169.【あの時の店】
雅臣「に、二階堂さん…って」
夕太「行く気満々なのはいーけど待てって!せめてこれだけ飲ませてよ」
雅臣「ご、ごめん」
ジュゴゴゴと音を立てて思い切りフラペチーナを吸い込む柊に服の裾を引っ張られ、謝りながらも腰を下ろす。
二階堂……それは梓蘭世がモデルを務めている大須のデザイナーの名前だ。
しかも一条先輩だけが連れて行って貰えた店のオーナーで、その日は俺がボッチで陰キャでコミュ障かもしれないと初めて自分を疑った日でもあった。
楓「その人のとこって何売ってるんですか?」
パニックを起こしている俺を無視してブランド好きな蓮池が梓蘭世に興味深そうに質問している。
蘭世「服とか何でも?ちょうど昨日からポップアップやっててさ、アクセサリーとか革製品とかの新作出したんだよ」
ほら、と梓蘭世がスマホを見せてくれるがサイトにはブランドロゴやクロス、ダガーをモチーフとした重厚感溢れるシルバーネックレスが写っていた。
そのままスライドするとスタッドピアスに革のブレスレットやコインケースまで、唯一無二のデザインのものばかり。
大量生産品にはない希少価値を感じるものだった。
梅生「このパスケースかっこいい」
楓「一条先輩センスいいですね。この濃いネイビーの皮も似合いそう」
三木「二階堂さんとこ行くならそうだな、ついでに蘭世がこの前モデルした時の写真を追加で宣材用に貰うか」
買い物も終わって後は帰るだけだと思っていたのに、急に皆で件の店へ一緒に行けることになって嬉しくて堪らない。
三木「下のタクシー乗り場から行こう」
三木先輩がもう夕方近いし大須まで手っ取り早くタクシーで行こうと言うので、何となく気持ちが急いて皆一斉に席を立つ。
梅生「藤城重くない?1個持とうか?」
楓「大丈夫ですよ、軟弱陰キャは自分で持った方がいい」
雅臣「お前はほんとに……!」
荷物の多い俺を優しく気遣う一条先輩とは正反対に相変わらず憎まれ口をきく蓮池を睨みながら、俺達はカウンターにカップを返却して急ぎ足でステバを後にした。
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偶然並んでいた大型タクシーに乗り込み俺達は大須に向かった。
車内で改めて一条先輩にも合宿前に集まる話をするとすぐに快諾してくれると同時に、
梅生「藤城、映画何時に待ち合わせする?」
夕太「え!2人で映画行くの!?」
楓「夕太くん危ないって」
最後部座席の真ん中に座った柊が身を乗り出して羨ましがった。
梅生「8月10日に俺と藤城の好きな韓ドラの映画を見に行くんだよ」
しかし先輩の話を聞いた途端に柊はどういうわけかニンマリとして、練習日じゃないならいいよと珍しくすんなり身を引いた。
夕太「雅臣、楽しんでおいでね!」
いつもの感じでいいな攻撃を受けると身構えていたのに拍子抜けしてしまう。
俺の隣で柊は上目遣いでにこにこ笑うので、さすがの柊とて韓ドラには興味が無いし見ても楽しくないと判断して諦めたのだろう。
梅生「じゃあ俺のオススメの店でランチしてから行こ!ちょっと早いけど11時に待ち合わせして……時間大丈夫?」
楓「陰キャは毎日暇なんで11時で大丈夫ですよ」
雅臣「お前が答えるなよ!……その時間で大丈夫です」
楓「何だそれ勿体ぶりやがって!結局暇じゃねーか!」
蘭世「うるせぇな!!」
キレる蓮池を梓蘭世が怒鳴って黙らせる姿に、こいつはタクシーの中でさえ静かにできないのかとため息をついた。
……でも、やっぱり楽しいな。
ボッチで陰キャでコミュ障と落ち込んだあの日と違って、今俺の周りにはこんなにたくさんの人がいる。
しかも自然に会話ができるようにまでなっていて、己の成長ぶりをかみ締めた。
雅臣「楽しみにしてます、一条先輩」
忘れないよう直ぐにスマホに時間を入力して顔を上げると、何故か皆が暖かい眼差しを俺に向けている気がする。
うんうんと微笑む柊はまだしも珍しく蓮池でさえ右口角が上がっている。
もしかして俺が陰キャすぎてお前達以外の誰かと出掛けることも出来ないと思われていたのか?
確かにコミュ障だったとはいえ、最近の俺は割と誰とでも話せるしそこまで皆に心配されなくても大丈夫なんだが……。
首を傾げて考えている間にタクシーはあっという間に大須に到着して、降りてすぐ赤門通りと呼ばれる商店街を歩いた。
夕太「雅臣とこの前銀のからとり食べたじゃん?あれは真反対のねー…万…松…何とか通り!」
雅臣「へぇ、何本か通りがあるんだな」
三木「大須は大きく3本の通りに分かれてて、ここの赤門通りはパソコンやアニメグッズが多いんだが…」
蘭世「こうやって1本入ると古着屋とか服屋しかないってわけ、はい到着」
梓蘭世が示す先に見えるのは角地に建つ2階建てのコンクリート打ちっぱなしのショップだった。
古着屋やセレクトショップが沢山並ぶ通りにの一角に所在するその店は壁面に、
『Para_Kid』
と英文字が打ち込まれており、ガラス越しに見えるハンガーにかかったシャツがもうかっこいい。
ここが梓蘭世御用達の店なのか……。
どちらかといえばハイブランドを着てるイメージしかないからこそ、こういったオリジナルブランドの店に来るのが意外だ。
それでも俺はあの時見向きもされなかった梓蘭世と今日ここに来れたことが嬉しくて胸がいっぱいになる。
楓「突っ立っとんなよ、はよ行けや」
雅臣「あっ…ぶないな!」
店前で1人感極まっていると後ろから蓮池に軽く蹴られて店内に押されるが、入った瞬間ビターアーモンドとバニラを混ぜた甘い香りに包まれた。
同時にジャスミンの匂いを纏うスパイシーでフルーティーなアンバーの香りがして、
夕太「すご!めっちゃお洒落だしいい匂いー!」
先に入っていた柊が吹き抜けの天井を見上げながらくんくんと鼻を動かしていた。
オリジナルブランドとセレクトショップの半々で経営してるのか…?
白い壁の清潔感のある店内はハイセンスな古着が1着ずつ並べられていて、エレクトロポップなバックグラウンドミュージックとよく合っている。
ヴィンテージでありながらどこか現代的で洗練されたアイテムが多く、更にはオリジナルブランドも展開されていて時間を忘れてじっくり見ていたくなる店だった。
三木「ここはパリで出会った個性豊かなディレクター3人が在籍してるんだ。各々が入手したアイテムやオリジナルの服で1つの店舗が構成されているんだよ」
楓「ポップアップってことは1階がその二階堂さんの作品ってことですか?」
蓮池がレザーの小物を手に取りながら三木先輩と話しているが、俺は余りにも洗練された空間に萎縮してしまいキョロキョロしていると、
「蘭世?いらっしゃい」
奥から現れた人物の容貌に度肝を抜かれた。
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