144.【辞めた理由】
雅臣「あの…一条先輩って何で合唱部辞めたんですか?」
さすがに梓蘭世に直接辞めた理由を聞くのは気が引けるので1番害の無さそうな一条先輩にターゲットを絞った。
蘭世「いやそんなん俺が知りてぇよ。俺は前から辞めるって決めてたけど___」
雅臣「えっ、そうだったんですか!?」
予想外の実情を聞かされ、つい声を上げてしまった。
4月に音楽室の前で聞いた会話の内容は朧気で、ただ合唱部全体が揉めていたのが印象的だった。
色んな話を照らし合わせた結果、この人は合唱の大会でソロを歌うのが嫌で部活を辞めたとばかり思っていた。
雅臣「そもそも梓先輩は何で合唱部入ったんですか?」
蘭世「何でもクソも部活強制じゃん?強いて言うなら三木さんいるし?」
俺の質問に迷いなく即答してくれるが、聞けば入部に大層な理由もなくこの人も仕方なく所属先を探した結果だった。
そうだよな、何も真剣に部活をやりたい奴ばかりじゃないよなと梓蘭世が自分と同じような考えでいたことに安心する。
つい最近同じクラスにサッカーをやる為に山王に来た奴がいるのを知って、その熱心な姿に圧倒され自分がとても不真面目なように思えていたのだ。
改めて俺達にはSSCくらい緩いサークルがちょうど良く感じた。
…それにしてもこの人はなんだかんだ三木先輩を頼りにしてるんだな。
てっきり三木先輩が自社のタレントである梓蘭世を目の届くところに置いておきたいだけと思っていた。
雅臣「あー…それなら一条先輩も同じ理由で?」
蘭世「梅ちゃんは違ぇよ。梅ちゃんはシンプルに歌が好きなんだよ」
梓蘭世にそこまで合唱部に思い入れがあるようにも見えなかったので、親友も似たような理由で入部したのかと思えば当たり前過ぎる答えにそれもそうかと納得する。
歌うのが好きだから合唱部に入るという至極真っ当な理由で入部した一条先輩は素晴らしい。
適当に決めた俺らとは違って1番正しい入部の仕方というか、実に学生らしく好ましい理由だった。
それに付け加え仲の良いこの人までいたのなら一条先輩にとって合唱部はそんな簡単に辞める場所じゃないはずなのに、
雅臣「歌が好きなら何で……」
幸せそうに親友に肩を預けて眠る一条先輩を見ながらつい口をついて出てしまった。
蘭世「だろ?だから何で辞めたか分かんねぇの」
雅臣「じゃあ三木__」
思わず先輩達の私的な話が聞けて楽しくなった俺は順に三木先輩の名前を出してしまった。
眉間に皺を寄せる梓蘭世の視線に気がついて慌てて口を噤むがもう遅い。
蘭世「てめぇはインタビュアーかよ」
雅臣「す、すみません……」
ため息をつかれて頭を思い切り下げるが、どうして俺はこうも聞きたがりなんだと赤面してしまう。
蓮池がこの場にいたら絶対に同じ事を言われるし、この距離の詰め方を見たら更に『コミュ障』と罵られるに違いない。
最近調子に乗ってよく考えずに発言することが多くなってきたから本当に気をつけないとと猛省した。
雅臣「聞きすぎですよね、すみませんでした」
蘭世「いやまぁいいけど。あの人は2代上の先輩に強制入部させられたんだよ」
別に隠すような話でもないしと梓蘭世は食べかけのアメリカンドッグを味わっている。
三木先輩の実力を買われたのかそれとも単に気に入られていたのかは分からないが蓋を開ければ案外単純な入部だった。
雅臣「桂樹先輩と仲良いから一緒に入ったのかと思ってました」
蘭世「さぁ?それもあんのかね?」
今度は俺が手に持っているトルネードポテトを串の上から数個取り、梓蘭世はそのままポイと口に運んだ。
許可を取れと思うがこの量を1人では食べきれないし、何より聞きすぎてしまった謝罪の気持ちも込めてどうぞと串ごと渡す。
蘭世「食いきれんって。東京でどっこも行ったことない陰キャのお前が記念に食べろよ」
雅臣「いやどこも行ったことない訳では……」
梓蘭世は何にウケたのかは分からないが、フッと肩の力を抜いて笑う。
東京でも名古屋でも実物を見たことが無かったが、トルネードポテトはじゃがいもを螺旋状に切り込みを入れて揚げたものでポテトチップスのようなカリカリした食感が新しい。
パリと頬張りながら最近毎日が充実しているせいか時間が経つのがあまりにも早いことに気づく。
こんなに楽しみにしていた今日だってもう終わってしまうのかと急に寂しさに襲われた。
目の前で今か今かと花火が打ち上がるのを待つ家族連れや恋人達を眺めながら、たくさんの人がいるのに孤独を感じるなんて変だよなと思う。
東京にいた頃はこんな気持ちになることはなかったのに、人と関わることで寂しさを知るとは思いもよらなかった。
遠目に特設ステージを見れば歌手はいつの間にか女の子のアイドルグループにバトンタッチしていて楽しそうに踊っている。
俺もまた次に楽しみにしている予定を思い浮かべてのしかかる寂しさを何とか払拭しようと試みた。
雅臣「そういえば合唱部の大会は今週ですよね。地区大会通れば次もあるし、桂樹先輩も今頃頑張ってるんだろうな」
柊と一緒に蓮池の華を見に行きがてら応援に行くのは俺の中で大切な夏休みの予定の1つとなっていた。
そしてその後は桂樹先輩とライブも行くし合宿だって待っている。
まだまだ楽しいことはたくさんあるぞと予定を連想すれば少しテンションが上がってきた。
しかし浮かれて話す俺に梓蘭世は食べる手を止めじっと見つめている。
どうしたのかと首を傾げると、
蘭世「そんな簡単にいかねぇよ」
肩に乗った一条先輩の頭を支えて体勢を変える梓蘭世の言葉は少し冷たく感じた。
昼に一条先輩から聞いた話だと去年は三木先輩の力もあって地区大会を突破したみたいだし確かに今回どうなるかは分からない。
でも合唱部には三木先輩以外にも3年生は残っているし、あの陽気で明るい桂樹先輩がいればきっと良い所まで導いてくれるはずだ。
やっぱりこの様子だと多分梓蘭世は元々そこまで合唱部に興味がないのだろう。
単なる腰掛けのようなもので仕方なく入った部活動とはいえ、楽しかった思い出みたいなものは少しも無かったんだろうか。
雅臣「でも……」
蘭世「ダラダラうぜぇなさっきから。何だよ言いたいことあんならハッキリ言えや鬱陶しい」
いい加減喋るのにも飽きてきたのか、梓蘭世は俺を軽く睨みつける。
久しぶりに見るこの目に背筋が伸びる気がして、早く花火が上がってこの人の気が紛れないかなと内心狼狽えた。
しかし、のらりくらりと肝心なことには触れず曖昧に色々聞きまくった俺も悪い。
敢えて気を遣わずに単刀直入に聞いてしまえば良かったのだろうかと躊躇うが、早く言えという空気感に耐えかねて口を開いた。
雅臣「……さ、3人とも合唱部辞めた本当の理由って何ですか?」
梓蘭世は顔を曇らせ目に見えて憂鬱そうに髪をガシガシと掻きむしった。
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