152.【頑張れ!桂樹先輩!】
俺達はエントランスからそのまま1階のビレッジ中ホールへ移動した。
三木先輩の話によると合唱コンクールは発表が終わった順に各校客席に戻ってそのまま他校を鑑賞するらしい。
例年ホール真ん中の通路より前の席は参加者で埋まることが多い為、俺達のような一般客は空いた後ろの方の席で自由に座るそうだ。
タイミング良く午前の部が終わり休憩中ということもあってホールの外は参加者で溢れている。
父兄も応援に来るからかお客さんも多く、発表を終えた他校の感想を話している人が殆どだった。
三木「今のうちに席を取ろう」
確かに歌ってる最中に出入りは出来ないので早速3番扉から会場内に入る。
夕太「ここ空いてるよ!」
柊は素早く小走りで通路前のす列を並びで3席確保して、5.6.7番と下手寄りだがここなら全体も良く見える。
ついでに言うと舞台上のピアノもこちら側なので桂樹先輩の勇姿を見届けられる最高の場所だった。
腰を掛けて前方を見れば制服姿の女子も大勢いて、男子校に慣れすぎたせいか女子のいる空間が物凄く新鮮に感じる。
雅臣「午前は共学も出てたんですね」
三木「午前の部が混声合唱だったんだ。俺らみたいな男子校や銀城みたいな女子校は同声合唱だから午後の部に纏められている」
夕太「へー!え、てか合唱部何歌うの?何曲歌えるの?」
質問攻めの柊に今回の大会概要を三木先輩が丁寧に説明してくれる。
参加校は大会側で決められた課題曲から1曲、更に自由曲を1曲披露するのだが、今回は珍しく課題曲にもソロパートがあり全部加味した上で優劣が決まるらしい。
そして今回、山王の自由曲は、
三木「祝福の歌だ」
入学以来よく耳にする曲名に山王の十八番なのだと知る。
そもそも祝福の歌は大昔の山王卒業生が作った1曲らしく、合唱部は代々この曲を受け継ぎ歌い続けているそうだ。
雅臣「それなら皆さん歌い慣れてるし、桂樹先輩も弾き慣れてるから大丈夫ですね」
音楽の授業でよく耳にするせいかこの俺ですらサビくらいは歌える。
桂樹先輩もこの慣れ親しんだ歌なら余裕だろうと微笑む俺とは反対に三木先輩は浮かない顔をしていた。
三木「別にそうでもないぞ」
雅臣「えっ?」
三木「リオは俺がいないとトチるからな」
………。
…………………。
雅臣「どっ……そ、そんなこと…きっと大丈夫ですよ」
口をついて出そうになった言葉を俺は無理やり飲み込んだ。
蓮池や梓蘭世がよく口にする〝どこポジ〟という感覚がようやく理解できた気がする。
それにしても言いはしないが三木先輩は自分の友達に対してちょっと失礼じゃないか?
自分がいないとミスするだなんて自意識過剰に思えるし、桂樹先輩とてさすがにそんなことはないだろう。
いくら三木先輩とはいえ俺の憧れでもある桂樹先輩を悪く言われるのは嫌で咄嗟に話題を変えて誤魔化した。
雅臣「そういえば次の大会には何校上がれるんですか?」
三木「中部ブロックからは5校、この大会ではその内の2校が決まる」
夕太「優勝と準優勝が上がれるんだね」
ホール内は見た事のない制服ばかりで愛知県中から合唱部が集まっているようだ。
どこがどこだかさっぱり分からず三木先輩にプログラムがあるのか尋ねようとして慌てて口を噤む。
今も合唱部に所属していればそれも貰えるかもしれないが、自分の意思で辞めたこの人にこれ以上合唱部にまつわるあれこれを聞くのも失礼な気がしたのだ。
『お待たせいたしました。東海地区合唱コンクール午後の部が始まります。皆様ご着席___』
アナウンスの声で居住まいを正した俺達は自然と前を向く。
横で柊が足を揺らして遊んでいるのをシッと止め、いよいよ始まるのか思うと何故か関係者じゃない俺まで緊張してくる。
頑張ってください、桂樹先輩。
心の中で祈るように最初の学校の歌を鑑賞した。
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午後の部が始まり各校順に歌っていくが今のところどこも普通に上手い。
素人だから分からないが、ここが優勝だとか最有力候補と明確に言えるほどの学校はまだ出てきていない気がした。
発表を終えた学校に拍手をしながらチラと電光掲示板の時計を見ると山王の出番が近づいてきて少し鼓動が早くなる。
アナウンスの声と同時に舞台では忙しなく人が入れ替わり、桂樹先輩の出番ももうすぐだと背筋を正せば柊が小声で三木先輩に話しかける。
夕太「次も男子校?」
三木「山王までは男子校だ。それに……」
夕太「それに?」
三木「次は全国レベルで毎年優勝候補だ」
思わず三木先輩の顔を見つめてしまうが、口に人差し指を当て前を向けと促される。
舞台上に男子生徒が2列に並ぶと指揮者の合図で鳴るピアノの前奏から一気に力強い堂々とした歌声が会場内に響き渡った。
夕太「うま……」
柊が静かに呟く気持ちも分かる。
これまで聞いてきたものとは比べ物にならない厚みのある歌声に真剣に聴きいってしまう。
ソロパートの発声も素晴らしく、全国大会レベルになるとこんなにも違うものなのかと感心しているうちに両曲とも終わってしまった。
シンと静まり返った会場が直ぐに割れんばかりの拍手に包まれる。
素晴らしかったと俺も拍手していると、柊がこの拍手の音に便乗して話しかけてきて、
夕太「すっごい上手いね。今のとこダントツじゃん」
と満面の笑みでうんうんと頷いた。
三木「次も例年地区大会を通過する強豪校だ。今年は勢いがあって4月の市の大会で優勝もしてる」
退出して次の学校に入れ替わるタイミングで三木先輩が各校の特徴を教えてくれるが、4月にはまだこの人も合唱部にいてきっと部長として事前に下調べをしていたのだろう。
任されたことはやり遂げると言った梓蘭世の言葉通り、そのまま残っていれば今も部員を率いていたはずなのにと三木先輩の感情の読めない顔を眺める。
……この人はどんな思いで合唱部の活躍を見に来たのだろう。
見届けた後に何を思うのかと舞台を静かに見つめる三木先輩の心を考慮した。
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