142.【花火前の余興】
花火大会が行われる芝生広場へ移動するが、日が暮れても暑さが和らぐこともなく蒸し暑いままだ。
三木プロ所属のタレントは芝生広場に設置される特設ステージで歌うらしく、柊は梓蘭世にどんな奴が出るのか尋ねている。
夕太「え!アイドルって男なの!?」
蘭世「おう、カラフルジュエリストっての」
楓「この前オアシスかどっかでミニライブしてたのそいつらですか?」
〝カラフルジェリスト〟とは2ヶ月後に本格デビューを控えた三木プロ初の男子アイドルグループらしく、花火大会の余興でここに呼ばれるということは割と人気があるのだろう。
蓮池は意外にも梓蘭世の説明を熱心に聞いていて、隣を歩く柊は首からハンディファンをぶら下げながら一条先輩と好きなかき氷の味について話していた。
夕太「まだ花火始まらないのに人凄いね」
雅臣「そうだな」
先程の2人の気まずさももう何処へやらで、こうやって話してると結局いつも流れてしまうんだよな。
蓮池も柊も今は普通に会話をしているのでこのまま問題なく今日が終わって欲しいと願ってしまう。
遊園地全体が徐々にライトアップし始めていて、花火大会のスタートを盛り上げるように軽快な音楽が大音量で流れ出す。
目当ての芝生広場に到着すると圧倒的スケールで打ち上げられる花火を楽しみにしている人達が既に入口で列をなしていた。
俺達もそこに並ぶかと思いきやあっさり中に入れてしまい、スタッフの1人がこちらへどうぞと広場まで案内してくれる。
どうやら三木先輩のくれた花火大会用のチケットは関係者が優先的に通して貰えるものらしい。
入園料やアトラクション乗り放題だけでなく、ここでも三木先輩のくれたチケットは大活躍で本当に頭が上がらなかった。
夕太「おー!!広い!!」
梅生「見やすそうなところ探そうか」
まだ人が入り切っていないのと優先的に入れたこともあり広々とした観覧エリアはかなりスペースが空いていた。
遊園地内常設の飲食店以外にも夏らしく屋台まで出ていて、早速蓮池は何の店だと目を鋭く釘付けになっている。
楓「アイスクレープあるしケバブもある」
夕太「もーでんちゃん屋台は後にしてよ」
柊はよそ見ばかりする蓮池を叱りながら鞄から大きなレジャーシートを取り出すとサッと芝生の上に広げた。
梅生「持ってきてくれたの?」
夕太「前日雨だったら座れないって姉ちゃんが教えてくれたので借りてきました!」
蘭世「用意周到、やるじゃん」
梓蘭世に犬のように頭をわしゃわしゃ撫でられる柊を見て、本当によく気が利くよなと感心する。
ピンク地にポップなお菓子柄の可愛らしいシートはイメージ的に多分1番上のお姉さんが貸してくれたのだろう。
俺は浮き輪に防水ケース、そしてレジャーシートまで何1つ考えもせず呑気にここまで来てしまい全て借りっぱなしで申し訳なくなる。
これから皆で何処かへ行く時はもっと下調べしてから来ようと胸に決めた。
夕太「ここから花火は超見えるけどアイドルは……」
楓「ファンサ狙いなら前方一択、飯買いがてら見に行こう」
夕太「何ででんちゃんってそういうの詳しいのさ」
そのまま特設ステージへ向かおうとする蓮池と柊だが、2年の2人はレジャーシートに腰を下ろしたまま立つ気配はない。
俺もそこまでアイドルに興味があるわけではないしここからでも充分に見えると遠慮していると、
蘭世「でん!これで美味そうなの適当に買ってこい」
梓蘭世がジーンズの尻ポケットから財布を取り出し5000円札を蓮池にそのまま渡した。
さすがは梓蘭世、財布まで安定のCHANELAとは恐れ入るとカーフスキンのミニウォレットをこっそり眺める。
それに今日の梓蘭世の私服はシンプルだけど夜目にも鮮やかだ。
白のシルク100%の半袖開襟シャツにラフなブルージーンズを組み合わせていて、夏らしいシルバーのアクセサリーが素肌によく映えている。
そこにいるだけで目を奪うこの人こそが特設ステージで歌う人みたいで休業してるのが惜しくなるくらいだった。
楓「何ですかデブの味覚は信用なるってことですか?」
