嫌で、これはもう本当の事を言うしかない状況になってきている。
楓「1回熱中症でやられた内蔵は戻りにくいって言うからな。救急車呼んだ方が___」
雅臣「ち、違う!!熱中症でもなんでもないんだ!!」
皆の優しさが嬉しいだとか思える状況ではなく、どんどん大袈裟な方向へ進んでしまう話を俺は観念してついに遮った。
雅臣「……ね、ネックレスが」
三木「ネックレス?」
雅臣「この前ノベルティで貰ったネックレスを落としたみたいで……」
悲壮な俺に皆が顔を見合わせた。
読んでいただきありがとうございます。
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ついに200話!!
ゆっくりゆっくりと進む雅臣の成長にお付き合いいただき本当にありがとうございます。
絶対書き切りますので、これからもよろしくお願いいたします!!
そして次の新作、タトゥーの彼が登場するお話は週2回の連載にしようかと考え中です!お楽しみに!!




