149.【蓮池の造る世界】
昨日柊と行ったゲームセンターに狙いのマスコットはなかったが、代わりにとても大きなとび森キャラクタークッションが設置されていた。
その台に俺は惹き付けられるように自然と足が動いたのだが……。
本当に、UFOキャッチャーがあんなに難しいとは思わなかった。
最初両替機で1000円を崩したのにそのお金は瞬く間に台へ吸い込まれてしまい呆然としていると、
夕太「最近のUFOキャッチャーは大体ID決済が出来るんだよねー」
柊が別の台を見に行く直前、俺をよそ目に悪魔の囁きを残していきやがった。
結局俺は誘惑に負けてその後何度も挑戦する羽目になったのだが、どれだけ頑張っても全く取れずに気がつけば決済金額は5000円越え。
さすがに親父に不正利用を疑われるかもしれないと諦めかけていた頃、戻ってきた柊がプラスで1000円追加し加勢してくれたがそれでもクッションは取れなかった。
ムキになった柊に俺もこれで最後だと500円分ID決済をしていよいよ最後の戦いに挑んだ結果、見事俺達はとび森のクロヒョウクッションをゲットして抱き合い飛び跳ね大喜びで帰宅した。
___が、しかし。
雅臣「そんなに似てるか?」
白熱したゲームセンターでの戦いを思い出しながらスマホで撮った昨日の戦利品の写真を眺める。
大金をはたいて得たクロヒョウクッションは仏頂面で、柊は俺にそっくりだから持ってけとプレゼントしてくれたが大分複雑な気持ちだ。
自分はこんなにもふてぶてしい顔をしているのだろうか?
スマホ画面にうっすら映る自分を見て無理やり口角を上げてみるがよく分からない。
雅臣「それにしても遅いな……、柊大丈夫かな」
そしていよいよ今日は蓮池の華展初日と、桂樹先輩率いる合唱部の大会だ。
連日快晴が続く名古屋の暑さは35℃を超えていて、会館入口の屋根の下は日陰になってるせいか大会に参加する他校の制服姿の学生や蓮池流の華展を見に来た客で溢れ返っている。
ここまでのルートを覚えた俺は柊とはバラバラに現地集合にしたが、待ち合わせの時間が近づいても連絡がなくて不安になってくる。
夕太「雅臣ー!!」
しばらく周りの人を見て時間を潰していると、柊が手を振りながら階段をかけ上ってくるのが見えたので安心した。
柊の今日の服装は襟がグリーン、レッド、グリーンと原色のストライプがアクセントになったベージュのコットンピケのポロシャツで下はデニムを穿いている。
華展も合唱大会も公の場だからかいつもとは違う大人しめの格好も柊にはよく似合っていた。
夕太「2分前到着セーフ!まじで瀬戸線遅延しやがって……危なかったー!」
雅臣「良かった、今連絡しようと…って、あれ?」
昨日とは打って変わって混雑している階段を三木先輩そっくりな人が上ってくる。
夕太「え、ミルキー先輩じゃん!」
雅臣「合唱部の大会を見にきたのかな?」
ワイヤレスイヤホンをしながらスマホを見ているせいか俺達に気づいてないようで、俺と同じく三木先輩を見つけた柊が急いで階段を下りていく。
柊はそのまま三木先輩の前を塞ぐと、先輩はおやと驚いたように顔を上げた。
三木「柊?それに藤城も……」
イヤホンを外しながら俺達に笑顔を向ける三木先輩を見て予想外の人の登場に嬉しくなる。
梓蘭世から合唱部を辞めた理由を聞いたのもあって勝手に来ないと思っていたが、本当は三木先輩も合唱部が気になっていたんだな。
意外と優しいところがあるじゃないかと微笑む俺の横で柊が頬を膨らませる。
夕太「ミルキー先輩!!来るなら教えてよ!!」
三木「いや、たまたま時間が出来たんだ。まさか会えるとは思わなかったよ」
