150.【そういえば盆って…】
蓮池は笑みを浮かべてゆっくりと所作も美しくこちらに向かってくる。
営業スマイルとはいえ普段蓮池のこんな微笑を1度も見たことがない俺は謎に背後に般若が見えてゾッとした。
夕太「雅臣ナイス!」
柊はよくやったと満足気な顔で俺の背中を強く叩いたが、
楓「ようこそいらっしゃい」
周囲の目があるからか蓮池は営業モード全開で俺達に話しかけてくるのでどうにも落ち着かない。
どうせなら普段もこの調子で俺に話しかけてくれればいいのにと思った瞬間思い切り足を踏まれた。
雅臣 「いっ……!?」
く、クソ野郎!!
心が読めるとでもいうのかこいつは!!
おろしたてのスエードのローファーに草履の跡がくっきりとついてしまい、怒鳴りたくなるのをギリギリ堪えて蓮池に睨みをきかせるが相手はどこ吹く風だ。
三木「蓮池、場所変えるか?」
楓「ええ是非。ここだと話せやしない」
地下1階に楽屋があるからと誘導され俺達は蓮池について歩き出す。
夕太「でんちゃんほんとお疲れ様!昨日から大変だったでしょ」
楓「まぁね……でもご覧の通り」
蓮池が歩きながら視線を移したのは綺麗に飾られてる作品とそれを見て楽しそうに過ごす人達だ。
その姿にとても満足したように笑っていて、俺もなんだが嬉しくなった。
昨日の殺伐とした状態が嘘のようで、この美しい世界を作り上げたのは間違いなく陣頭指揮を取った蓮池本人だ。
同じクラスの同級生がこんな凄いことをしてるなんてと誇らしく思っているのを熟女の気持ち悪い目つきに邪魔される。
梓蘭世と違って熟女ばかりが秋波を蓮池に向けていて、移動しているだけなのに本当に気持ち悪い。
異常なくらいねっとりとした視線をものともせず、蓮池はやんごとない身分の方のようにお手振りして階段を下りるのでご婦人達が奇声を上げてしまって手に負えない。
その光景はさながらちょっとしたホラーで、あの目を向けられてるのがもし自分だったらと想像すると吐きそうで慌てて頭を振る。
蓮池が楽屋を鍵で開けると中は蓮池一家専用に借りたのか荷物がたくさん置いてあった。
空いた椅子に座るように促されて俺達はそれぞれ着席する。
三木「大盛況だな、おめでとう」
楓「ありがとうございます。三木先輩は合唱部を見に来たんですか?」
三木「それもあるがせっかくだから展示にも足を運ぼうと思ってたんだ。偶然2人とも入口で会ってな」
そう言いながら三木先輩は俺と柊の顔をそれぞれ見つめるので頷いた。
楓「お越しいただき嬉しいです。また祝花の予定があれば是非うちに」
蓮池が軽くお辞儀した後に目が合ったので、せっかくだから俺も素直に思いつく限りの賛辞を伝えようと思った。
雅臣「今日はおめでとう。入口の蓮池の作品、圧巻だったよ」
楓「そりゃどうも」
雅臣「華道に詳しくない俺が見ても蓮池が作ったやつはレベルが違うなってすぐ分かったよ。入り口の奴とか階段下りる前のやつとか……何と言うか蓮池の華見ると力が貰える気がする」
楓「……アツくなりすぎだろ。でもまぁ、ありがとう」
照れくさいのかそっぽを向く蓮池を見て柊も嬉しそうに何度も頷いた。
自分が真剣に向き合っている華道の作品を褒められて悪い気はしないのか普段の蓮池より格段に素直な気がする。
いつもこうであってくれたらいいのにと思うが、それはそれで落ち着かないかとやっぱり普段通り悪態つく蓮池の方がいい気がした。
三木「また8月に展示あるんだろう?」
楓「ありますよ。今度はワークショップ的な感じで実際体験もできるやつですね」
雅臣「〝花の円舞曲〟ってやつか?さっきポスター貼ってあったの見たぞ」
蓮池はそうそれと自分の着物の袖から折りたたまれたチラシを取り出す。
先程飾ってあったものと同じだが横目に見ただけだったのでじっくり読ませてもらうと、展示以外にも蓮池自ら体験教室の指導をするようだ。
夕太「でんちゃんが教えるんだよね!」
楓「どうせババアばっかだよ」
雅臣「いやそんな…でもこういうの楽しそうだな。華道をやってみたい人もこれなら気軽に行けそうだし」
チラシを手にしながらもし蓮池に指導を仰げるなら俺もやってみたいと純粋に思った。
夕太「え!じゃあこれSSCの皆で参加しちゃう!?」
柊まで楽しそうに提案してくれて、三木先輩も眉を上げてそれもいいなと呟いた。
サークルの趣旨である作詞作曲に一切関係ないが最早それも今更で、課外活動と称してしまえば通じてしまいそうな勢いだ。
楓「……何言ってんの?無理だよ」
さすがに急すぎるし図々しかったかと思ったが、それより同級生に先生役を見られるのは気恥ずかしいのかもしれない。
楓「これ日程盆近くだよ?お前東京戻んねぇの?」
雅臣「えっ……」
蓮池はチラと横目で俺を見ながら、墓参りだろと呆れたように呟いた。
………。
…………ど、どうしよう。
自分の勘違いが急に恥ずかしくなるが、夏休みに突入してから……というよりも今まで俺はそんなこと考えたこともなかった。
