139.【昔と今と】
雅臣 「声、変わり……ですか?」
元はといえば自分から聞いたものの本当にこの人が休業した理由を教えてくれるなんて思っていなかった。
声変わりを理由に活動休止って……。
随分あっさりとした答えは、普通に聞けばはいそうですかで済む話だと思う。
でも公の場で歌いたくないとか子役時代の悩みまで聞いてしまった今はそんな簡単なものと捉えることはできなかった。
それに何故、この人は俺にだけ胸の内を明かしたのだろう。
このタイミングで俺だけに教えるなんて、物凄く試されているような気がする。
友達には本音で何でも話した方がいいなんて言ったせいで、俺が今日の話を全部誰かに話すと思ったのだろうか。
……この人は俺の事を全く信じてないんだ。
俺がこの話を蓮池や柊に簡単に話す奴だと思われたなんて心外だと眉根を寄せた。
いくら俺がこの場で言わないと言ったところできっと信じては貰えないだろうし、裏切られることに慣れているこの人から信用を得るには結局俺が黙ったまま一生を終えるしか無いように思えた。
雅臣「あの、俺!今日先輩が話してくれたこと誰にも言いませんから!」
蘭世「あ?どしたよいきなり」
_____でも、それでも。
今思ってることをちゃんと言葉にしなければ、相手は一生俺の気持ちに気がつかないままだ。
今日子役時代の話を聞いて、この人の1番繊細で脆い部分に触れた気がした。
聞いて良かった。
聞けたからこそ親友を純粋と言う一条先輩の言葉を理解できた。
だから俺もハッキリ言わないとこの気持ちは伝わらない。
雅臣「絶対がないのは俺もよく分かるんですけど……本当に、本当に言いませんから!!」
半ば衝動的に声を上げた俺を梓蘭世は呆れたように見つめていたが、しばらくしてふっと息を吐いた。
蘭世「バカかよ。こんなんは別に言っていい話だからお前に話したんだよ」
雅臣「それでも俺は誰にも言いません!」
信じてほしい、分かってほしい。
どうしてこんなにむきになるのか自分でもよく分からない。
でも学生時代の後輩が暴露とか、よくあるスクープで俺があなたを傷つけることはないと誓いたかった。
しばらくの沈黙の後、梓蘭世は何故かその手のひらでそっと俺の目を覆う。
雅臣「……えっ」
蘭世「お前が覚えてる昔の声と今の俺は全然違うだろ?」
少し張り詰めた声で突然別の話を持ち出されて何だと思うが、静かに目を伏せて幼い頃の彼の声を呼び起こす。
本人の言う通り記憶の中の梓蘭世の声は子供ならではの甘い高めの声をしていて愛らしい。
大人になった今はもうすっかり艶のある大人の声になって、発声練習をした時に聞いた歌声はタイガーキングの頃とはまるで違う美しいテノールだった。
雅臣「……天使の蘭世くんでしたもんね」
そう言いながら細い手首を掴んで目隠しを外させると、痛みに耐えるように目を細める梓蘭世と目が合った。
蘭世「お前ほんとよく知ってんな?……あんな声はさすがにもう出ねぇよ」
成長したのだから変わって当たり前だというのに、この言い方だといつまでも当時の声を求められているように聞こえる。
俺からしたらどちらも素晴らしい声には変わりがないのに、まさか世間からは成長することが望ましくないとされたのだろうか。
そんな馬鹿なと思うが、泣き笑いに近い複雑な感情をたたえた顔を見たら何も言えなくなってしまった。
芸能界の内情を素人の俺がいくら想像したところで分かるはずもなく、どうしたものかと目の前で瞳を翳らす美しい人をぼんやりと眺める。
蘭世「身長も伸びるし骨も太くなるし…やんなるよ」
雅臣「な、何を言ってるんですか!スタイルも抜群で大成功な成長じゃないですか!!」
暗い雰囲気を打破する如く心のままに褒めまくるが、これで骨が太くなっただなんて本当に何を馬鹿なことを言ってるんだ。
失礼なのは承知だが、目の前を歩く女子と比べても明らかに華奢じゃないか。
普段から等身がバグってると思っていたが、水着姿でより骨格の良さが際立ち俺より優に腰の位置が高くて死にたくなる。
蘭世「それでも色々バランスってもんがなぁ……お?いい乳」
梓蘭世はパーカーのポケットからサングラスを取り出してサッとかけるとしっかりビキニで歩く綺麗な女性を眺め始める。
梓蘭世のテンションの落差に振り回され、本当に芸能人なんですかと呆れながらもつい俺まで見てしまったが……。
もし蓮池がこの場にいたら確実に馬鹿にされ煽られていただろうな。
蘭世「まぁさ、俺なんて大した顔じゃないし声も変わるし芸能活動ってムズいよなって話だよ」
この話はもう終わりだと雑に締められたが、大した顔じゃないという言葉を反芻し一体誰に言われたのかと猛烈に苛立ちが募る。
雅臣「何言ってるんですか!!!あんたみたいに綺麗な人なんていませんから!!」
蘭世「は、はぁ!?」
どこのどいつがこの輝かしい存在を傷つけ自信を無くさせ、そんな風に自分を悪く言わせるんだと思わず気持ちが先走りついそのまま声に出てしまった。
荒ぶる声はプールサイド一帯に響き、一瞬の静寂が訪れた後俺らの周り半径1mから訝しそうに人がそそくさと離れていく。
瞬時に梓蘭世に思い切りぶん殴られて目の裏で星が瞬くが、事実なのだから仕方がないと開き直った。
蘭世「おま、恥っずかし…!!俺が明日SNS公開告白とかネットニュースなったらどうすんだよ!!
雅臣「そんな大袈裟な!?ただ、ただ…梓蘭世にダメなとこなんか1つもないんです!!」
それだけは覚えておいて欲しいと自分でも珍しい程に声を荒げれば、梓蘭世は瞬きして殴る手を静かに下ろした。
それから急に力が抜けたように珍しくもはにかむように笑った。
翳っていた瞳はいつの間にか夏の日差しに映えてきらきらと輝き、その笑顔は今日1番と言えるほど魅力的だった。
蘭世「お前ほんとおもろいな。ダメなとこないなんて言われんの梅ちゃん以来よ」
雅臣「それなら一条先輩と俺の言葉を信じてればいいんですよ」
蘭世「何だよそれ。……でんの言う通り俺って陰キャウケいいんだな」
自分の言葉に大笑いして俺の頭を撫でる梓蘭世は実に嬉しそうだが、真剣に答えたのにまた流された気がした。
俺と一条先輩しか肯定してくれないだなんて可哀想に余程厳しい芸能界で心無い言葉を掛けられたのだろう。
雅臣「陰キャどころかあんたが世に出ればまた万人受け間違いなしですよ」
蘭世「何?俺すげぇ愛されてね?」
どれだけ真摯に伝えてもウケると笑われ微妙に伝わらず焦りに駆られるが、それでもやはりこの人にはちゃんと思ったことを全て口にした方がいい気がして、
雅臣「そうですよ。俺は……多分あなたのファンですから」
そう口にすれば自分でも驚くほど腑に落ちた。
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