140.【伝えたいこの気持ち】
ようやく梓蘭世への気持ちが何なのか分かった。
どこにいても目を奪われ見てしまう言い表せないこの感情は『ファン』という表現が1番しっくりくる。
蘭世「___は?」
雅臣「俺が毎回あなたをつい見ちゃうのもファンだからなのかと!」
ぐりぐりと俺の頭を撫で回していた梓蘭世の手が急に止まる。
眉根を寄せて明らかに気が狂ったかのような目で見られているが構わないとそのまま続けた。
雅臣「俺生粋のテレビっ子だし憧れてたんだと思います。ランランもファザーもテレビで、と言うか今も割と梓先輩見る度に目で追ってしまうというか…」
蘭世「な、なんこれ急にファンミ?どら引くわ」
雅臣「そうじゃなくて!……あの前から言いたかったんですけどあなためっちゃ名古屋弁ですよね!?」
蘭世「そら生粋の名古屋産まれ名古屋育ちだでな」
やっぱり俺の真剣な気持ちは流されゲラゲラと下品に笑われているが、改めて意識すると梓蘭世は蓮池と張るくらい強烈な名古屋弁で、頼むからその美しい顔で『だでな』とか言わないで欲しかった。
もしこの人が昨日蓮池と柊が言い放った下品No.1名古屋弁『ちんちこちん』を言おうものなら卒倒する自信があるぞ。
それはさておき気を取り直してこほんと咳払いしてからもう一度改めて俺の気持ちを伝えることにする。
雅臣「あの、俺友達はテレビって言えるくらいずっとテレビ見て育ったしそういう人は他にも絶対いると思いまして」
蘭世「お、おう」
雅臣「俺は映画もドラマもMETUBEも全部テレビに繋げて見るくらい毎日テレビつけてるし、テレビついてない時がないんです」
いつも余裕そうで無敵に思えた梓蘭世も本人なりの将来の不安があって芸能界に戻るか悩んでいるのかもしれない。
声変わりが原因で休業したのなら、いつまでも昔の面影を追い求められ苦悩してそこに至ったのだろう。
この人の悩みはそんなに簡単に解消されるものでは無いと分かってはいる。
それでも口べたな俺なりに過度な期待と重圧の中で生きてきたこの人をファンの1人として励ましたかった。
雅臣「だから梓先輩がテレビに出続ける限り俺は見続けるので、自信を持って欲しいというか……もし芸能界に戻っても俺を思い出してくれれば……」
蘭世「いやてめぇどこポジだよ!!」
俺は至って真剣に話しているのにツボだったのか梓蘭世は膝を叩いて笑っている。
1人でもちゃんと見ている人がいる、応援してる人がいるいう事を伝えたかったのだがどうも噛み合わずさっきから空回りして全部上手く伝わってないようだ。
己の相変わらずの口の下手さに項垂れため息をつくと、ふと一条先輩と並んだ売店が目に入る。
雅臣「そう!!タピオカですよ!!」
蘭世「タピオカ?」
俺が初めてのタピオカを飲んで感動していた昼飯時にまだ名古屋ではこれが流行ってるのかと3人に聞いたことを思い出す。
東京ではあまり店舗自体を見かけなくなったが、名古屋は割とどこにでも見かけて店によっては列が出来ているのが前から気になっていた。
楓『名古屋人はよく見てんの、見極められず流行りに乗るだけ乗って失敗する東京とは違うんだよ。本当に良いものだけ取り入れてそれがずーーっと残るわけ』
饒舌に名古屋の良さを語る蓮池の言葉を思い出しながらそれをそっくりそのまま借りればいいのではと思いついた。
タピオカのように良いものはずっと残り続けるんだと首を傾げる梓蘭世にぜひこの言葉を伝えたい。
蘭世「何だよ飲みてぇの?」
雅臣「そうじゃなくて!タピオカがずっと美味しくて残ってるように良いものはずっと残るんですよ。だから梓先輩もずっと残るというか……」
蘭世「いや俺タピオカに例えられたの初めてだわ」
