163.【何がどうしてそうなった】
三木「予約したコースも同じで良かったよ」
合唱大会の後の厳しい顔つきと違って、グラスに注がれたペリエを飲む三木先輩はいつも通りの冷静な態度だ。
よく冷えたノンガスミネラルウォーターをいただきながら俺は静かに隣の席の三木先輩を眺めた。
蘭世「にしてもお前らいて良かったわ。三木さんと2人でメシ食うとまじ不味いもんな」
夕太「んぐっ、ぬぅあんで?……あ、三木先輩これおかわり頼んでいい?」
柊は頼んだすりおろしりんごジュースを一気飲みしておかわりまで要求しているが、支払いの心配がないとはいえもう少し遠慮をした方がいい。
三木「違うのでもいいぞ」
三木先輩は余裕で受け止め何故2人が一緒にいるのかを説明してくれた。
聞けば自分の母親がどうしても月に1度梓志保とランチを食べたいのに誘う理由がないのが原因らしい。
ただ一緒にランチがしたいと伝えるだけでいいのではと思うが、そんなはしたない真似は出来ないと息子と梓蘭世を利用し何とか一緒にいる為の口実を作っているそうだ。
三木「ま、親子同伴デートみたいなもんだ」
蘭世「キモい言い方すんなよ」
ふぅと軽く肩を竦める三木先輩と苦虫を噛み潰したような梓蘭世は強制的に月1でランチやディナーやらに付き合わされていて今日がその日とのことだった。
雅臣「せ、節制は……」
蘭世「そんなんさせられてねぇわ!にしても最近食いすぎだけどな」
思わず漏れた俺の呟きに梓蘭世は薄い腹を摩りながらギロッとこちらを睨む。
三木先輩と食べて不味い理由なんかそれしかないと思っていたのにどうやら違うらしい。
しかしついでとばかりに三木先輩が梓蘭世の体型をジャッジするよう視線を動かすので思わず止めてあげてくださいと言いたくなった。
夕太「俺らも昨日からめっちゃ食ってるよ!ベーグルでしょー、味仙にアイスにー」
指折り数える柊を見ながらペリエを飲む梓蘭世はただの水なのに様になっていてグラスを持つ指まで美しい。
やはり俺は梓志保よりもこの人のファンなんだと改めて自覚した。
蘭世「うわ、それはやばい食いすぎだろ…てか何でお前ら3人一緒におんの?」
夕太「昨日から雅臣の家泊まってんの。で、今日はでんちゃんの華展お疲れ様会!」
蘭世「そういやそうじゃん、でんお疲れ」
楓「どうも」
梓蘭世と蓮池はグラスを軽く合わせるが同じ高校生なのに色々手馴れていて、かなり自分との差を感じてしまう。
俺が2人みたいにどこにいても物怖じせずに行動できる日は来るのだろうかとため息をついた。
落ち着くために手を拭こうと小さなカップに入ったおしぼりに手を伸ばせば店員さんが少し水を注いでくれる。
カップの中で水に浸ったおしぼりがゆるゆると伸びるのを見てマジックみたいだと思っていたら、
夕太「昔ストローの紙でこういうのあったよね。芋虫みたいに動くやつ」
柊の言葉に店員がクッと堪えて軽く微笑み、吹き出さないその姿にさすが高級店の給仕のプロだと感心してしまう。
夕太「てかミルキー先輩と会うの久しぶりじゃない?」
三木「確かにそうだな…プールは楽しめたか?」
夕太「うん!!超楽しかった!!遅くなったけどありがとうございました!!」
俺も柊と一緒にお礼を伝えると店員が隙のない所作で前菜をそれぞれの席に用意していく。
どうぞ手でお召し上がりくださいと勧められたのは小さく色鮮やかな黄色のタルトにトマトピューレを挟んだオレガノのクラッカーだ。
タルトをつまみ食べ、口の中にポタージュが広がる面白い感覚を味わっていると、
夕太「ねえ、これさ……」
楓「言っちゃダメだよ夕太くん」
夕太「高級なピザポテトの味がする」
楓「何で言うかな」
クラッカーをボリボリ貪る柊の感想を聞いた蓮池が眉根を寄せて梓蘭世は大笑いしていた。
「こちらはじゃがいものムースを詰めた名古屋コーチン卵のボンボローネでございます」
俺達が全員前菜を食べ終えると次はおかひじきのサラダと共に真ん丸なムースが載った皿が給仕され、早速ナイフで卵を割れば中からソースが溢れて個室にふんわりと良い香りが漂う。
しばらく舌触りを確かめながら皆の食べるタイミングを見計らって俺も会話に参加することにした。
雅臣「バラバラでは会ってましたが久しぶりですね。……そうだ柊、今朝SSCについて話したいことあるとか言ってなかったか?」
頬に卵をいっぱい詰め込んだ柊が今朝ベーグルを食べながら唐突にSSCの皆に提案があると言い出したのを思い出す。
一条先輩と桂樹先輩がこの場にはいないがせっかく殆どのメンバーが集まっているのだから今話せばいいと勧めてやった。
夕太「そうそう!合宿前に2日くらいどこかで集まりたいなって思ってて」
蘭世「え、何で?……でん、これやるわ」
先程から梓蘭世はフォークでおかひじきのみ食べていて、ムースの食感が苦手なのか後は全部食べずにナチュラルに皿ごと蓮池に回した。
夕太「皆に衣装の説明したいなって」
三木「衣装?」
突然衣装だなんて何の話をしてるんだと何も聞かされていない俺達は柊を見つめる。
夕太「文化祭だよ!SSCで歌う時はド派手な衣装着てやろうと思っててさ」
雅臣「なっ……!」
驚きのあまり口の中の濃厚な卵が喉に詰まってむせ返ってしまった。
三木「大丈夫か藤城」
三木先輩に手で大丈夫な素振りを見せ口を押さえながら何とか息を整える。
花火大会で梓蘭世が冗談半分に話していた時に柊はいなかったはずなのに何故と驚いてしまう。
何度も言うが俺は自作の歌を披露するだけでも恥ずかしいのに、衣装だなんて恥の上乗せでより注目を浴びてしまうじゃないか!!
