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189.【上がりきったハードル】




夕太「お待たせしましたー!」



緑のカラーグラスをかけた柊は1人明るく舞台に登場し、早速ピアノの前に座ると椅子の高さを調整している。


先程桂樹先輩がセットしたマイクも柊の歌いやすい位置に直しながら、



夕太「あーあー、マイクテスト、でんちゃん雅臣どう?」


楓「あーー、いけるいける」



舞台裏から上手側に回った蓮池は舞台袖で声を出す。



雅臣「あ、あー」



俺も蓮池に倣ってマイクから声を出すが、生まれて初めて持つマイクに変に緊張してしまう。



蘭世「夕太がわざわざフランスで作詞したらしいぜ?」


梅生「それすごくない?……で、何で柊はサングラスしてるの?」


蘭世「さぁ?」



舞台下から2年生の会話が聞こえてきて俺は少しだけ袖から顔を覗かせるが、若干名帰ろうとしている合唱部の人達を見つけた。


頼むからそのまま全員帰ってくれと願うも、いざ柊の伴奏が始まるとその人達は足を止め舞台を振り返った。


あまりにも情熱的で上手すぎるピアノの音に聴衆の心が奪われていて誰もが目を見開いている。


柊がこんなにピアノが弾けるなんて知っていたのは俺達だけで、合唱部の面々からどよめきの声が聞こえてきた。



桂樹「え、柊って……」


三木「親が作曲家だからな」



み、三木先輩!!


何故そんな余計な情報を伝えるんですか!!


変に期待に満ちた声が体育館に広がる中で、柊が合図したらいよいよ蓮池と俺が舞台に出ていかないといけないと手に汗握る。



だ、大丈夫だ。



確かに桂樹先輩とは曲の系統は真逆だがノリがいい曲で……ノリが……。


柊が卓越した技術でやけに長い前奏をドラマティックに盛り上げるせいで、これは名曲に違いないと変にハードルがあがる中、



夕太「SAY☆中華食っCHINA!!」



柊の掛け声と共に一気にピアノは転調し曲の雰囲気がガラリと変わった。


それと同時に真夏だというのに毛皮のロングコートを纏ったサングラス姿の蓮池が上手から飛び出す。



楓「YO!YO!中華のキッチン火花散らすぜ!チャーハン振る鍋リズム刻むぜ!!」



突然ノリ良く飛び出てきた蓮池の姿と野太い声のラップに観客は呆気に取られていて、中には何が起きたかわからず目を見開き仰天している者までいる。



夕太「麻婆豆腐!辛さで舌をロック!シビれるパンチはまるで雷のショック!」


楓「Yo!小籠包熱々のスープ炸裂!噛めばジュワッと味の連射!中華の魂皿ごとにストーリー!食うたび上がる、俺らのテンションがキー!」



サングラスに毛皮姿で激しく踊る蓮池が観客を煽るように手を上げる。


フランスで作詞作曲したのに中華しか出てこないのがウケたのか、体育館には腹を抱えて伏せる梓蘭世の笑い声が響き渡った。



や、やりづらすぎる……!!



