130.【一条先輩と】
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梅生「楽しかったな!!」
夕太「だね!後でもう1個乗ろうね梅ちゃん先輩!」
俺達は現在、軽快な音楽に合わせて変化に富んだ水流がパワフルに四方八方から舞い上がるサーフィンプールで泳いでいる。
一条先輩と柊は楽しそうに先程のスライダーについて楽しそうに話しているが俺と蓮池はぐったりしていた。
俺達の乗ったスライダーは〝デラアビス〟というもので、名古屋弁の強調表現がつく名前に相応しい想像を絶するスリルさだった。
『垂直な壁の高さは30m超え!!そこから専用のゴムボートに乗り激しく揺らされながら最大傾斜50度近い斜面を一気に急降下するスライダー!』
列に並んで待っている間に書いてある詳細をじっくり見ていたらいつの間にか暗記してしまったくらいだ。
階段を上る度に目眩がしそうになったが並んだ手前今更辞めるとも言えず意を決して皆と一緒にゴムボートに乗り込んだ。
……が、辞めておけばよかったと滑り出し直後に本気で思うくらい恐ろしいものだった。
楓「2度と乗らないから……」
雅臣「あんなに激しいとはな……」
思い出すだけであのふわっと浮く感覚が蘇る。
ボートはラッパのようなファンネル型の中で大きくスウィングしながら急上昇と急降下を何度も繰り返し、次第にコース奥の巨大な大穴の奈落に吸い込まれ……。
恐怖が蘇り身震いしながら俺もあれには2度と乗らないと心に誓う。
今はそのスライダーの真下にあったサーフィンプールでのんびり水に浸かっているが既に腰の高さまで水深がある。
このプールは中々深くて、そろそろ足がつかないと言う柊と一条先輩を持ってきた浮き輪にそれぞれ乗せて俺と蓮池が横に捕まらせてもらう。
3台の造波器に波立つのを楽しみながらゆらゆら揺れていると、
楓「さっきのスライダー新しく出来たやつなんだ」
夕太「そうそう!もう1個のやつは昔からあるけどあんな斜めじゃないからさ」
浮き輪を押す蓮池もそれに乗っかる柊もどちらもとても楽しそうに笑っていて、プールの効果なのか昨日の2人からはとても考えられない程自然な会話で上手くいってるように思える。
是非その調子で互いに本音が言えるようになってくれと一条先輩の入る浮き輪を押していると、プールはどんどん深くなっていき最深の1.6mの所まできていた。
俺や蓮池の首下まで水面がきてここまで深いとさすがに周りにいた人もほとんどいなくて、俺ら4人だけが楽しそうに浮いている。
夕太「あ、そうだ!写真!撮ってミルキー先輩達に送ろうよ!」
チャンスとばかりに浮き輪に乗ったまま柊は蓮池の首にかかった防水ケースからスマホを取り出すとカメラを反転させ近寄ってと手招きする。
落としたらどうするんだ……と言いたいところだが昨日から柊は写真を撮りたがっていたからな。
ヒヤヒヤしながら俺は一条先輩の浮き輪を押して一緒に写ろうとするが何故か蓮池が影に隠れて入ろうとしない。
梅生「もっと寄りな?」
一条先輩が蓮池に声をかけると渋々画角内に入り込み、柊のせーのの声で笑顔を作った瞬間、
夕太「どわー!!!!」
大量の水飛沫が舞い上がって柊のスマホに思い切りかかってしまった。
決まった時間に遊泳中の客に向けて水を放出する仕組みなのか、暑さを吹き飛ばすようなノリのいい音楽とともに突然ウォーターキャノンから大放水されてどの人もびしょ濡れになっている。
夕太「やばい!俺のスマホが…!!!あ、でも写真は撮れてる」
楓「いやそんなん言ってる場合じゃないでしょ」
柊がスッスッとスライドさせて確認してから俺達に見せてくれた写真は、俺らと背後の迫力ある水飛沫がとてもいい感じに撮れている。
皆で写真を撮るのは初めてだし、後で送って貰おう。
しかしさすがに心配になるほど柊のスマホの全面が濡れていて、
雅臣「戻って早くスマホ拭いた方がいい。壊れるぞ」
楓「……ついでに飯食おうよ」
腹が減って機嫌がいまいちになってきた蓮池の一言に賛成と俺達は波の力を借りて急いでプールサイドまで戻って行った。
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雅臣「結構並んでますね……」
梅生「お昼時だし仕方ないよ。柊…より蓮池の方がいいか」
一条先輩はスマホで蓮池に時間がかかると連絡を入れてくれるが、俺達が2人だけで並んでいるのは理由がある。
サーフィンプールから上がって昼飯を買うために最初4人で売店を探していたのだが、突然柊のスマホに異変が起きたのだ。
急に画面が真っ暗になり一切動かなくなったスマホを見て大騒ぎする柊を蓮池が宥めていたがマジかと半泣きだった。
蓮池はスマホをタオルで拭いてから動作を確認しようと柊に提案し、自分がパラソルの下まで付き添うから俺と一条先輩に昼飯を買ってきてくれと頼んで行ってしまった。
可哀想に柊はがっくり項垂れていて、あの時止めれば良かったと思ってももう遅い。
柊を1人にしたらスマホが使えなくなっていた場合再会出来なくなるかもしれないし、とりあえず蓮池に任せて俺達は1番近くにあった売店に並んだ。
プールサイドにある大きな時計は13時を指し、入場客もピークを迎えてどこの売店も大混雑だ。
雅臣「………」
梅生「………」
それにしてもさっきからあまりにも会話がない。
若干気まずくて何とか会話の糸口を探そうとするが、一条先輩との共通の話題なんて全く思いつかない。
最近の俺は誰とでもいい感じに話せていたつもりだが、良く考えれば柊か蓮池のどちらかがした話題に参加し色々と聞いてることの方が多い。
元来静かな者同士故に、俺と一条先輩の2人になれば必然的に静寂が生まれるのも仕方がないのか…?
