145.【いらない欲の果て】
舌打ちをされてまずいことを言ったと心臓が跳ね上がる。
蘭世「あのなぁ、……さっきも言ったけど梅ちゃんの理由なんて知らんて」
梓蘭世はそのまま黙ってしまって、ぼんやり人の流れを見ていた。
もっとよく考えてから話せば良かった。
胸の奥に疑問が湧いたからといって突っ込んで聞くんじゃなかった。
せっかくこの人と今日は上手く会話出来ていたのに自分のせいで台無しにしたと気が滅入ってしまう。
……………。
もしかして俺は蓮池の言う通り、本当にコミュ障なのかもしれない。
蓮池と言い合いをしたあの日、1歩踏み込んで話せば自分の中の答えが見つかると知って、つい誰に対してもあれこれ聞くようになってしまっていた。
あれから俺は相手の言葉を通していつも自分自身と対話している。
本やネットで人間関係を学んでもセオリー通りにいかないことばかりだったのに、その方法だと思考が纏まり気づきを得ることが多くていつの間にか癖にもなっていた。
___が、しかし。
今日の俺はあまりにも深堀して聞きすぎている。
明らかに相手の一線を超えた気がして、初めて自分の距離感がおかしいのかもしれないと疑った。
これではコミュ障と言われても仕方がないし、さすがに会話ベタでは済まされないと俯く。
雅臣「す、すみませ___」
蘭世「三木さんが辞めた理由は多分俺と一緒だと思う」
しばらくの沈黙の後、俺の謝罪の言葉に被せるよう梓蘭世は大きく息を吸い込んでから答えてくれた。
蘭世「いらん事まで背負わされすぎるから」
そう言って肩を借りて眠る一条先輩を起こさないよう梓蘭世は体勢をずらして自分の膝に寝転ばせる。
顔色を伺い見れば怒ってる感じもせず責められなくて良かったと安心するが、その言葉の意味はさっぱり分からない。
ただこれ以上深堀するのも悪いと、大人しく黙る俺を見た梓蘭世は再びため息をついた。
蘭世「三木さんは任されたことはやり遂げる、でもいつもそれ以上を求められたら嫌になるさ」
意外にも種明かしをするように答えを教えてくれて驚いてしまう。
でもしっかり者で芯が強くて有言実行する三木先輩が嫌になるなんて何を合唱部で求められたというのか。
蘭世「さっぱり分からんって顔してんな」
首を傾げれば全部顔に出ていたようで、だからあっさり教えてくれたのかと急に肩身が狭くなった。
自覚は全くなかったが蓮池にも梓蘭世にも同じことを言われるということは、俺は相当顔に出るのだろう。
恐縮する俺を見て梓蘭世は苦笑しているが、こんなの直接聞いているのと何にも変わらないじゃないかと馬鹿正直な己を恨む。
蘭世「まぁ俺も三木さんも合唱が全てじゃないってことよ。俺ら暇じゃねぇんだよ、レッスンもあるし」
梓蘭世は肩をすくめながら、皆が皆部活だけが全てじゃないとぼやいた。
暇じゃないとはその通りで三木先輩のスケジュール帳は有り得ないほどびっしり予定が埋まっていたことを思い出す。
あの時チラと見えた内容は勉強だけではなく明らかに何かの打ち合わせや仕事なども記載されていて、三木先輩が実家の仕事の手伝いをしているのは明白だった。
それにこの人も休業しているとはいえレッスンは受けているんだ。
たまに仕事を受けているのも感覚が鈍るからと言っていたし、学業の為の休業とはいえ全く何もしないわけではないのだろう。
蘭世「こっちは忙しいのにソロだのなんだの…大体ソロなんて俺がやるもんじゃねぇんだよ」
俺から始まった下世話な詮索はいつの間にか梓蘭世の愚痴へと変わっていく。
そうは言ってもあの至上の歌声を聞けばソロは梓蘭世に任せたくなる合唱部の気持ちも分からなくはない。
音響も何も無い俺達の部室で行った発声練習の時でさえ、隣で歌う俺もその声に引き上げられるような感覚があった。
いつもより上手く歌える気がするあの不思議な感覚は合唱となれば倍感じると思う。
雅臣「でもソロって重要ですしやっぱり上手い人の方が……」
蘭世「それはもちろん大前提。でも本来は歌が好きで合唱部の為に頑張ってる奴がやるべきだろ?仕事じゃなくて学校の部活動なんだから」
その言葉に合唱部が揉めていた情景が鮮明に浮かび上がった。
『ソロは中田だ、それ以外はない』
ハッキリとそう言い切った三木先輩に皆が不満そうにしていたが、そういう理由であの人を推薦していたのかと目を瞠った。
雅臣「あの、中田さん……ですよね?」
蘭世「何でそんなことまで知っとんだお前」
知るはずもない同級生の名前を挙げられたことに驚いた梓蘭世は思い切り怪訝そうに眉根を寄せる。
よく考えたらあの時も俺は聞き耳を立てていて、これではミーハーを通り越して蓮池の言う通り新聞記者と言われてしまうのも仕方がない。
