16.【サークルはいかが】
振り返った梓蘭世が指揮者を見て顔をしかめた。
蘭世「…三木さん、さっきも言ったけど俺部活はもう辞め__」
三木「その事なんだがな。俺も辞めようと思う」
蘭世「はあ!?」
被せられた言葉に、梓蘭世と一条さんが驚きで目を見開く。
三木さんが退部届と書かれた紙を2人の目の前にかざすのを見て、俺は本当に間が悪いと思った。
このタイミングで帰りますだなんてとてもじゃないが言えないし、この場をさりげなく去ることも不可能だ。
それにしてもこの三木さんって人は本当に合唱部を辞める気なのか?
部で揉めたからといって辞めるタイプには全く見えないのに。
俺より背が高く堂々とした風貌の三木さんは黒縁の眼鏡を掛けているが全く野暮ったくならず、切れ長の目は不敵さも感じるくらいだ。
視線を感じたのか、三木さんは目を細めて俺を真っ直ぐ見つめた。
三木 「…音楽室の前にいた奴だな?合唱部入部希望なのか?」
雅臣「い、いえ」
三木 「俺の顔に何かついてるのか?」
雅臣 「...ついてないです」
問いかけに狼狽えた俺は俯き加減に首を振る。
首筋が冷える感覚に動悸も酷い。
たった2年違うだけでこんな迫力があるとは思わず、 早く話題が変われと願う。
梅生「せ、先輩も辞めちゃうんですか?」
一条さんが上擦った声で尋ね、三木さんの険しい表情が少し和らいだと同時に2人と向き合い直す。
助かった、と少し息をついた。
蘭世「いやあんたこそ辞める理由なんかどこにもねーだろ」
三木「まあそうなんだが…色々潮時だったからな」
悟ったような三木さんの答えに、2人とも納得がいかない表情を浮かべる。
まぁそうだよな。
合唱部で指揮者として自分達を導いていた人が、簡単に辞めるなんて言いだしたら複雑な気持ちになるのもわかる気がする。
蘭世「それは…」
何かを感じ取ったのか、三木さんは不服げに唇を歪める梓蘭世に大丈夫だと微笑みかける。
三木「蘭世、お前が選んだ道を行けよ」
俺には三木さんの言葉の意味がさっぱり分からないんだが、とりあえずもうそろそろ帰っていいんじゃないのかこれは。
そして少しの沈黙を破ったのはまたしても柊だった。
夕太「あのー……今合唱部辞めた人達って次の部活決まっちゃったりしてます?」
シリアスな雰囲気を断ち切るような脳天気な声に全員の視線が柊に集まる。
梅生「えっと……まだ、決まってないけど…」
律儀に答える一条さんの一言によっしゃ!と柊は喜んだかと思えば、とんでもない提案をしてきた。
夕太「俺がサークル作るんで入りませんか!?えっと……その名も合唱サークル!」
このタイミングでよくそんなことが言えたな。
そもそも本当に3人とも本当に辞めるかなんて分かってないのに。
先輩方は突然の提案に面食らってぽかんとしている。
その気持ちもわかる。この状況でよりにもよって
『合唱サークル』は無神経すぎる。
楓「いや合唱部もうあるじゃん」
にこにこ人懐っこい笑顔の柊の後ろにいた蓮池が珍しく至極真っ当なことを言った。
夕太「そういう合唱じゃなくて!なんて言うか皆で流行りの歌歌ったり…ほら作詞作曲とか全部自分達で作っちゃったりする感じの?」
絶対に今思いついたであろう合唱部との違いを身振り手振りで必死に説得する柊に、一条さんが興味を示す。
梅生「…へぇ、面白そう」
三木「ほう…」
蘭世「いやいやいや、なんだよ2人とも興味あるみたいな」
1人展開に追いついていけない梓蘭世を置いてけぼりにして、先輩2人は柊の思いつき話を真剣に聞いている。
夕太「俺は梅ちゃん先輩と一緒にいたいから、サークルでも何でも作りますよ!」
柊の真っ直ぐな言葉を受けて一条さんは黒目がちな目を少し見開いて微笑んだ。
梅生「…俺、入るよ」
いや待て正気か?と思ったのは自分だけでは無いようで、
蘭世「梅ちゃん何言ってんだよ!サークルなら俺だって作れるし__」
梅生「蘭世が作っても人数集まらないよ」
梓蘭世が割って入るもキッパリと言い切る一条さんを見て口を噤んだ。
この短時間で梓蘭世が色々強烈な存在なんだろうと想像がつくが、やはり当たっているのか不貞腐れたように梓蘭世は廊下に面する教室のドアを蹴る。
慣れているのかそれを三木さんはスルーして、腕を組み勝手に結論を導き出す。
三木「合唱部との区別をハッキリさせればサークル申請が通ると思うぞ。そうだな…俺も入るから蘭世、お前も入れ」
梅生「えっ」
蘭世「…何だよ梅ちゃん。なんでえって言うんだよ」
梅生 「いや、え、だって」
ただ驚いただけだろうに眉をしかめた梓蘭世を見て一条さんがしどろもどろになっているところを三木さんが助け舟を出した。
三木「どうせどこかしら所属しないといけないんだ。こだわりが無いなら皆このサークルでいいじゃないか」
楓「雑に決めすぎでしょ」
蓮池の呟きに俺も静かに頷く。さすがに適当が過ぎる。
夕太「よっしゃ!ところでサークル作るのに何人いるんでしたっけ」
三木「7人だな」
夕太「俺でしょ、でんちゃんは入るとして、先輩3人と…」
嫌な予感がすると同時に、柊の視線は俺に止まる。
俺は絶対に入らないと口を開くよりも早く三木さんの目が俺を捉えた。
三木「お前も1年生か」
獲物を見つけた時の獣の目ってこういうのだよな。
俺の前に1歩出た三木さんから無言の圧を感じる。
三木「1年生ならまだ部活も決まっていないな?部活やサークルは兼部ができるから名前だけ貸してくれないか?」
この状況、このタイミングで嫌ですと言えるほど俺は強くない。
そもそも俺が入っても7人に満たないなら断る理由にならないだろうかと必死に考える。
雅臣「例え俺が入ったとしても、7人にはならないですし……」
三木「サークル設立は約1ヶ月以内に人数を集めればいいからな。お前が入って6人、そうしたらあと1人だけだ」
俺の精一杯の抵抗も意味をなさず、矢継ぎ早に畳み掛ける三木先輩の顔にはいいから黙って名前を貸せと書いてある。
蘭世「三木さん、怖いって」
梓蘭世が雑にかき上げた前髪から眉間の縦皺が見える。
三木「ん?俺は怖くないぞ?」
梅生「ちょっとだけ…こう…圧が…」
俺が戸惑ってる間にどんどん話が進んでいってしまい三木先輩はサークルの設立の要項を柊に持ちかけ連絡先の交換までしているし、いつの間にかグループチャットを作る話までしている。
このままではいけない、ここでキッパリ断らないと。
雅臣 「あの!!申し訳ないですが俺は__」
「おい!三木…!ここにいたのか…」
意を決して断ろうとしたのにまたも俺の話は遮られた。




