158.【ストロベリーの記憶】
何とか蓮池オススメの店〝味仙〟のラーメンやその他色々を食べ終えたが口の中が辛さで麻痺して訳が分からなくなっている。
今日はランチから始まりお菓子も夕食も全ての食事が明らかに食べすぎている。
それなのに俺とは違いまだ余裕がありそうな蓮池を見て本当に一度どのくらいまで食べられるのかチャレンジして欲しいとさえ思う。
雅臣「口の中がおかしくなりそうだ……」
楓「そのためのアイスだろうが」
そう言いながらまるで自分の家のように寛いでいた蓮池が俺の家の冷凍庫を勝手に開く。
蓮池が持ってきてくれたバニラアイスはプールから帰った日に食べたのが最後の1個で、あれから俺はいつ2人が遊びに来てもいいようにたくさん買い足しておいた。
その甲斐あってか今蓮池はガサガサと冷凍庫を漁っている。
楓「…お前抹茶好きなわけ?バニラが美味いっつってんだろ」
多分蓮池は自分のバニラではなく柊の為のストロベリーアイスを探しているのだろう。
敢えてストロベリーを買わなかった俺にチャンスが巡ってきた気がして、文句を垂れる蓮池を放っておいて俺は先に自分の抹茶アイスを取った。
アイスが2種類しかないなら柊も本当のことを言いやすいだろうと目論んでいたことが今花開きそうだった。
夕太「でんちゃん早く取りなよ、ピーピー鳴ってるよ」
楓「ストロベリーがないから俺買ってくるよ」
早く閉めるよう急かす柊に蓮池が冷蔵庫の扉を閉めて立ち上がる。
夕太「え、わざわざいいよ」
楓「じゃあ夕太くんもバニラにする?」
夕太「えーっと……うん」
蓮池が手に持つバニラアイスをチラと柊は見るが、相変わらず蓮池の頭の中には柊が抹茶を食べるという選択肢がない。
しかし千載一遇のこのチャンスを逃すわけにはいかず俺は急いで自分の持つ抹茶アイスの蓋をめくった。
雅臣「柊、これ食べていいぞ」
楓「はぁ?夕太くんは抹茶は食べないってば」
雅臣「シェ、シェアだよシェア!それにほら、いつも柊は俺のを勝手に食べるから……」
パチパチと目配せする俺に柊は一瞬どうしようかと迷いを見せたが、そんなんじゃいつまで経っても気づかないと焦れた俺は無理やり柊の口元にスプーンを持っていく。
蓮池の様子を伺いながら、柊はそろそろと口を開いた。
楓「……あっ」
雅臣「な、美味いだろ?」
夕太「お、美味しい!意外と食べれる……かも…?」
雅臣「そ、そうかそうか!ならこれからも俺が抹茶を買っておくから、さ……」
ちょっと芝居がかりすぎているかと思うがこれであいつも幼馴染の好みが変わったことに気がつくだろうと蓮池の顔を見る。
楓「………」
しかし蓮池は普段の横柄な態度が嘘のように呆然と立ち尽くしていた。
いつもは尖った眼差しが揺れて動けないでいる蓮池に、もしかして俺はとんでもないことをしてしまったのかと瞠目する。
そのまま静かに俯いてしまった蓮池にどう声をかけていいのか分からず、無言の俺達3人の間に流れる時間が恐ろしく長く感じた。
夕太「……でもやっぱストロベリーがいいかな」
沈黙を破ったのは柊だった。
蓮池はその言葉に力を得たように顔を上げる。
夕太「ねぇでんちゃん、悪いけど買ってきて___」
楓「か、買ってくる!俺すぐ買ってくるから!」
柊の強請るような声に応える為に蓮池は直ぐにリビングを飛び出て行ってしまった。
夕太「1個でいいからね!でんちゃん!」
そう叫ぶ柊の声はその背中に届いたのだろうか。
分からないが蓮池の焦りを示すように玄関の扉が閉まる音が部屋の中に大きく響いた。
……蓮池のあんな顔、初めて見た。
ショックを受けた蓮池の痛々しい顔を思い出して性急に事を進めようとしすぎたと反省して項垂れると、柊が俺の隣でふうと大きなため息をつく。
夕太「それ貰っていい?」
雅臣「あ、あぁ……」
その声で緊張の解けた俺は少し熔けたアイスのカップを柊に手渡した。
柊がそれを持ってソファへ座りに行くのを眺めながら
俺も冷凍庫から新しく抹茶アイスを取り出して柊の隣に腰掛ける。
柊は幼馴染のあの顔を見てどう思ったんだろうか。
夕太「……ねぇ、でんちゃんあれで分かったと思う?」
雅臣「いや、あれは抹茶が食べれると分かったというより…こう…ショック受けてるというか……」
俺と同じ思いでいる柊に蓮池の様子をもう1度思い浮かべる。