蓮池も反対してくれよと目線をやるが、マジ?と呟くだけで軽く目を見開き隣に座る幼馴染を眺めていた。
蘭世「へー、いいじゃん」
三木「なるほど…楽しそうでいいんじゃないか?」
雅臣「何で三木先輩まで乗り気なんですか!?」
全然意味が分からなくて俺1人だけが慌てふためく中、蓮池に鼻で笑われてしまう。
好きなだけ馬鹿にするがいいと断固反対しようとした瞬間、
夕太「よっしゃ!実はデザインはもう決まってて!」
蘭世「まじぃ?」
柊が自分のスマホを乗り気な梓蘭世に見せるので今反対するのはタイミングが悪いように思えた。
俺が黙っている間に次の品が出てくるが、衣装のデザイン画が収められている柊のスマホが順に回されてきたので仕方なく見るが……。
そこには落書きみたいな棒人間のイラストがペンで書いてあるだけで、さっぱりどんな衣装かは想像がつかなかった。
しかし、もしこの案が通ってしまったらどうするんだ?
俺なんか裁縫は家庭科の授業でしかした事がないレベルでこんなのどうする気だと眉根を寄せた。
夕太「型紙とかそういうのはぜーんぶ俺の姉ちゃんがやってくれるから俺らは切って縫うだけ!手順も1から動画に収めてくれるからそれ見て作れば楽勝!」
エッヘンと胸を張って懸念を解く柊に皆感心しているが、本当にそれでいいのかとキョロキョロ見てしまう。
楓「夕太くんのロリータ姉貴は暇なの?」
夕太「新作やりたくないって現実逃避してるのもあって俺の手伝いにやる気を見せてんだよね」
その言い方から柊の1番上のお姉さんが衣装作りを手伝ってくれるようだが、もし言葉通りに気合いに満ちているのなら断るに断れなくなってしまう。
どうにか衣装なんてものは着ずに普通に発表するだけの方向に持っていきたいと俺は奮戦することにした。
雅臣「な、なぁ衣装って費用がかかりすぎるんじゃないか?部費もそんなに無いし布も多分高いぞ?」
夕太「あー大丈夫だよ!姉ちゃんとこで使わなくなった布とか貰える手筈整えたから。更に飾り付けたい場合だけ部費で買う形にしたら余裕だって」
………。
………だ、駄目だこれは。
柊は絶対にやる気でいて、全く譲る気もない。
俺は何とか上手く衣装なんて無い方向へ持っていきたいのに、このままでは決定してしまうと項垂れることしかできない。
楓「陰キャだった俺がアイドルに!?なんて転生展開期待しても無駄だからな」
雅臣「だから毎回何なんだよそれは!!」
蓮池がいつものように左口角を上げてニヤニヤしながら変な事を言い放ったので頭に来る。
転生とは一体何の話なんだと睨みつけるが蓮池はどこ吹く風だ。
ク、クソ野郎……。
三木「___衣装の話は一旦分かった。それ込みで合宿で何をするとか発表内容をもっと絞る日を作ろうか」
蘭世「おー、やっと部活感あるわ」
三木「8月中にやっとかないと9月は9月で忙しいからな」
確かに衣装云々よりも合宿で何をするのかを決める方が先決だと全員が頷いた。
作詞作曲をすることだけが大雑把に決まっているものの、それ以外は全部ザルで毎回今度決めようと流れてしまっていたのだ。
一旦衣装の話が流れそうなこの雰囲気を絶対ものにしてやる……!
ここにはいない大人しい一条先輩を巻き込んで、俺は衣装を着ることだけは断固阻止すると胸に決めた。
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