148.【応援する心】
夕太「___あ!でんちゃんのおじさん!」
「あれ?夕太くんじゃないか」
とてつもなく失礼だということは分かってはいるが、入学式以来の寂しくテカる頭を見てこの人が蓮池の父親だと気がついた。
あまり蓮池に似ていないが明らかに品の良い着物を着ていらして穏やかな表情をしている
「お友達かい?」
雅臣「えっと、初めまして。藤城雅臣です。蓮池とは同じクラスで…」
突然声をかけられとりあえず挨拶するが、息子さんの友達とも言いづらくどう説明すればいいのか言いあぐねていると、
夕太「俺の友達!な!」
柊が背伸びして俺の肩を組んでくれたので嬉しくなる。
それを見た蓮池のお父さんは軽く目を見張ってからただ優しく頷いた。
「そうかそうか……夕太くん、すぐ楓を呼んでくるから待ってなさい」
雅臣「え、あの」
夕太「うん!あ、おじさんこれ俺と雅臣から差し入れです。お弟子さん達と食べてください」
「ありがとうね、皆喜ぶよ。ちょっとここで待っててくれるかい?」
蓮池のお父さんは柊から差し入れを受け取るとそれを持って息子をわざわざ呼びに行ってくれた。
しかしあの状況で手を止めさせるのは申し訳ない気がしてしまう。
雅臣「さすがに迷惑だったかな…」
夕太「大丈夫、多分今でんちゃんパンクしそうだと思うから息抜きだよ」
幼馴染だからこそ蓮池のキャパが見えるのだろうけど今の蓮池は俺達と話す数分ですら惜しいのではなかろうか。
エントランス内では蓮池を呼ぶ声があちこちから聞こえるというのに蓮池のお父さんは気にもせず息子の肩を叩く。
蓮池は殺気立った顔で振り返るが直ぐに俺達に気がつくと大きく手を振る柊にどこかホッとしたような顔をして見せた。
楓「……まじで来たの?」
雅臣「忙しい時に悪い」
楓「別に?いつものことだし大丈夫」
こちらにつかつかと歩いてきた蓮池にいつもみたいに嫌味を言われるかと思ったが、驚いたことにそうでもない。
アフタヌーンティーの時に柊から俺を客だと言われているからか……というより、もしかしてあまりの忙しさに嫌味を言う力も残ってないのだろうか。
夕太「でんちゃんやっほ!さっきおじさんに皆の分渡したからさ。こっちは全部でんちゃんのね」
楓「……もう。夕太くん差し入れなんかいいって言ってんのに……それに毎回律儀に来なくても___」
夕太「だーかーらー!!俺が行きたいの!!」
柊は語気を強めて無理やり和菓子の入った手提げを押し付けたが蓮池の顔は申し訳なさそうだった。
多分忙しくて毎回相手をしてやることが出来ないからだと思うが、俺には柊が幼馴染として蓮池の気が張り詰めすぎないようとても心配していることも分かる。
2人の互いへの思いやりは傍から見れば十分麗しい友情に見えた。
夕太「実はこれ俺だけじゃなくてなんと雅臣も半分出してくれたんだぜ」
楓「そうなんだ、ありがとう」
………。
……………。
………………は!?
は、蓮池が俺に素直にお礼を!?
蓮池を何だと思ってるんだと自分でも思うが、一瞬お前は親金なんだから全額出せよくらいは言われるだろうと身構えていたのだ。
本当にこいつは口と態度は最高に悪いくせに意外と礼儀だけは正しいんだよな。
受け取ったせせらがたを見る顔はどことなく嬉しそうに見えたが、
「楓さーん!!」
楓「来客中なんでちょっと待っててください!」
やっぱりいつもより顔が疲れてる様に見える。
楓「ごめん俺もういかなきゃ___」
雅臣「あ、蓮池!」
まだ話して数分も経っていないのに時計を見て戻ろうとする蓮池を思わず呼び止めてしまった。
顔に疲労が滲み出ているのに気合からくる興奮のせいか目だけはギラギラと充血していている状態だ。
これでは息抜きにもならないし、全然休めていない気がする。
雅臣「お前今日飯食ったのか?せせらがた1個でも食べた方がいい」
楓「はぁ?そんな時間ないよ」
普段あんなによく食べる蓮池が柊から手渡された和菓子の包装紙を開ける時間も惜しいのかと、俺は急いで鞄に手を突っ込み自分用に買った物を取り出した。
雅臣「これほら、食べろよ。顔が疲れてるぞ?」
パッケージを手で破ってから食べやすいように限界まで包装を解いて渡すと蓮池は眉根を寄せた。
余計なお世話なのは分かっているが倒れてしまったら元も子もない。
明日ここに飾られる花を見に来る人は客ばかりじゃなく、素通りしていくだけの人もいるかもしれない。
でもその誰かの心の中に留まる作品を作り上げようと努力する蓮池を何とか応援したかった。
夕太「……そうだよでんちゃん。今日まだずっとここで頑張んなきゃいけないんだろ?」
少しの間を置いて柊の後押しもあったせいか蓮池は渋々俺から手渡された甘夏のせせらがたを口に入れた。
楓「……美味い。これ期間限定のやつじゃん」
