147.【差し入れを持って】
夕太「雅臣ー!!こっちこっち!」
雅臣「おう」
今日は蓮池の華展前日の金曜日。
柊と待ち合わせた栄は夏休みだからか平日でも凄い人混みで、連日家でゲーム三昧だった俺はいつも以上に人の多さを感じていた。
夕太「てかごめん。クリスタル広場って言っても分かんなかったよな」
雅臣「いいよ、むしろ改札前まで来て貰って悪い」
待ち合わせ場所は駅チカ〝クリスタル広場〟だったのだが、栄を地下から行ったことのない俺は案の定迷ってしまい改札前まで柊が迎えに来てくれたのだ。
約束通り蓮池の差し入れを栄の三越で買ってから2人で金山まで向かう予定で、とりあえず柊の後をついて歩き出す。
夕太「こっちの階段下りたらサカエチカの…うーん名称変わったらしいんだけどクリスタル広場以外の呼び方分かんないんだよね」
東山線の改札から8番出口に向かいその手前の階段を下ると通路を挟んで色んな飯屋が並んでいる。
物珍しく眺めながら柊と並んで歩くが、改めて名古屋は飯屋が多いというか全て1箇所で事足りるように纏まっているというか……。
柊の言う通り名古屋の繁華街は名駅か栄しかないというのはあながち間違いではない気がする。
夕太「ここ真っ直ぐ行ってー…ここ、ここがクリスタル広場なの。ちなみに右へ進めばプリンセス大通り、左に進めばオアシスに着くよ」
なるほど、名古屋の人はこの栄の地下中央を起点に自分が行きたい場所を目指すのか。
しかしどう見てもクリスタル感の全くないこの場所に何故そんな名前がついたのか。
夕太「名駅の定番の待ち合わせ場所が金時計なら栄はオアシスかクリスタル広場なんだよね」
雅臣「すごいな、ここから三越に繋がって……というか何でクリスタル広場なんだ?」
夕太「昔はこの真ん中にまじでクリスタルのでかい置物があったんだよ」
だがその目印となっていた肝心のクリスタルが撤去されてしまったらしい。
それでも昔からの名残で名古屋の人は今もこの場所をそう呼ぶ人が多いと教えてくれた。
柊とそのまま真っ直ぐ進んで地下から階段を数段登ると、三越に入るためとはいえ無意味なくらい短いエスカレーターがある。
何故こんな中途半端な位置に設置されているのか不思議でしかないが、多分柊に聞いてもこれも昔からの名残と簡単に片付けられるのが分かるので聞くのをやめた。
夕太「昨日写真で送ったじゃん?両口屋清是の〝せせらがた〟か、美濃中の〝でらごっさま〟」
昨日柊から差し入れの為の名古屋銘菓を2種類チャットで送られてきて、どちらにするかは2人で現物を見てから決めることになっていた。
三越地下1階は食品売り場となっていて柊は入口を入って右手に曲がると真っ直ぐ和菓子コーナーへと向かっていく。
雅臣「あれどっちも和菓子なんだよな?」
夕太「そうそう!1口でパクッといけて常温で大丈夫な差し入れだとその辺かなーって」
華展の会場内はクーラーが効いてるだろうけどさすがに冷蔵庫はないだろうし、個包装されている和菓子なら蓮池も御家族の方もちょうど良いだろう。
柊は両口屋清是の店舗の前で足を止めると、これが夏季限定のせせらがただよとショーケースの上に展示された商品を指差した。
夕太「やっぱせせらがたの方が今回はいいかなー?綺麗だし美味しいし…」
雅臣「本当だ、凄く綺麗だな」
〝せせらがた〟はれもん、すいか、白桃、甘夏といった夏らしい風味の和菓子で見た目も芸術的に美しい錦玉羹だ。
パッケージも1個ずつ違っていて個包装された1口サイズの和菓子なので手を汚さずそのまま食べられるのもポイントが高い。
柊の言うように俺もこれが差し入れとして最適なように思える。
夕太「これにしようよ、お弟子さん達の分も買うとなると…20個入2個で40あればいいかな」
雅臣「そんなに人数がいるのか?」
夕太「ざっとだけど…それにでんちゃんが後からいっぱい食べるかもしれないじゃん?お姉さんこれ2つで!のし紙と手提げもお願いします」
多めに用意しておく分には困らないからと柊は店員さんに早速注文した。
包んでる間に今回の展示は蓮池がメインだが蓮池のお父さんや門下生さんもいくつか飾ると柊が教えてくれる。
更に華展では蓮池が総指揮を取っていて、まず自分の分をメインで何個か制作するのに加えて弟子の分までチェックを行うらしい。
ちょっと聞いただけでも疲れそうな仕事量に、この甘い和菓子で蓮池が癒されてくれればいいよなと思う。
雅臣「あ、そうだ柊。俺が半分払うよ」
会計額が14160円と表示されているのを確認して財布を出すと柊がじっと俺を見つめてくる。
雅臣「どうした?」
夕太「いや……雅臣も出してくれるんだなって」
雅臣「当たり前だろ?せっかく蓮池のこう…応援?みたいなものに行くわけだし、もちろん俺が半分出すよ」
そう言ってクレカを出せば、柊はありがとうと嬉しそうに笑った。
ついでに何が嬉しいのか分からないが俺にめっちゃ体当たりしてくる。
夕太「なら雅臣がまとめて払ってくれる?俺が半分現金渡す形でもいい?」