雅臣「部活見学の時に…梓先輩にぶつかる前に色々聞いちゃって」
蘭世「あー!そんな事もあったな」
頭を下げながら恥も外聞も捨てて素直に白状すれば、少し呆気にとられたような顔をされただけで済んだ。
雅臣「あの人、入学式でも歌ってましたもんね」
蘭世「あいつは合唱大好きでちゃんと一生懸命やってきてんのよ。あいつがいいに決まっとんのにいらん欲かきやがって……」
顔を歪めて呟くのを見て、それが本当の理由なんだと知った。
神輿を担ぐみたいに梓蘭世の力を借りてあわよくば大会を勝ち抜けたらという欲が部員から2人へ伝わってきたんだろう。
当時のいざこざを思い出したのか梓蘭世は少し疲れたような顔つきになって、気を紛らわせるように特設ステージに立つアイドルグループを眺める。
ちょうどその時センターの子がソロパートを歌い始めるが、どことなく音程が合っていない。
蘭世「あれと一緒よ」
梓蘭世はステージを指差しながら鼻で笑った。
ソロが始まった途端歓声はピタリと止んで、ファンに見守られながらセンターの女の子が真剣な眼差しで一生懸命歌っている。
それからラストのサビをグループ全員で歌い始めた瞬間、一気に野太い男性ファンの叫び声が広場一体に響き渡った。
雅臣「ど、どういうことですか?」
蘭世「そもそも大会はソロなんかで勝ち負け決まんねぇってこと。それに合唱は皆でやるもんじゃん?」
曖昧な例え話に梓蘭世が分かりやすく言葉を足してくれてようやく納得できた。
合唱の大会のシステムはよく分からないがご最もな正論だ。
俺達みたいな遊びのサークルとは違い、合唱コンクールなんて本来全員の力を1つにして挑むものだと思う。
でも桂樹先輩をはじめとする他の部員は大会で勝ちたい欲が先立ち、本来するべきことを見失ってしまったのだろう。
この人の持つ声の力と三木先輩のブレない芯の強さで皆は向かう所敵無しと思えたのかもしれない。
それでは2人にかかる期待があまりにも大きく本人達も負担になる、ということも他の部員には上手く伝わらなかったのだろう。
そんな状況では梓蘭世だって歌いたくなくなるよな。
でも……。
雅臣「___でも、良かったです」
蘭世「は?何が?」
自分達の信念をもって辞めたと言う三木先輩の言葉がようやく理解できたと同時に俺は少しほっとしてしまった。
部員から嫌われたとか邪険にされてとかそういう理由じゃなくて良かった。
ちゃんと考えて2人が出した結論なら何も心配することはない。
雅臣「辞めてなかったら今こうして一緒にはいられないし、俺はあなたと話すのが楽しいってことも知らないままだったから」
蘭世「…………」
その瞬間、ドンと花火が打ち上がった音が鳴り響き俺達は同時に空を見上げた。
夜空に色鮮やかな大輪の花が咲いては消えてを繰り返し、夢のような光景に思わず息を呑む。
雅臣「おぉ……!!!」
蘭世「すげぇ!!!」
雅臣「綺麗ですね…写真撮れるかな」
急いでスマホを掲げるがフラッシュを焚いてもあまり上手く撮れず苦戦しているところを横から梓蘭世に奪われる。
蘭世「これ消してこうして……ほらよ」
雅臣「あ、ありがとうございます…!」
俺と違って余程写真を撮りなれているのかスマホにはキラキラした火の粉まで臨場感たっぷりに写されていた。
何だか写す時間ですらもったいなくて、きちんとこの瞬間を目に焼き付けておこうと再び見上げると、
蘭世「お前なんか最近明るくなったな」
雅臣「えっ」
突然そう言われて隣を振り向けば梓蘭世はしげしげと俺のことを見ていた。
むしろ暗いと思われていたのかと少しだけへこむが、不満だけは一丁前に抱えていた日々を送っていたのでそういうオーラを纏っていたのかもしれない。
___でもそれよりも。
雅臣「梓ら……梓先輩も最初より優しいというか」
蘭世「お前俺のこと心の中では梓蘭世ってフルネームで呼んでるだろ」
射るような視線にバレていたのかと心臓が跳ねるが、睫毛の間から覗く綺麗な瞳は怒っていなくて冗談だよと苦笑された。
蘭世「そういうとこは治んないけど大分変わってきたよな。前より断然取っ付きやすいわ」
………。
どうしよう。
凄く嬉しいかもしれない。
この数ヶ月変わろうとずっと努力してきたことが初めて他人から評価された気がしてじわじわと全身を喜びが駆け巡る。
俺の成長をまるで世界が祝ってくれるように花火の音が鳴り響き、いくつもの花びらが舞うように無数の火花が輝いて見えた。
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