雅臣「柑橘系ですっきりするだろ?」
ごくん、と飲み込んでから蓮池は無言で1つ丸々平らげた。
その様子を見て安堵しもう1つれもん味も渡せば蓮池は黙ったまま受けとってまた口にする。
良かった。
これで少し力も出るだろうと隣見ればどうしたことか柊は瞬きもせず厳しい目つきで蓮池を見つめていた。
夕太「……でんちゃん、明日も雅臣と来るからね」
雅臣「柊?」
時折柊が見せる物憂げな表情を目にして、どこか不穏な空気を感じる。
「楓ぇぇぇぇっ!!!!!」
しかしエントランス中に響く怒号に、その空気が断ち切られた。
聞いたことがあるその声に俺もお弟子さん達も全員が渋い顔をしていて、顔を上げれば階段の1番上から杖を持った老齢の和装の男性がこちらを睨んでいる。
これもまた入学式以来だが蓮池のお爺さんと一発で分かった。
きつい眼差しも口元も、ついでに言うならば口の悪さもよく見ると蓮池の全てがお爺さんそっくりだ。
楓「うるせーわジジイ!!やるから大人しく待っとれよ!!ごめん、俺行くわ」
雅臣「が、頑張れよ!無理するなよ!」
暴言を吐きながらパタパタと草履で小走りした蓮池が俺の励ましにふとこちらを振り返り中指を立てた。
楓「どの口が言ってんだ!!」
そう言っていつもの様に左口角を上げて鼻で笑うと軽やかに蓮池のお爺さんの元へと駆けていった。
いつも通りの強気な蓮池に戻った気がして差し入れに来て良かったと柊を見るが黙ったまま動かない。
雅臣「……柊?」
夕太「帰ろっか」
そう言っていつもと同じ顔に戻った柊は唇を尖らせて俺を置いて先に歩いて行ってしまう。
雅臣「あ、ああ。そうだな」
会場の少し薄暗い光の加減で元気がないように見えただけかもしれない。
明日の蓮池の作品を見るのを楽しみに、俺達は市民会館を後にした。
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雅臣「……蓮池って本当に忙しくて大変なんだな」
夕太「やっぱ跡継ぎだからね。それにでんちゃんって華に全振りしてるからさ」
差し入れした後俺も柊も特に何も予定が無かったので、せっかくだからとアスナル金山内のゴンティーでタピオカを飲みに来た。
プールで俺が飲むのを見てから柊も久しぶりに飲みたくなったらしい。
注文する時に色々とカスタマイズできたので俺は定番の黒糖烏龍ミルクティーを、柊は季節限定パチパチピーチティーを頼んで喉を潤した。
夕太「__でも食べるなんて思わなかった」
雅臣「え?」
突然何の事だと全く分からず見つめ返すと、柊は小さくため息をつく。
夕太「ほら、さっき雅臣があげたせせらがたでんちゃん食べてたじゃん。でんちゃんって華道やってる時アドレナリン出すぎて1食も食べないのに……」
その分後で取り戻すように食べるんだけど、と教えてくれるがそれは確かに心配になるかもしれない。
あの蓮池が食べないだなんて余程華道の時は集中して全神経を注いでいるのだろう。
夕太「俺が食べろって言ってもいつも聞かないのにね」
今まで言うことを聞いてくれなかった幼馴染にイライラするのか柊はぐるぐるとストローでピーチティーを回していた。
雅臣「空腹すぎてもいいイメージが湧かないよな、食べてくれて良かったよ。でも今から明日までに作り上げるって……」
正直あの状態では明日までに間に合うようには思えなかった。
会場内は一応纏めてあるとはいえ床に枝や葉が散らばりまくっていたし、入り口付近の大きい壺は乱雑に花が刺してあるだけ。
他の人の作品を確認しながら自分の分まで作り上げる余裕はあるのだろうか?
夕太「大丈夫。でんちゃんって最後までこだわるから明日には完璧な状態を見せてくれるよ」
楽しみだなと夢見るように呟く柊を見て、余計な心配はいらないよなと俺までどんな風に仕上がるのかワクワクしてきた。
雅臣「明日は合唱部も大会があるし柊のおかげで会場の場所が早めに知れて助かったよ。ありがとうな」
夕太「んーん!……そうだ、金山にもゲーセンあるから寄ってこうよ!」
雅臣 「ゲーセンか…とび森のUFOキャッチャーってあるかな?」
夕太 「多分まだあると思う!雅臣やった事ないんだろ?教えてやるから行こうよ」
カップを手に飲みながら行こうと立ち上がる柊を見てとても嬉しくなる。
ゲームセンターに誘って貰えるなんてこれこそが友達な気がして胸がいっぱいになった。
意図せず俺はこの日初めてのゲームセンターに行くことになったが、この後俺は蓮池のことが言えないくらいUFOキャッチャーに集中して思い切り散財するとはこの時はまだ知らなかった。
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