雅臣「了解。人が凄いから入口のエスカレーター前にいてくれ、俺が受け取ってからそこに向かうよ」
一等地のデパートということもあって名古屋銘菓の両口屋の前は買い物客で溢れかえっていた。
嬉しかったり楽しくなると体当たりを食らわしてくるのは別に構わないがこうも人混みでやられると迷惑になる。
柊から開放されるためにもそう伝えると素直に分かったとこの場から離れてくれた。
……そうだ。
せっかくだから俺も数個買っていこうかな。
雅臣「すみません、追加でこの3個入り家使いでもらえますか?」
日持ちもするしゲームの合間のおやつに頂くのもいいよなと美しい名古屋銘菓を買うことにした。
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夕太「金山久しぶりかも!相変わらず何もないこの安心感!」
雅臣「ここが金山……」
あの後エスカレーターの前にいてくれと頼んだのに柊は入り口横のピエールエルマのマカロンに釘付けで、あまりに欲しそうな目をしていたのでその場で買ってあげて2人で1つずつ食べた。
それから俺達は名城線に乗って金山まで来たわけだが、柊にせっかくだから地上から行こうよと提案され広々とした駅構内から北口の方へ歩く。
夕太「ここがアスナル金山ね」
雅臣「さっき言ってたオアシスもこんな感じか?」
夕太「うーん、微妙に違うような」
歩いてみればどうやらここは駅直結のオープン型ショッピングモールのようで店舗はカフェや飯屋で埋め尽くされている。
雑貨屋も一応あるにはあるが東京よりも圧倒的にカフェが多く、モーニング文化のせいか名古屋はどこでもカフェばかりだった。
夕太「こっち行ったら金山市民会館なんだけど……暑いね…」
雅臣「暑いけどアスナル?を見れて楽しいよ」
夕太「そう?たまにアイドルのミニコンサートとかもやってるんだよ」
柊はハンディファンを片手にアスナルに貼ってある三木プロ所属のカラフルジュエリストのポスターを見つけてまさにこれだよと教えてくれた。
金山情報を聞きながら地上から市民会館を目指すがそこまで遠くもなく5分くらいで着いてしまった。
見るからに年季の入った大きな建物で、明日はこのホールで合唱の大会もあるのだと桂樹先輩を思い浮かべる。
コンサートなどにもよく利用される場所らしく、音響も良さそうだし頑張って欲しいと階段を登った。
夕太「明日は地下鉄の1番出口で降りれば隣がこの会館だからさ、雅臣も迷わないよ」
雅臣「分かった、…ところで蓮池はどこでやってるんだ?」
夕太「エントランスのフリーホールに飾るんだって!入り口にもデカいの飾るって言ってたけど…」
2人で入口の自動扉を通過するとエアコンの涼しい風が吹き込んできて火照った体を一瞬で冷やしてくれるが、
「横山さんここは山シダじゃなくて赤ヅルに変更しといて!あとドラセナは敷き花で蘭と合わせるから受付前に置いてきて欲しい」
「ちょっとこれ明日まで持たないって!益永くん今すぐこっちの花に変えてよ!」
自分の華道のイメージとはかけ離れる殺伐とした慌ただしい空間の真ん中で、一際大きな声が響き渡っていた。
その声の主の方へ視線を向ければ着物姿の蓮池が陣頭指揮を取っている姿が見える。
普段のキツい口調とは全く違う蓮池の厳しい物言いに俺は圧倒されてしまう。
楓「君は指示を待つだけじゃなくて出来たなら出来たって言ってくれる?時間ないからさ」
「す、すみません……」
そう男性の弟子に伝える蓮池の目は全く笑っていない。
別にいつも笑ってなどいないが、明らかに指導する側の鋭い目付きに萎縮する気持ちも分かる。
年齢は俺と一緒でただの高校生の筈なのに、跡継ぎだからか変に風格があって威厳まである。
蓮池の指示を仰ぐ為に後ろで待機するお弟子さん達は誰もが真剣な顔をしていて、蓮池が手直す箇所を学びアドバイスに耳を傾けていた。
蓮池は一通りアドバイスすると今度はエントランス右手に飾られた作品に正面から向き合う。
楓「ここのバランスが悪い。せっかく奥が階段なんだから奥行使って___」
しばらく見据えたかと思うと30代くらいの男性の作品を絶妙な具合でほんの少しだけ手入れして整える。
男性は蓮池が生けている手さばきをひとつも取りこぼす事のないように食い入るように見つめて、一挙手一投足を学んでいるように思えた。
蓮池の手に一切の迷いはなく、素人の俺が見ても年若い師匠が手入れしたことにより作品は見違えるように良くなっていた。
「楓さん、こちらも___」
楓 「少し待っててください」
___正直、華道なんてもっと穏やかに笑顔でのんびりやるものだと思っていた。
自分がメインを張るからなのか今日の蓮池はどこから見ても峻厳で緊張感に満ち溢れている。
俺は正直そこまで大変とも思わず蓮池といつも通り話せると呑気にやって来たがどうもそんなのは許されない雰囲気だ。
しかし立て込んだ中で1人だけ蓮池を後ろからにこやかに見守っている男性がいた。
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