151.【花束と決意】
楓 「ありがとう。悪いけどこれ整えている間にさっき言ってたヤツ用意してきて」
蓮池は弟子から受け取った輪ゴムを口に咥えると手にした花のバランスを両手で美しく整える。
何が起きたのか分からないがこんな事まで出来るのかと蓮池の少し荒れた手を眺めた。
華に全振りしてるという柊の言葉は本当で、華道家にこう言ってはなんだがもし将来困ることがあっても花屋でフラワーアレンジメント教室が開けるだろう。
弟子が一礼して頼まれたものを取りに走るが蓮池は黙ったまま茎に輪ゴムを巻き付ける。
楓「お前さ、母親の写真ってまだあんの?」
雅臣「……え?あ、あるけど?」
突然俺に話しを振られて問われるがまま素直に答える。
楓「ふーん……そう」
少し経ってから先程の弟子が盆の上に色々載せて戻ってきて、蓮池はそこから水に濡れたティッシュを手に取り手際よく茎に含ませその上からアルミホイルで覆う。
最後に弟子が手渡した白い和紙で器用に外側を覆い紐を巻き付けると出来上がったのは百合の入った白いミニブーケだった。
楓「なら墓に行く代わりにこれ飾っとけば?」
雅臣「……これ、は」
蓮池はいつもより更にぶっきらぼうな口調で、だけどしっかりと俺の目を見て出来上がったブーケを俺の胸に押し付けた。
半ば無理やり押し付けられ思考が停止して動けない俺はそれをぎこちなく受け取る。
都合のいい捉え方かもしれないが、これは墓参りを忘れて落ち込む俺を慰めるために蓮池がわざわざしてくれたことだ。
蓮池からこんな気遣いをして貰える日がくるなんて思ってもみなかった。
不意の優しさに瞠目して動けない俺に、
楓「……勘違いすんなよ。あの作品ちょっとバランス悪かったから」
蓮池はふんと顔を背けるが、こんな素敵なサプライズをされたら誰もが感動するに決まってる。
しかもあの完璧に出来上がった大作を崩してまで作ってくれた蓮池の優しさがストレートに胸に突き刺さり口元を手のひらで覆う。
普段が普段だからこそ心の奥が揺り動かされ、俺は嬉しさのあまり声も出ない。
楓「帰ったらバカラのグラスに水突っ込んで飾っとけ」
夕太「でんちゃん……」
幼馴染がこんな粋なことをするとは柊も思っていなかったんだろう。
大きな瞳をまん丸に見開いて俺と同じく柊まで驚きのあまり動けずにいるくらいだ。
___蓮池が俺の為に何かをくれたのは2回目だ。
アイスクリームもこの花も、いつも蓮池がくれるものは俺の乾いた心を潤してくれる。
ブーケから覗く百合は純白の大輪で、自分の薄情さに暗然とする気持ちを蓮池が一瞬で浄化させてくれた。
雅臣「ありがとう。これ……大切に飾るよ」
楓「あっそ、俺そろそろ戻るわ」
蓮池がチラと視線を移すその先にはまだかまだかと相手をしてくれるのを待つご婦人達がたくさんいる。
欲にまみれた目に蓮池がくれた優しさを台無しにされた気がして無性に苛立った。
雅臣「蓮池、無理するな……よ……」
それでも客だと堪えて送り出そうとすれば蓮池の中指に先程までは無かった筈の指輪を見つける。
雅臣「……何だそれは?」
楓「あ゙?」
雅臣「そ、そのでっかい……」
金の台座に嵌った深緑のエメラルドは蓮池の親指の爪より大きく下品なまでに輝いているがこんなのさっきまで付けてなかったよな?
三木「さっき襟直してた婆さんが付けてたやつだろ?」
雅臣「え!?」
三木先輩が蓮池の代わりに答えてくれるが、よくそんな細かいところまで見ていたなと驚いてしまう。
もしかして着付けを直して貰ってる最中に誤って袂に入ってしまったのか?
そんな大きな物を失くしたら大事になるぞと蓮池を見れば左口角が思い切り上がっていて、
楓「乳首代だよバーカ」
いつものように不敵に鼻で笑われた。
雅臣「はぁっ?……え、ち、ち!?」
楓「今度これで飯でも行くかぁ」
ど、どういう意味だ!?!?
爆弾発言に狼狽える俺を尻目に蓮池は指輪を胸元へしまうと帯揚げの間から扇子を取り出し優雅に扇ぎながらご婦人達の元へと戻って行った。
三木「お捻りってとこだな」
お捻りだなんてそんなことあるわけないだろ!?