宥めるように柊の肩を叩く三木先輩は俺達と2つ違うだけなのにとても大人っぽく見える。
白のシンプルなポロシャツに墨黒のシングルブレストジャケットを羽織っていて、同色のリネンパンツの組みあわせは普段より落ち着いた印象を受けた。
三木「リオ達の合唱部は14時からって伝えてたよな?随分早いな」
雅臣「え!?そうなんですか!?」
言われてみれば大会なのだからプログラムナンバーがあるはずで……。
華展と大会に行くことで頭がいっぱいだった俺は何も考えず普通に柊の指定した12時の待ち合わせで納得してしまっていた。
夕太「う、うん!でんちゃんの華見て、その後他校の合唱もちょっと聴けたらって思って……思ってた」
こちらを見ながら海外アニメのカナリアのような上目遣いで何度も瞬きする柊だがこれは完全に俺に伝えるのを忘れていたな。
柊はへへへと頬を人差し指で掻いているが特に怒ることでもないし、蓮池の華を見るならちょうどいい時間だった。
三木「そうか…俺もせっかくだから蓮池の作品を見てから行こうと思ってたんだ」
夕太「え!まじ!?でんちゃんも喜ぶよ!」
柊は嬉しそうに三木先輩の周りを飛び跳ねているがその姿はまるで本当のカナリアのようだ。
三木先輩の手を取り入り口まで歩く姿に苦笑しながら入口の自動扉を通り抜けた瞬間、
雅臣「うわ……!」
エントランスに飾られた一際色鮮やかな大作に目を奪われた。
___これは、蓮池が作りあげたものだ。
蓮池が作った作品は絶対に分かると柊が言っていたのはこういうことだったのか。
明らかに他のものとは一線を画していて、レベルが違うとかの騒ぎじゃない。
夏の草花とともに燃えるような赤を基調とした大作は煌びやかな光を放ち圧倒的な生命力を感じる。
三木「……これは凄いな」
声を失くした俺の隣で三木先輩は感嘆の吐息を洩らす。
夕太「でしょ?ほら見て、名札に蓮池楓って書いてあるものは全部でんちゃんが作ったんだよ!」
【 絢爛 / 蓮池楓 】
柊の指差す先を見れば名札には名前と一緒に作品名が記入してあり、その横に使っている花の名前が筆で丁寧に1つずつ書かれている。
正直俺にはどれがどの花なのか区別がつかないが、絢爛とのタイトル通り圧巻の作品だった。
夕太「でんちゃんってばほんとこういう時だけちゃんと辞書引くんだよね」
雅臣「いや、でも本当に凄いよ……」
素晴らしい出来栄えについ入り口で立ち止まっていたがまだまだ奥にもお弟子さん達の作品は飾られている。
客の流れに沿って歩き出すと館内には何枚もポスターが貼ってあって、今後開催されるいけばな展やワークショップの日程など花の写真と共に説明が入ったものだった。
雅臣「え、これって…」
〝花の円舞曲〟と書かれた一際大きなポスターには着物姿の蓮池が堂々と写っている。
〝本展は「ワルツ」をテーマに中秋の花で東桜会館を優雅に彩ります。日々の稽古や指導を通して蓮池流の精神を伝える次世代の革命児、蓮池楓の自由な発想から生まれる創造性溢れるいけばなの饗宴をご体感ください〟
『若年とはいえ気品と威厳に溢れた後継者』という誘い文句と共に蓮池の写真が写し出されていて、改めて自分とは住む世界が違うことを思い知らされた。
「ほらあれ、楓さんよ」
「素敵ねぇ……」
方々から漏れ聞く賛美の声に振り返れば紅潮した頬でうっとりとポスターを眺めるご婦人達が列を為す。
俺が退いた途端、どの女性もポスターに映る蓮池だけをピンポイントでスマホで連写し始めるので不快を顕に眉根を寄せてしまう。
精魂込めて作り上げた華を、蓮池自身の努力を正当に評価するべきだと俺まで不愉快な気持ちに襲われた。
ミーハーに群がる集団に対して蓮池はそこじゃないと言いたくなる柊の気持ちがよく分かった。