熱弁してみるが突然タピオカと同じだと言われて面食らう梓蘭世を見ると、また失敗してしまったと頭を抱えてしまう。
どうして俺はこうも言葉が下手なんだ。
あなたのことをずっと覚えていて大切に思う人は必ずいる。
俺みたいな人もいるから自信を取り戻して諦めないで欲しいと言いたいのに、不器用な自分がもどかしくて嫌になる。
蘭世「まぁでも……ありがとな」
しばらくして、俺の腕を梓蘭世は優しく解いてくれた。
蘭世「確かにタピオカってずっと美味いもんな。……とっと、お前って何か壁みたいで話しやすいわ」
____か、壁?
タピオカに例えた俺も俺だが、陰キャ、ぼっち、コミュ障、コスプレに続いて今度は壁と新たに変な形容をされ顔を顰めてしまう。
梓蘭世から初めて馬鹿にすることなく優しい声をかけられたが、壁とは一体どういう意味だろう。
雅臣「ま、まぁ俺は口は堅いですよ。また何かあったらいつでも聞きますから」
蘭世「違う、悪い意味じゃなくて…何ていうか否定せずそのまんま受け入れてくれてるというか__」
俺の背中をポンと軽く叩きながら話しかける梓蘭世の視線がチラと他所に移ったので、俺も釣られるように見れば明らかに梓蘭世にスマホを向ける同い年くらいの男がいた。
さっと顔を逸らす梓蘭世を見て、注意しないとと口を開いた瞬間、
「ひゃっほーーーっ!!!!」
誰かに背中を思い切り蹴飛ばされそのまま俺はプールに落ちた。
咄嗟の事に驚き水中でもがくが、監視員の笛が鳴る音を聞いてこれも俺は悪くないだろ!?と慌てて水面に顔を出す。
手で顔を拭い視線を上げればしてやったりとふざけたカナリアみたいな顔をした柊がにんまりと笑っていた。
雅臣「ばっ……か!!!殺す気か!!」
俺を蹴飛ばしたのは案の定柊だった。
蘭世「梅ちゃん何すんだよ!!」
雅臣「え」
しかし横を見れば梓蘭世も蹴落とされたのか一緒にプールに落ちたようで、プールサイドにはスライダーを乗り終えた一条先輩、蓮池、柊の3人が大爆笑している。
夕太「だって雅臣ちっとも電話に出ないんだもん!!」
俺達がプールに落ちた勢いでスマホを掲げていた男らにも思い切り水がかかり、慌てるその姿に柊も蓮池もべ、と舌を出し2人まとめてプールに飛び込んできた。
またも大量の水が顔にかかり、 何故のこいつらは静かに入ることができないんだとプールサイドの中で足を踏ん張る。
楓「おい陰キャほんとお前は使えないな、ワンコールで出ろって言っただろうが」
梅生「2人で何話してたっ__!?」
一条先輩だけが悠々と静かにプールに入ろうとするのでその足首を梓蘭世が掴んで仕返しとばかりにプールに引きずり込んだ。
梅生「蘭世!!」
蘭世「色々話してた!てかでん何だよその水着!」
昼飯の間蓮池はずっとタオルを肩から被っていて気が付かなかったのか、梓蘭世はその姿に息を詰まらせて笑っている。
楓「何笑ってるんですか似合ってるでしょう?」
蘭世「いやさっきも変じゃねとは思ってたけどちょ、タイム!笑わせんなおもろすぎ……!?」
夕太「次5人で乗れるスライダー行こ!その後激流プール!!暑いし遊園地は夕方からでいいよな?」
肩を揺らして笑う梓蘭世の背中にぴょんと柊が飛び乗り引っ付いた。
離せともがく梓蘭世をものともせずに首に手を回して纏わりつく柊のメンタルは本当に凄い。
蘭世「夕太てめぇ降りろ!!」
夕太「やだ、蘭世先輩いい匂いするし」
首に顔を埋める柊に梓蘭世は見て分かるほど鳥肌を立て悲鳴をあげる。
その姿に誰もが笑い、俺も思い切り笑った。
初めてのプールはまだ夏休みの入口だというのに最高に楽しいものだった。
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