162.【美しい親子】
エレベーターホールに響いた俺の大声に反応した4人はこちらを見て少し驚いた顔をしている。
恥ずかしさのあまり口元を抑えた瞬間、
蘭世「てめぇはほんとミーハーだな!俺からママに鞍替えか!!」
そう怒鳴りながら4人組の中の1人である梓蘭世がこちらに向かって来た。
その後ろに三木先輩が見えるが、それよりも突然雲の上の存在である女優の梓志保が現れたことが信じられない。
ショートカットで立ち姿も優雅な梓志保は別格のオーラを放っていて、ヒールを履いてるせいか息子と変わらない背の高さだった。
黒のジャケットにパールのロゴ入りロングネックレスと胸元にカメリアのコサージュ、キャビアスキンのキルティングバッグを身に纏っていて見るからに全身CHANELAで神々しい。
親子共にデザイン違いのCHANELAのジャケットを着用し、対する息子の梓蘭世は白のジャケットにゴールドのチョーカーをぶら下げて同色の細身のパンツを着用している。
しかし梓蘭世の斜めにぶら下がった信じられないほど小さなチェーンバッグには一体何が入っているんだ……。
とりあえず本当にここは名古屋なのかと思う程華々しくて、エレベーターホールがまるで舞台のような空間に思えるほど絵になる親子だった。
夕太「……こういう時名古屋って狭いなーって思う」
楓「同感、歩きゃどこでも知り合いに会うよね」
ガン見している俺の横で2人がしみじみと語り合っているがそんな簡単に女優と遭遇してたまるかと睨みつけた。
「私のファンの方かしら」
梓志保は女優ならではの良く通る声と一緒に俺の傍まで来て女神のように微笑みかけてくれる。
俺と変わらない目線に驚きながらもつい見惚れていると隣の柊が黙ったまま俺の服の裾を引っ張った。
何だよとその手を払おうとするが、呆れ顔の柊が目の前を指差すので釣られて見ればそこには無表情の梓蘭世がいた。
まるでどっちのファンなんだと言わんばかりに片眉を上げるその顔は美しいのに冷酷で恐ろしい。
雅臣「そ、その、俺は梓……蘭世の、貴方の息子さんのファンです!!」
ここで間違えたら殺されると誤解を解くようにまた大声を張り上げたが、三木先輩の隣にいる恐ろしく華奢な女性を除く全員に大笑いされた。
___は、恥ずかしい。
良く考えればただ芸能人に会っただけというのに俺1人浮かれてしまっえ猛烈にいたたまれない気持ちになる。
横で蓮池に鼻で笑われて急に頭に冷水ぶっかけられたように目が覚めた。
……俺は華展で何を見ていたんだ。
これじゃあ蓮池にいやらしい秋波を送るあのご婦人達と何ら変わりがないとミーハーな己を恨み項垂れるが、梓蘭世は満足そうな顔でそれで良しとばかりに肩を組んできた。
蘭世「ママ、振られたな」
「残念。やっぱりもう魅力無しかしら?」
そんなわけないですと思わず言いそうになるところをグッと堪えて俺は梓蘭世のファンだと自分に言い聞かせる。
夏でもいつもと変わらない梓蘭世の甘い香水の匂いが漂いクラクラしてくるが、至近距離で梓親子の美しい顔を拝んでるせいなのかどちらかもう分からない。
楓「親子どんぶりじゃん」
多分ぐるぐる目をしているだろう俺を嘲る蓮池に、何だよその言い草はと怒鳴ろうとした瞬間、
「何この失礼な子、可愛くない」
梓親子の隣にいた華奢な女性に睨みつけられた。
___か、かかか顔が俺の拳1つ分しかないぞ!?
あまりのパーツの小ささに目の前に立ちはだかる華奢で美しい女性を見てあんぐり口を開けてしまった。
梓蘭世はおっと、と両手を上げその場を引いてしまうが、1人取り残された俺だけに厳しい眼差しが向けられる。
しかし確かに失礼なのはその通りで、いくら先輩の親とはいえ全く面識もない梓志保にミーハー丸出しで大騒ぎした自分が悪いと猛省する。
雅臣「す、すみません!」
言ってしまえば今日は芸能人のプライベートでオフだというのにワーワー騒がれたらたまったもんじゃないだろうと頭を下げた。
……ところで、この女性は梓親子と三木先輩の知り合いなのだろうか?
