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195.【終わらせない努力】



突然泣き始めた俺に2人が硬直してこちらを見ているのが分かる。


それでも俺は泣くのを止めることが出来なかった。



楓「………」


夕太「で、でんちゃんがブスって言うから!!」



そうじゃない、と否定したいのに泣けて口にすることが出来ない。


蓮池は突然立ち上がると小走りでキッチンに向かったのか冷蔵庫を開ける音が聞こえた。


バンと雑に閉めて戻ってきたかと思えば俺の目の前にコンと音を立てて置かれたのはバニラアイスだった。



雅臣「これ……」


楓「熱中症が悪化したんだろ!それ食べてはよそこに転がれって!」



顔を上げると蓮池はものすごくバツが悪そうで、でもこのバニラアイスは俺を慰めるために差し出してくれたのが分かる。


泣いてないと誤魔化したくても今日に限って喉が詰まって声が出ない。


俺のとめどなくこぼれ落ちる涙を見て、蓮池はさらに固まってしまった。


あの蓮池が茶化さずに動けずにいるなんてと思いながらも涙を止めることが全然出来ない。



夕太「ま、雅臣、寂しくなっちゃったんだよな?ほら久しぶりにとっとの話とかしてさ!!」



柊が慌てて背中をさすってくれるので目元を手で擦るが涙は止まらず目の前に置かれたバニラアイスを見たらまた泣けてきた。


蓮池が俺のためにバニラアイスを買ってきてくれて、柊は俺のために料理してくれて……。



そんな2人が俺の傍にいてくれる。



こんなに幸せに満たされているのに俺は何が寂しいのだろう。




雅臣「……俺、まじで熱中症みたいだ、勝手に涙が出て、」



でも高校生にもなって泣いてるのはやっぱり気恥ずかしくて無理やり誤魔化してみるけど言い訳は通用するだろうか。



夕太「ちょ、調子悪いんだろ?いいっていいって、そゆ時もあるって!」


楓「……」



柊は俺の嘘をそのまま受け入れてくれて部屋は俺が鼻をすする音だけがやけに響く。



………。


……………………。



昨日担任からアドバイスを貰って安心したはずなのにそうじゃなかった。



本当はまだ不安に押し潰されそうで、悲しくて寂しかったんだと2人を見て余計に強く思う。



雅臣「お、俺、柊と……蓮池と、こうやってずっと高校生がいい、高校山王にいられるのかなって、」



目元を擦りながら溢れ出る取り留めもない言葉は俺の本音だった。


2学期だけじゃなくてクラスが変わっても、高校3年間こいつらとずっと一緒にこうやって楽しく過ごしたい。


来年もSSCで活動したい。



ずっとずっと一緒がいい。



毎日が明るくて楽しくて。



こんな日常は皮肉にも親父が原因で訪れたというのに、また親父のせいでこの幸せが消えてしまうかもしれない。


名古屋に来て初めて自分の人生が輝き始めたのに、積み重ねてきた大切なものが一瞬で全て壊されてしまうのが嫌で嫌で堪らなかった。



楓「……お前金の心配でもしとんのか」


雅臣「え…」


楓「とっとがいつまでも自分のために金払わんかもしれんって思ったんだろ?……だから泣けるんだろ」



バニラアイスの蓋を開けて俺の前に再び差し出す蓮池に柊はスプーンを取りに走り出す。



雅臣「お金がなくなるから、生活がとかじゃなくて、」


楓「金払ってる間はまだお前に関心が残ってるってことだもんな」



蓮池の言う通りだった。



お金まで払われなくなったらいよいよ親父にとって俺はどうでもいい存在になってしまう。


本当に愛されてないことの証明になるのが嫌で俺は泣いてるんだと気づく。



雅臣「俺、今毎日がすごく楽しくて……だ、だから終わって欲しくない」



東京に戻って親父に愛されていないのがもっと露骨に分かるくらいなら名古屋で幸せになる為に頑張りたい。



楓「終わらせない努力をお前がしろよ」


雅臣「え……」


夕太「そうだよ、雅臣が何とかここにいられるように俺らで考えればいいよ!!」