しかし次は俺が煽りを入れる番で、ここで出ていかなかったら蓮池に殺されると意を決して舞台に飛び出した。



雅臣「せ、SAY!エビバディ一緒に!ニラ!」


楓・夕太「「ニラ!!」」



俺が歌って踊りながら登場すると、とうとう我慢の出来なくなったギャラリーは抱腹絶倒の大爆笑の声を響かせた。


合唱部の人達も悶絶するように腹を抱えて笑っていて、梓蘭世なんかは笑いすぎてゴロゴロと床にのたうち回っている。



雅臣「SAY!油!!」


「「「油!!」」」



死ぬほど恥ずかしいがもうどうにでもしてくれと舞台下のギャラリーにマイクを向けると、男子校で本当に良かったと思うくらい全員がノってくれる。


これで無言だったら1番キツいと俺は身をもって知り、蓮池と激しく自宅でこっそり練習していた踊りを披露した。



夕太「春巻きが冷めて箸が止まる…君の笑顔が遠く霞むよ__麻婆豆腐の辛さも今はただ涙の味、月が泣いてる」



柊の少し高めの歌声と一緒に急なバラード調に変調するが、



楓「YO!中華でガッチリ締めるぜ腹も心も!」



またもヒートアップした蓮池のラップに再び大爆笑が起きる。


続いて俺も次のパートを歌おうとした瞬間、梓蘭世が止めだ止めと声を張り上げた。



蘭世「ふざけんなよ!!てめぇら笑い殺す気か!!」


梅生「あ、ある意味天才かもしれないね」



一条先輩までその隣で息を詰まらせて笑っていて、正気に戻ると急に頬が熱くなって恥ずかしくなる。



夕太「何だよこれからもっと盛り上がんのに!蘭世先輩止めるなよー!」


蘭世「フランスで作ったのに中華料理でラップでバラードって気がおかしくなるわ!!」


夕太「えー……だって雅臣がぁ……」



柊がチラと上目遣いでピアノの椅子に座ったままこちらを見るが、俺がラップを少し嫌がったのもあり急遽歌詞を追加してくれたのだ。


先程のバラード部分がそれに値するのだが……中華料理屋で別れ話をする謎の世界線まで歌詞に入ってきて余計にこんがらがった出来栄えとなり今に至る。



桂樹「すごい攻めの姿勢だな……三木、あれお前の指導?」


三木「管轄外だ」



三木先輩も苦笑していて、合唱部も笑いすぎたのか先程の険悪な雰囲気はゼロに等しくなった。



楓「やっぱ曲がいいんだな。ほら見ろこんなに盛りあがって」


夕太「俺のセンスのおかげだよ!文化祭もこの調子で衣装もガッツリ着てやろうな」



蓮池が謎に興奮した目つきで胸を張り、柊はマイクで期待していてくれとギャラリーに声高らかに宣言している。



雅臣「いや1回考えようって!」



2人は大ウケしたことに満足したようだが、文化祭当日は体育館には今よりもっと人が集まるはずだ。


ヒューッとあちこちから口笛が上がり、桂樹先輩まで拍手して盛り上がっている。


これより当日笑われるかと思うと死ぬほど気が重く、絶対に体育館じゃない空き教室で披露すると心に誓った。


そしてジャンケン大会は何がなんでも負けてもらわねばと調子良くピアノを引き続ける柊をジト目で見つめる。


そんな中で桂樹先輩が労いの言葉でもかけてくれようとしたのか笑いながら舞台上の俺の傍まで近づいてきた。


さっきの言い争いと今の羞恥で忘れるところだったが、まだ俺は桂樹先輩に直接合宿の話をしていない。



雅臣「そうだ桂樹先輩、合宿のことなんですけど!!」


桂樹「雅臣、あのさ___」



三木先輩から聞いているかもしれないが一応SSCの部長としてきちんと日程を伝えておかないといけないと声を上げると同時に桂樹先輩の言葉が被さった。



桂樹「えっと、どうぞ」



先に話せと促されたので、



雅臣「あの、SSCで合宿するんです。出校日から2泊3日で……桂樹先輩はご予定どうですか?」



突然の俺の誘いに何か言いたそうだった桂樹先輩も慌ててスマホのスケジュールを眺めている。



桂樹「えっ?あ、あー…合唱部も合宿ねぇから行けるけど……いいのかよ」


雅臣「良いに決まってるじゃないですか!桂樹先輩もSSCの一員なんですから」



最近顔を出していなかったからか少し気まずそうな顔でこちらに確認する桂樹先輩に誘って良かったと思う。


それでもまだ何となく戸惑っているように見えて、桂樹先輩が気を遣うことはないと明るく伝えてみることにするが、



夕太「ジュリオン先輩、ここで来なかった本気でホストだよ」


楓「夕太くんってそういうとこあるよね」


夕太「雅子のアフターブッチしたんだから合宿くらい来なよ」


雅臣「何の話だよ!!と、とりあえず桂樹先輩も気にせず来てくださいね」



蓮池と柊が邪魔するのを止めて俺は笑顔で合宿への参加を後押しした。



桂樹「あ、ああ」



桂樹先輩は困ったように眉を寄せていたが、一応行くとその場で返答をしてくれた。


……。


そういえば桂樹先輩は俺に何が言いたかったんだろう。


次に会った時にでも聞けばいいかと思いながら俺達の初めての合わせ練習はそんなこんなで無事に終えた。






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