どこからどう見ても3カラット越えのエメラルドだぞ!!
触りついでに蓮池の着物に引っかかって落としてしまったんだろうけど、老婆のくせに襟を直す振りをして蓮池のそんなところまで触っていたのかよ。
あまりの衝撃に鳥肌が止まらない俺の背中を柊がポンポンと叩く。
夕太「ガチキモいね、まぁ、でんちゃんはあれを換金して今度3人で一緒にご飯行こって言いたかったんだろうけどさ」
雅臣「そうなのか?でも訴えられたりしたら……」
夕太 「〝楓さんの胸元に落っことした〟なんて言うの?」
……それもそうだよな。
口が裂けてもそんな事は言えないだろうしあの老婆はバチが当たったんだ。
あまりにも分かりずらい蓮池なりの誘いに対して嬉しい反面、身体を売ったみたいな金で飯を食うのはどうなんだという気待ちもあって俺は1人百面相になっていると思う。
三木「しかしあの忙しさなら蓮池は合唱部の方を見に行くのは厳しそうだな」
夕太「ね!覗けたら覗くって言ってたから時間は送っといたけど多分……」
動揺する俺を放っておいて呑気に話しを続ける2人だが、蓮池は作品の微調整をしたりご両親やお爺さんとともに接客をしていて非常に慌ただしい。
柊の言う通りあの様子では大会の方を覗くのは無理だろう。
華道に真摯に向き合う蓮池がくれたブーケをもう1度見ると不思議と心が落ち着いて大分冷静になることが出来た。
蓮池の優しさの塊みたいなブーケを眺めながら、いつか俺の気持ちが落ち着いた時に母さんの墓参りに行こうと思える。
___それから、一度親父ともきちんと今後のことを話し合わなければならない。
夕太「あーあ、でも俺雅臣が東京帰るのやだなぁ」
雅臣「えっ?」
夕太「まだ行かなくていーじゃん!サンドイッチパーティーだってしてないし、SSCでやりたいこともあるし、あととび森もだし…あとー、あとは…」
柊が俺とやりたいことを口にしながら指を折り数えてくれる姿に心が暖かくなる。
口約束したものまでちゃんと上げてくれて、充足感を感じて柊のくるくる頭に手を乗せた。
雅臣「今直ぐには戻らないよ。その時はちゃんと柊に言うからさ……ありがとうな」
へへっと笑う柊を見つめながら、俺は初めてこの夏本気で自分の将来について考えようと思った。
蓮池はちゃんと蓮池流の先を見据えていてご婦人達に適度に愛想を振るうことさえ仕事と割り切っている。
俺もいくら親父が嫌だと言っても養ってもらってる以上そうはいかなくて、再び親父と対面する来るべき日に備えて気持ちを整えておかなければ駄目になる気がした。
クレカの明細なんて見れるはずの親父が何故親金を使いたい放題させてくれているのか。
未成年の今は親の責任と思って出してくれているのかもしれないが、ある日突然打ち切られて大学費用も出す気はないと言われるかもしれない。
どうなるにせよもっと色々な可能性を考えて行動しないと俺は_____。
雅臣「三木先輩…あの、大学とか色々相談乗ってもらってもいいですか?」
三木「俺でよければ。何かあったらいつでも相談しろよ?少しは力になれるかもしれない」
覚束無い足元に不安になるが、
三木「俺にできることなら手伝うよ」
何となくそれが伝わったのか三木先輩の暖かい言葉にとても励まされる。
夕太「何だよ雅臣俺にも頼れよ!大学とか他のこととかさ……友達じゃん?」
上目遣いの柊まで後押ししてくれて、今の俺は1人じゃないと心から思えた。
頼れる先輩も、大切な友達もいる。
『救いなんか求めてないで自分で決めろ』
蓮池が見舞いに来てくれた時の言葉が今になって身に染みて、ぼんやりと親父からして貰えることを享受するだけじゃなく互いに向き合う覚悟を決めた。
雅臣「そろそろホールの方へ移動しますか?」
三木「そうだな、2人とも飲み物持ってるか?会場内は若干乾燥するぞ」
夕太「え!自販機寄ってこ!俺カルピスにしちゃおっかなー!」
自分を変えようと決めたからこそ、今の俺の隣には友達も先輩もいる。
これから先どうなるかなんて分からないが、全てが俺の未来に繋がっていて一瞬一瞬の選択を大切に生きていきたい。
だからこそ、まず今はこの瞬間を楽しもう。
ずっと楽しみにしていた今日をちゃんと目一杯楽しもうと歩き出した。
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