194.【甘えてみたい】
柊の登山用みたいなリュックにはホットプレートまで入っていたらしい。
コンセントを繋げた柊はダイニングテーブルの上でまず焼きそば10玉を麺とソーセージのみのソース焼きそに、残りの10玉はもやしとネギとキャベツ、にんじんなどが入った塩焼きそばにして炒めていた。
蓮池がたくさん食べることを見越して作ったのだろうがこの量にももう何の疑問を持たなくなった。
飲み物を取りにいく振りをしてさり気なく洗い物が溜まってないかキッチンを確認したが調理器具は全て綺麗に洗われている。
楓「姑かよてめぇは。覗きに来てねーで出来上がるまで大人しく寝とけよ」
雅臣「の、飲み物を取りに来ただけだろ!」
楓「目つきで分かるんだよ」
夕太「うるさいなー!すぐ出来るから雅臣は座って待ってなよ!!病人なんだから」
目敏い蓮池に叱られたがどこも汚された所はなく、末っ子で甘えん坊なイメージが強い柊なのに実は家事までできるのかと感心した。
夕太「ほら座って座って、箸の用意とかはでんちゃんに任せてさ」
そう勧められて大人しく座るとホットプレートから出来たての塩焼きそばの香りがしてとても美味しそうだ。
先に作ったソース焼きそばは皿に盛られていて、柊が麺のみのシンプルな焼きそばが好きだと豪語していただけあってプールで売っていた焼きそばとほとんど変わらない出来栄えだった。
楓「これ取り皿な。あと念の為お粥、食えんかったらこっちにしろよ」
蓮池は俺を病人だと信じて疑わず、わざわざお粥を温めてくれたのだろう。
ドンとお椀に入ったお粥を俺の席の前に置いてから焼きそばも取り皿によそってくれて、皆でいただきますと言って手を合わせる。
夕太「俺ソース!」
楓「夕太くんファンタオレンジ?」
夕太「もち!」
テーブルに麦茶やジュースのペットボトルが並ぶのを見ていつもはひとりぼっちの食卓がこの2人が来てくれたおかげで恐ろしいくらい賑やかになる。
夕太「うまーい」
楓「夕太くんよく噛みなよ」
雅臣「……」
柊が子供みたいに焼きそばを頬いっぱいに詰めてその世話を蓮池がかいがいしく焼いている。
それはまるで家族みたいな光景で、親父に愛されてる実感が無い俺の心が一瞬で怖いくらいに満たされる。
2人が自分のためにわざわざ家まで来てくれてご飯まで作ってくれたのかと思うと優しさが胸に染みて動けなくなる。
夕太「……雅臣大丈夫?気持ち悪い?」
雅臣「いや……大丈夫だ」
なかなか焼きそばに手をつけない俺を見て柊が不安そうに覗き込む。
悪い事をしたと箸を進めるが、やっぱり言葉に出ずに固まってしまう。
…………。
……………………。
夕太「雅臣、もしかして不味い?」
雅臣「いや、そんなことない。美味いよ」
夕太「塩味も食べなよ」
食いつきの悪い俺を心配して柊はせっせとよそってくれる。
楓「……無理すんなよ」
蓮池までお粥にしろと勧めてくれる。
___何だか無性に2人の優しさに甘えてみたくなった。
昨日担任にしたように同じように俺の話を聞いて貰えないかと思ってしまう。
自分の悩みは話す相手を選ぶ内容だと思うし、友達だからと言って何でも話すのものでもないという気持ちも分かる。
でもやっぱり俺はこの2人に自分の気持ちを聞いて欲しいと口を開いた。
雅臣「……あのさ」
夕太「何!?」
楓「んだよ」
俺が話しかけただけで2人が同時に顔を上げる。
本当に何気なく話をしようと思っただけなのに、2人は真剣な眼差しでこっちを見ていていかに今日の俺が弱っているのかが分かる。
雅臣「いや……その……大学のことなんだけど」
夕太「大学?」
雅臣「2人は進路とか、その、大学とか先のことを考えたことはあるか?」
つい柊の方を見てしまうが蓮池に舌打ちされた。
楓「お前、真っ直ぐ前見て言えよ」
勘のいい蓮池はお前が何を言いたいのかは知らないがハッキリしろとばかりに俺を見据える。
普段から勉強嫌いで中退だの通信でいいだの話す蓮池に大学のことを聞くのはどうかと思いながら言い淀むと、
夕太「え!?やだよ!?東京戻るの!?まさか__」
楓「まさかてめぇ……とっとから連絡きたんかよ」
雅臣「ち、違う!……ご、ごめん、そうじゃない」
早とちりした柊が身を乗り出し蓮池はギロっとこちらを睨むので慌てて否定した。
即座に親父関連かと疑う蓮池は相変わらず察しが良くて怖いくらいだが、俺はこの2人に進路のことを聞いて何を知りたいんだろう。
何を話して安心を得たいのか?