三木「今日蓮池は来てるのか?」
夕太「いると思う!けど華道展の間は緊急時以外スマホは触らないからさ」
雅臣「せっかくだし少し話せたら___」
邪魔にならないよう隅で立ち話をしていたら急に階段付近が騒がしくなる。
同時にスマホでポスターを撮っていた女性達が一斉に早足でそちらに向かい出すので釣られるように視線を移せば、
雅臣「えっ!?」
目に見えて色めき立つご婦人達の真ん中にいたのは
黒紋付姿の蓮池だった。
ただし和装の第一礼装だというのに何故か左サイドを丁寧に編み込んだヘアアレンジをしている。
……。
…………。
それに蓮池の顔がいつもと全く違うような気がするけれど気のせいだろうか。
訝しげに窺えば隣の柊も蓮池を見て同じように渋い顔をしている。
夕太「……絶対やると思った」
三木「K-POPアイドルさながらのド派手な登場だな」
2人の会話から蓮池がいつもと少し違うように見えたのはやはりメイクをしていたからだと気づいた。
メンズメイクの流行を知ってはいたがいざ同級生があそこまでガッツリしているのを見るとどうしても凝視してしまう。
明らかにファンデーションを塗った肌は艶々と輝いて蓮池本来の肌のトーンより優に3倍は明るく仕上げてある。
怖いくらい透き通った顔に平行に仕上げられた眉は1ミリの隙もなく形が整っていてとても凛々しい。
それなのに瞼は少しダークな色合いで仕上げられているからか変にセクシーだし、それにあいつの鼻がいつもの2倍は高く見えるのはどうしてなのか。
唇だってやたらと発色のいいオレンジ色をしていて、グロスの輝きと和装の正装が全くもって合わないのに妙な色気を生み出している。
三木先輩の言う通り俺もド派手の一言しか思い浮かばず呆気にとられている間に蓮池に群がるご婦人達はどんどんと増えていく。
三木「華道も小さな流派はどこも衰退していくからな。蓮池はそれを分かってて自分の商品価値を高めて客を離さないんだろう」
要するに自己プロデュースで己も売りにしているんだろうけど、そんな事しなくても蓮池の華は才能に溢れていているのに……。
楓さん、楓さんとご婦人達は異様な熱気で蓮池を取り囲み我先に話しかけようと狂ったみたいになっている。
「楓さん!貴方って方はどうしてそんな…」
そんな中で突然窘めるような甲高い声が響いてご婦人達が誰よと非常に険しい顔を見せた。
楓「こんにちは宮本様。いらしてたんですね」
「当たり前よ。蓮池流を貴方が継ぐなんて…大体楓さん貴方ね___」
……知人か何か知らないがこういう時はまず作品の感想を言ったりするものが普通じゃないのか?
普段の蓮池とは似ても似つかないおっとりとした応え具合にも驚くが、衆人環視の中で急に小言を言い出す高齢のご婦人がいることの方が仰天だ。
夕太「うわ、あのばば……ばあさん」
三木「知り合いなのか?」
夕太「でんちゃんの遠縁の知り合いってか……ほら」
顔を酷く歪める柊にもう一度蓮池を見れば宮本さんと呼ばれる婦人は蓮池の着物の襟を直す振りをしてちゃっかり胸元に手を突っ込み撫で回すように触り始める。
雅臣「お、おいおいおい…………」
蓮池は慣れているのか何も言わずにされるがまま談笑を続けているのだが、見ている俺が気持ち悪くて耐えられず、
雅臣「は、蓮池!!!!」
咄嗟に名前を呼ぶと、思いの外エントランスに俺の悲鳴のような声が響いてしまい一気にこちらへ注目が集まった。
蓮池は俺を見て片眉を上げるとご婦人達に何やら少し話しかけてからゆっくりと優雅に俺達の方へ歩いてきた。
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