そろそろ許して貰えたかなとチラと視線を上げて盗み見るが折れそうなピンヒールとノースリーブのシルクショートドレスを纏った女性は女王さながらの華麗さだ。
美しく整えられたピンク色の爪と同色のLady Dioraのハンドバッグが良く似合っていて、梓親子に負けない輝きにこの人も間違いなく女優だと感じた。
三木「俺の後輩達だよ。こんな所で立ち話もなんだしそろそろ店入るか?」
何かを察知した三木先輩は腕時計を見ながら提案してくれるが少し早く来たのに思わぬ遭遇で予約時間が迫っていることに気づく。
ぷいと子供っぽく顔を逸らす小柄な女性を見て梓志保はくすりと笑いながらその頬をつついた。
「ミッキーは相変わらず面白いね。ほら行こ」
エスコートするように立つ梓志保の腕をその女性は当然のように組んで俺達が予約していたイタリアンの店に先に入って行った。
さすが元男役と梓志保のスマートさに感心していると、
三木「俺達はこれからここでランチなんだが、個室を取ってあるからもし良ければ一緒に食べないか?」
そう三木先輩に誘われる。
楓「俺達もちょうどここで食べようとしてたんですけど…いいんですか?」
夕太「俺らが個室にの方に移動できるかお店の人に聞こうよ!」
話しながら店内に入ると直ぐに三木先輩が一緒の個室にできないかと相談してくれて、店員から承諾を得たと同時に準備をするのでしばらくお待ちくださいと告げられる。
……。
ところでこういう場合の支払いはどうなるんだろう。
どうも個室料金を割り勘だとかそういう概念はなさそうだし、かと言って一人一人払うにしても…。
雅臣「あの、個室料とかって……」
蘭世「そこまでしねぇよ」
梓蘭世に即答されるが一般の高校生が払う金額でもなく、何故俺の周りはこうも金銭感覚がズレた人ばかり集まるんだと眉根を寄せる。
雅臣「そ、そうかもですけど、実は俺今月使いすぎで」
夕太「あー……雅臣この前もゲーセンで8000円以上使ってたしね」
蘭世「うわバカじゃねーの?金の使い方もう少し考えろよ」
上目遣いで俺を見つめて暴露する柊に蓮池までドン引きした表情でこちらを見ている。
お前にも梓蘭世にも絶対言われたくないと拳を握りしめるがこればっかりは事実ではあるのでどうしようもない。
そうこうしている間に準備が整い俺達は案内されながら個室へ向かうが、前を歩く梓蘭世が弄るスマホケースから全身CHANELAで決めたこの人に金の使い方を言われてしまったらお終いだとジト目で睨んだ。
雅臣「あのですね、全身CHANELAの梓先輩に金の使い道を諭されても___」
「ごめんなさいね?蘭世の今日の格好全身私のお下がりなのよ」
更に前を歩く梓志保が笑いながら俺に手を振り息子の洋服事情を教えてくれた。
お、お下がりって、サイズが2人とも殆ど同じって事か!?
そもそも良く考えればCHANELAはレディースオンリーのメンズ展開がないブランドで、母親のお下がりが着れるなんて驚異的なサイズすぎると梓蘭世を見つめた。
しかし梓志保の腕を組んでべったり離れない華奢な女性がまた俺をキツく睨みつけるので萎縮してしまう。
どうやら俺の一言一言が気に入らないようで、この様子だと最初に可愛げがない認定をされてしまったのだろう。
こんなに華奢だというのに一言も何も言わせない圧はどこか三木先輩に似ていて……。
ん……?
も、もしかしてこの人!!
蘭世「な?美月さん俺のママ愛しちゃってんだろ?」
俺の肩を叩いて笑う梓蘭世の一言で俺はようやく確信した。
雅臣「も、もしかしてこの方は三木先輩の……」
夕太「え!もしかしてミルキー先輩のママ!?めっちゃ可愛いじゃん!!」
口をパクパクさせている俺の後ろから柊が店員の案内で片方の個室に入ろうとする梓志保と三木先輩の母親を見て声を上げた。
「……ありがとう」
夕太「雅臣はバカだなー!!うわーっ可愛いなー!?俺はミルキー先輩のママの方が断然好みだよ?いいなぁーママじゃないみたいだしこんなに可愛いママなんて最高!羨ましい!」
柊はカナリアみたいな顔をしながら三木先輩の母親を上目遣いでパチパチと見つめるがありえない程の声量に俺は1人で慌てふためく。
次いで柊は三木先輩の周りでいいないいなとウロチョロしていて、それをじっと見ていた三木先輩の母親は突然隙なく塗られた鮮やかなフューシャピンクの唇をキュッと上げた。
「春樹、今日はここ全額経費で落としていいわよ」
三木「分かった。後で領収渡すよ」
先程とは打って変わって機嫌がすこぶる良い顔でそう言い残すと、三木先輩の母親は梓志保と一緒に片方の個室へ入っていった。
俺達も店員に案内されて別の個室に通されるが、あっさり三木プロの経費で落として貰えることになったが本当にいいのだろうか……。
蘭世「夕太ナイス」
楓「夕太くんそういうとこあるよね」
軽く口笛を鳴らした梓蘭世がテーブルの奥に座るとその横に柊、蓮池と並んで座る。
梓蘭世の向かい合わせで座った三木先輩の隣に俺も腰掛けるがガラス1面に広がる見晴らしのいい景色に圧倒された。
楓「で、何でお2人がここに?」
蘭世「今更かよ……あー、飲みもの頼んでからにしようぜ」
美しい景色とメニューを開く梓蘭世を見ていたら次第に金額云々のことを忘れてしまい、現金な俺は奇遇な出会いに感謝したくなった。
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