俺は一体、何の安心が欲しいんだろう。
夕太「……良かったぁ」
雅臣「え?」
柊が箸を置いてふう、と大きく息をついた。
夕太「だってさ、もしとっとに今すぐ東京戻ってこい!とか全ての金止められたら雅臣本当に帰んないとダメじゃん?そうじゃなくてとりあえず良かったなって」
雅臣「……」
柊はにっこり笑ってまた焼きそばを頬張った。
蓮池の花の展示の時もこうやって俺が東京へ戻るのは寂しいと言ってくれたのを思い出す。
楓「帰ってこいなんて言わないね。どーせてめぇのこと一応心配はしとるけど意地張って連絡できんのだろ」
雅臣「ほ、本当にそう思うか?どうして?」
鼻で笑う蓮池に俺は性急に答えを求めてしまう。
蓮池の言うことは本当だろうか。
親父は本当に俺を心配しているのだろうか?
それが俺が昨日から1番気になっていたことなのかもしれない。
楓「どうしてって……」
核心に迫りたくてつい言葉を被せ気味に聞いてしまったせいか、大きく口を開けて焼きそばを食べようとした蓮池の手が止まった。
続きを待つ俺に仕方ないなとため息をつくと、
楓「そらぁ恥ずかしくて東京戻ってこいなんて言えんだろ。お前が言ったことは何も間違ってないって向こうも気づいてんの」
いつも通りの傲慢さを感じるけど棘のある言い方ではなく、蓮池は真っ直ぐ俺を見つめて語尾に力を入れそう言ってくれた。
夕太「義理の妹、孕ますみたいな?」
楓「それそれ」
雅臣「そこじゃないって!!」
夕太「じゃあなんだよー」
柊はカナリアみたいに頬を膨らますが、全校生徒に知られているも同然の親父の醜態は風邪で学校を休んでいた柊まで知っていたのかと嫌になる。
どうせ蓮池から聞いたんだろうけど……。
全く俺の家庭のどうでもいい話を筒抜けにするんじゃなくて肝心な事を話し合えよお前らは。
夕太「ちなみに妹ってブスなの?」
更に1番どーでもいい事を柊が聞くので飲んでいた麦茶を吹き出しそうになる。
楓「俺も気になってたんだよね、やっぱブス?」
雅臣「それ気になるか!?」
2人の着眼点は俺には思いつかないもので思わず笑ってしまった。
同じ学校で1個下なのは知っているが名前も顔も全く分からない。
どんな顔立ちかと聞かれてもわかる訳もなく、唸る俺を置いて2人は勝手に妹談義に花を咲かせ始めている。
夕太「正味さぁ……腹違いの可能性アリアリだろ?雅臣の父ちゃん似ならまぁ知れたレベルだけど……」
雅臣「まぁ知れたってなんだよ。柊は俺の親父なんて見たことないだろ?」
夕太「あるよ?こうやってポーズとって気取ってる近影見たもん……あ、言っちゃった」
……。
その気取ったポーズに見覚えのある俺は非常にいたたまれない。
話を聞けば蓮池はどうやって見つけ出したのか俺の親父の近影を持っていてそれを見せていたらしい。
あまりのそっくりさにびっくりしたという柊に、見舞いに来た俺に看護師さんもよく親父に似てると言っていたことを思い出す。
夕太「でも雅臣の優しい感じはお母さん似だよ」
雅臣「えっ……初めて言われたな」
楓「てめぇの母ちゃんは美人だからな。あーあ、娘で愛人のブスレベル図ったろうと思っとたのに」
雅臣「何だよそれ!」
相変わらず訳が分からないことを言う2人だが、こいつらと会話していると俺は結構笑ってる気がする。
それに今日は一段と楽しくて、2人と一緒にいると俺は毎日が本当に楽しくて……。
夕太「………雅臣?」
突如視界が滲んで頬を濡らす感触に驚いてしまう。
目頭は熱く、涙が止まらなくてどうしたらいいのか分からない。
こんなに楽しいのに俺は今どうして泣いているんだろう。
呆然と俺を見つめる2人を見て、それでも涙は止まらなかった。
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