蘭世「んなの言ってねぇだろ…釣りで好きなの買っていいぜ」
楓「三木プロの経費ですか?」
蘭世「なわけあるかよ、いいから黙って行けって」
1言えば100返す蓮池に梓蘭世はめんどくさいのかしっしっと手で追い払うと、ようやく2人は屋台に向かい出す。
2人が少し歩いた先から「それいいね!」と柊の声が聞こえてきて、どうせ蓮池が俺のことを面白おかしく言ってるのだろうとため息が出た。
梅生「藤城座りなよ。疲れただろ?」
一条先輩がトントンとレジャーシートを指で叩くのでお言葉に甘えて俺も座らせてもらう。
梅生「今日楽しかったな。蘭世も来れて良かった」
蘭世「……だな」
これで友達かどうか確信を持てないだなんて2人ともよく言うよな。
穏やかに笑い合う2人の横顔を見つめながら休憩していると背後から大きな声が聞こえてきた。
「カラフルジュエリストでーす!!ぜひ見てってくださーい!」
それぞれ色違いの衣装を着た男性が観覧エリア内でチラシを配り始めて、突如現れた若く華やかな男性に観客も大喜びだ。
……凄いな、しっかりメイクまでしてる。
カラフルジュエリストはそれぞれが色違いの衣装を着ていてイケメン揃いだ。
中には俺達と変わらないくらいの年齢の子もいて、黄色の衣装の男性が俺と一条先輩に1枚ずつチラシをくれたので2人でお礼を言った。
しかしその瞬間、梓蘭世は頭に乗せたサングラスをサッと下ろして顔を背けてしまう。
そのまま梓蘭世に気づくことなくアイドルは他の客へチラシを配りに行ってしまったが、同じ事務所なのに挨拶とかしなくて大丈夫なんだろうか。
___と言うよりも、この感じだと今はあまり芸能関係者と関わりたくないのかもしれない。
プールで聞いた梓蘭世の話はそう思えるくらい感じの良くないものだった。
梅生「藤城これ見て!三木プロダクション所属って書いてある!」
一条先輩がメンバー紹介を載せたチラシを興奮した顔で見せてくれるのでどれどれと俺も見れば、デビューを控えているせいか衣装もメイクもとても力が入っている。
雅臣「衣装がキラキラで凄いですね」
蘭世「……文化祭の時俺らもこんくらいやるかぁ」
雅臣「はぁ!?」
アイドルらしい華やかな衣装を見た梓蘭世がとんでもないことを言い出した。
あんなに歌いたくないと言っていたのに何でそんな思考になるんだよ。
自作の曲を披露するだけでも羞恥の極みだというのに、もし俺達SSCが全員こんなに派手な衣装を着れば悪目立ちするに決まっている。
雅臣「な、何しにそんな……」
蘭世「冗談だって、……でも急に作詞作曲すんの思い出したら萎えるな」
そういえばサークルの誰からも作詞作曲をしている話を聞いたことがなく、本当に大丈夫かと不安になってくる。
雅臣「先輩達って作詞作曲___」
俺が口を開くと同時に、特設ステージに眩しいくらいのライトが一斉に灯された。
続いてMCのタレントがマイクを手に登場し、カラフルジュエリストの名前を呼んで紹介すると最前にいた女の子達からは悲鳴と嬌声が上がる。
オーバーチュアに合わせて必死にペンライトを振るファンのコールと共に噂のカラフルジュエリストが登場し、曲とともに歌って踊り出した。
蘭世「おー、ちゃんとファン引っ張ってきとる」
梅生「三重まで来るんだ……ファンって凄いな」
蘭世「今日は2.3曲なのにな」
その瞬間、光輝くステージを見ながら小声でいいなと漏らす梓蘭世を見逃さなかった。
あのステージよりも遥かに大きな場所で活躍していた人が今はそこにいない。
親友の一条先輩でさえ知らない芸能人の葛藤を俺だけが聞いてしまって、未だに何て声を掛けたらいいのか分からずにいる。
____もしかしたら。
梓蘭世は芸能界には戻らない……いや、戻れないのかもしれない。
視聴者が1番売れていた子役時代の梓蘭世を忘れられず、その記憶が塗り替えられないせいで本人は苦しんでいる。
俺が憤ったところで何の意味もないのに、何処か虚ろな目でステージを眺める梓蘭世から目が離せなかった。
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