盆に東京に戻って母さんの墓に行く話どころか、俺は4月から親父とは何の連絡も取っていない。
しかも相談するどころか毎日が楽しすぎて墓参りのことなんてすっかり頭から抜け落ちていた。
夕太「えええええ!!雅臣東京戻るの!?」
楓「そらとっとは新妻と仲良くやってんだから……行くならお前しか……」
珍しく言い淀む蓮池の語尾が次第に小さくなっていくのは俺がショックで動けない様を見たからだろう。
………本当に俺は薄情なのかもしれない。
確かに母さんが死んだからといって物凄く悲しんだわけでもないが、それだけでは済まずたった1人の息子が墓参りのことさえ忘れて楽しく遊び呆けていたなんて。
人としてどうかと思うし、あまりにも母さんが惨めすぎる。
何とも言えない思いが胸を渦巻き何か話そうと思っても言葉が出なくなってしまう。
俺が急に黙ったからか柊は心配そうに覗き込んできて、あの蓮池ですらバツが悪そうに顔を背けてしまった。
雅臣「お、俺……」
三木「藤城」
困惑する俺の背中を軽く叩いたのは三木先輩で、その迷いのない目を見て急に意識が引き戻された。
三木「お前がこっちで楽しくやれてるならそれでいいじゃないか。そんな事で心を痛める必要もないし、それが何よりの供養だろ?」
ハッキリと力強い先輩の言葉に自然と肩の力が抜けていく。
頭の中を過ぎる複雑な思いはその揺るぎのない眼差しで霧散し、この人がそう言うなら大丈夫という安心感が次第に芽生えて自責の念が和らいでいく。
夕太「そうだよ!雅臣のお母さんもそんなんじゃ怒んないよ!」
雅臣「だ、だよな……」
友達である柊の精一杯のフォローが楽屋に響いて、確かに急に善人ぶる必要はないのかもしれないと思う。
でも本当にそれでいいのだろうか?
どうしても迷いが生じてしまう俺を見て蓮池は大きくため息をついた。
楓「…上戻るからついてこい」
辛気臭くて耐えられないのか蓮池はそのまま鍵を持って楽屋を出ていこうとするので一緒に後について行く。
せっかく蓮池がメインで頑張った華展なのに俺のせいで湿っぽい空気にしてしまったと階段を上りながら申し訳なくなる。
三木「馬鹿だな藤城、墓なんていつ行っても一緒だ。盆だの何だの気にしてるのは日本人だけで本来はいつでもいいんだよ」
………。
…………いや、それはそうなんですが。
俺の前を歩く三木先輩のあっさりとした口調に一瞬にして湿っぽさはどこかへ飛んでいくが絶妙にそうじゃない気がする。
心無く聞こえるというか台無しというか、どちらにせよ帰ってから昨日買ったせせらがたの残りを備えるだけでもしなければと俯いた。
暗い顔のまま1階に上がれば蓮池が戻ってくるのを待ち構えていたご婦人達がキャーキャーと声を上げる。
しかし蓮池は先程と違って媚びた歓声に一切構うことなく真っ直ぐエントランス正面に飾られた自分の作品に対峙した。
そして人々の目が一斉に注がれる中で、蓮池は突然自分の完璧な作品から数本花を引き抜いた。
男性の弟子を手招き何やら耳打ちしてから花鋏を持ってこさせると一旦抜いた花を預けて手早く作品のバランスを整える。
眼光鋭く人目も気にせずに作品と向き合う姿はライブパフォーマンスのように美しく、さっきまで騒がしかったエントランスがしんと静まり返る。
夕太「どこかバランス悪かったのかな?」
雅臣「さぁ……でも凄いよ。あんな一瞬で綺麗に整えていくなんて……」
俺も柊も三木先輩も、蓮池の目的は分からないが一連の流れるような動作に見惚れてしまっていた。
うるさかった蓮池目当てのギャラリーも誰もが華と向き合う若き後継者を見つめている。
夕太「………でんちゃん、かっこいいよね」
俺も柊と同じ事を思い、空っぽな自分の足元が定まらず急にふわふわと浮いた感じがする。
自分は蓮池みたいに打ち込めるものなんて何もないし真剣に将来を考えたこともない。
大学進学も東京に戻ればいいと軽く考え、最近に至ってはここでの生活が楽しすぎてそれすらも頭から抜け落ちていた。
___3年後、俺は東京に戻るのだろうか。
このまま東京に戻っても今以上に輝くもっと素敵な毎日が待っているとは思えない。
俺の未来は俺が作るもので、蓮池のように真剣に向き合える場所をちゃんと自分で見つけないと俺はずっと変われず、成長できないまま終わる気がした。
身動きも出来ず立ち尽くしていると作品を整え終えた蓮池に対して割れんばかりの拍手が送られる。
蓮池は先程抜いた花を手にした弟子を引き連れ周りを構わず俺達のところへやってきて、弟子がうやうやしく手渡したその花を受け取る。
そしてそのまま、蓮池は俺の目の前で魔法のように花束へと形を変えた。
読んでいただきありがとうございます。
ブクマや評価していだだけて本当に嬉しいです!
いただけると書き続ける励みになるので、ぜひよろしくお願いいたします♪♪
ついに150話!
ずっと読み続けていただき本当に嬉しいです。
まだまだ書き続けるのでお楽しみに!