あの様子では幼馴染の好みが変わっていたことにショックを受けて思考が停止していたとしか言いようがなかった。
夕太「だよね」
柊はぼんやりとマリゴーの停止したテレビ画面を見つめてユラユラと抹茶アイスのカップを揺らす。
雅臣「蓮池は何で柊が抹茶食べられないと思ってるんだろうな」
一度でも味覚が変わったと思ったことはないのだろうか。
あの様子だと柊が抹茶アイスを食べるだなんて一度も疑ったことがなさそうで、改めてあの察しのいい蓮池が気づいていないこと自体が不思議で仕方ない。
夕太「…昔でんちゃんがお見舞いに来てくれた時に抹茶アイス持ってきてくれたんだけどさ?俺苦いって言っちゃって」
多分それだと思うんだよね、とその頃を思い出した柊が軽く笑った。
雅臣「子供だと少し苦く感じるもんな」
夕太「そうそう、しかも俺めちゃくちゃ苦いって連呼しちゃったんだよ」
柊はクッションにもたれかかって昔話を教えてくれるが、蓮池の家に飾ってあった写真の中の2人くらい小さな頃だろうか。
見るからに小さく幼かった柊を思い出して、あの頃に苦いと連呼したのであれば蓮池の記憶にしっかり残ってしまうのも仕方なく思えた。
夕太「今思えば小さい頃のでんちゃんが自分の好きなバニラじゃなくて抹茶にしたのって、俺が緑色好きなの知ってたからなんだろうね」
懐かしむように話す柊に、今も昔も蓮池の気持ちを汲んであげる優しい気持ち変わらないのだと知る。
夕太「慌てて買い直しに行ってくれたのがストロベリーで……甘くて美味しいって俺が言ったのずっと覚えてるんだと思う」
だから今もストロベリー、と柊は小さく呟いた。
柊の願いを叶える為に走って出ていった蓮池と子供の頃の蓮池が重なり俺まで少し切なくなった。
蓮池が本気で幼馴染のことを信じて疑わないと分かっているからこそ柊はなかなか言い出せないのだろう。
互いが思いやっているだけなのに本当のことが言えないのはあの梓蘭世と同じで、きっと余計な事を言って大切な友達を失いたくないのだと思う。
それにあの痛ましい顔を見たら俺もこれ以上何も言わない方がいいかもしれない。
でも蓮池と友達になりたい柊の為に、友達の俺が協力してやりたい気持ちもあって2つの感情が揺れ動く。
夕太「……難しいね」
柊の言葉は正しく、混迷する気持ちに俺もなかなか上手くいかないなとため息が出そうになった。
しかし蓮池のあんな顔を見たせいか柊の表情にも哀切が見え、ここは友達の俺が何とか励ましてやれないものかと思いを巡らす。
雅臣「少しづつだよ。今日食えるって証明しただけでも前進だと思う」
夕太「……そうかな」
雅臣「そうだよ。時間は掛かるかもしれないけど、蓮池も柊の気持ちにちゃんと気づくさ」
元気づけたい気持ちが伝わったのか柊の頬は少し緩んだ。
夕太「そうだよな…ありがとう雅臣!ナイスだったよ!」
また2人で頑張ろうと無言の目配せをした瞬間、ちょうど蓮池が戻って来たのかインターホンが何度も鳴らされた。
夕太「俺がさっきの1口以外抹茶食べたこと言わないでね」
小指を差し出す柊に俺も絡めると何となくいたずらめいた共謀者みたいで2人で内緒だよと笑った。
柊がゴミ箱に食べかけの抹茶アイスを捨てている間に俺は蓮池を玄関で出迎える。
雅臣「おかえり」
楓「夕太くんは?」
雅臣「ソファにいるぞ」
そう言うが早いか蓮池は靴を脱いでそのまま早歩きでリビングに行ってしまった。
いつもなら揃える筈の靴も揃え忘れるくらい急いで買ってきたのだろう。
笑顔で待ち構える幼馴染の為に_____。
夕太「でんちゃんおかえり!ありがとう」
楓「全然、ただハーゲンダンツなくてこれになっちゃったけど……」
夕太「これも美味いからいいよ。あ、雅臣スプーン取ってくれる?」
俺が代わりに靴を揃えてやりリビングに戻ると柊は早速蓮池の目の前で蓋を開ける。
その姿を見て無邪気に笑う蓮池を見たら、今日はこれで良かったのだと心から思えた。
雅臣「今持ってくよ」
手渡したスプーンでストロベリーアイスを食べる柊が蓮池に分からないように片目を閉じて俺に秘密だよと合図した。
それを見ていつか柊が本当のことを言えるようになれたらいいと心から思った。
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