終わらせないように、努力する、



愛されていないのはどうにもならないのかもしれない。



でもこの楽しい毎日を終わらせないための努力なら確かに出来るかもしれない。



何をどうしたらと2人を見つめると、



夕太「こういう時はでんちゃんだよ!」


楓「まぁ愛だのなんだの以前に生きてくには金がかかるからな。お前のクレカって現金も下ろせるよな?」


雅臣「お、下ろせる」


楓「そこから毎月5万ずつ引き下ろしてタンス貯金してろよ。貯めといていざという時の生活費の足しにしろ」



あっさりとそう言う蓮池に目からウロコが落ちた気がした。



夕太「今から毎月それやってもあと300くらい必要じゃない?」


楓「大学の費用はね?専門ならそんなかからんし何よりまず生活費だろ」


夕太「そだね、雅臣ボンボンだから生活水準いきなり下げるなんてできないもんな。バイトするにも余裕は必要だからね」



2人は俺を置いてけぼりにしてポンポンと予想もできない会話を続けている。



楓「てかてめぇ何でそんな状況で大学とか呑気に考えとんだ。普通に高卒で働けよ」



___か、考えたことなかった。



この期に及んで俺はまだプライドを優先していたのかと頭をかち割られたようで目を見開く。


2人の言う通り専門学校や高卒で働く選択肢も思い浮かばないなんて、いかに俺が呑気に平和ボケした生活を送ってきたのかが浮き彫りにされた気がした。



楓「ま、とりま高校3年間はそんな心配いらんだろ。この前の買い物で何も言ってこないなら余裕だよ」


雅臣「そ、そうかな……」


夕太「あーね、雅臣心配しすぎだよ。だって女の方が金かかるんだもん」



どういう意味だと首を傾げると、



夕太「愛人も妹も金がかかるからね。雅臣の母ちゃん死んだばっかで乗り込んでくるような奴ら、図々しいから金かかってしゃーないよ」


楓「てめぇの母親は病気で金もせびらんタイプだったろうしな……今頃息子の静かさが恋しくなる頃合よ」


夕太「そうそう!愛人はCHANELAで娘にDioraせびられてたら雅臣みたいに1回の買い物金額50万じゃ済まないから」


雅臣「…………」



リアルな金額を聞いて、思いもよらない2人のズレた考え方が今の俺にはとても心強かった。



楓「引き下ろして文句言われたら話し合いのチャンス、何も言われんかったらラッキー。そんくらいでいいだろ」


夕太「そうだよ!」


楓「とりあえずちまちま金下ろして貯めとけよ。言い訳としてはキャッシュの家庭教師つけたとかが無難だな。そいつが名大でど貧乏とかアメフト部におるから食費がすごいとかどんだけでもパチこけるわ」



鼻で笑う蓮池に俺もついに吹き出した。


想像もつかない言い訳が次から次へと出てきて、柊は呆れ顔だけど俺はただひたすら笑えて仕方ない。


子供の戯言で夢物語かもしれないけど、蓮池と柊が本気で俺の事を考えて言ってくれてることが本当に嬉しかった。



__こいつらと友達になることを諦めなくて良かった。



そうだ、これも俺の努力の結果じゃないか。



ぼっちの俺に友達ができて色んな人と会話もできるようになって、楽しい時間を過ごせるようになった。


この幸せを終わらせない努力が俺にはできるはずだ。



雅臣「……2人ともありがとう」


夕太「いいってそんなの!……そうだ雅臣聞いてよでんちゃんが宿題どっかやっちゃってさ___」



所詮子供の悪知恵かもしれないが2人が俺の為に精一杯考えてくれたこの時間が多分俺の宝物になると思う。


色んな狡猾な案を教えて貰って実行に移さないのは違うよな……。


明日にでも実行してみるか。


それからこの2人といられる夏をできる限り楽しみながらもう1回改めて自分の道を考えようと胸に誓った。




そして翌日。




俺は蓮池に教えて貰った通りクレカから1万円抜いて封筒にしまった。



俺は罪悪感も何も感じなかった。



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