心の中で焦りながら前を並ぶ人を眺めていると、
梅生「__蓮池から返信きた」
雅臣「あ、ほんとですか?」
梅生「藤城にって、ほら」
わざわざ俺宛に連絡だなんて柊に何かあったのかと一条先輩から差し出されたスマホを覗き込むと、
〝一条先輩、横にいる陰キャに伝えてください〟
〝焼きそば4 、特盛からポテ2、ラーメン3、チャーハン2、カレー2、フランクフルト10〟
〝飲み物は夕太くんのスプラウトと俺は黒烏龍茶、ご自慢のID支払いで立て替えとけ〟
〝一条先輩は持ってくるの大変だと思うので、遠慮せず全部陰キャに持たせてくださいね。お願いします〟
雅臣「……こ、こいつ……!!」
見れば柊の様子でもなんでもない、ただの俺宛の命令だった。
あの馬鹿……大体柊のスマホが壊れてるのをいい事に食べたいものを食べたいだけ送ってきやがって……!!
梅生「2回に分けてもいいけど面倒だから一気に頼むか……頑張ろうな」
ワナワナと震える俺を見て軽やかに笑って済ます一条先輩はあまりにも心が広すぎる。
このタイミングだからこそ先輩の優しさが身に染みて、この先輩にフードを持たせる訳にはいかないと謎に奮起する。
しかし蓮池の横暴すぎる注文には俺らの分が含まれてるわけもなく、メッセージで送られてきたものと俺らが食べたいものを合わせて1度で運ぶとなると腕がちぎれるんじゃないかとため息が出た。
梅生「あ、かき氷もチュロスもある」
少しずつ見えてきた看板を見てデザート類に目を輝かせどれにしようかと迷う先輩に、ふとあの芸能人の顔が思い浮かぶ。
雅臣「今日は好きな物食べていいですからね」
梅生「えっ?」
パチパチと目を何度も瞬きする一条先輩は今ひとつピンときていないようだ。
でも梓蘭世がいない今日こそは無礼講で是非好きな物を選んで欲しいという気持ちでいっぱいだった。
雅臣「いつも我慢させられてますし……」
梅生「もしかして、それ蘭世のこと?」
ようやく気がついたのか困ったように笑う一条先輩に、これではまるで俺が先輩の親友を悪く思ってるみたいではないかと少し焦る。
雅臣「わ、悪口じゃないですよ!?何と言うか…いつも先輩が甘いもの食べるとストップさせるイメージが強くて……」
梅生「大丈夫、悪口だなんて思ってないよ。でも何であんな止めがるたんだろうな」
焦りすぎて挙動不審になってる俺の背中を一条先輩は軽く叩くと不思議そうに首を傾げてみせた。
今までは俺もそれが疑問だったが、あのコメナでの1人スイーツパーティー状態を見たら身体に良くないと心配して止めたくなる気持ちも分からなくはなかった。
ただいくら一条先輩が無類の甘党とはいえ、後輩の俺でも色々心配になるレベルですとはさすがに直接言いづらい。
梅生「藤城は蓮池がめっちゃ食べてても止めないだろ?」
雅臣「いや……それはまぁ……」
あいつは割と何でもバランスよく食べる大食いで、しかも成長期ということもあって特に口出しする気も起きないのだ。
それに言ったところで盛大にキレられるだろうし、蓮池が俺の言うことを聞くはずもない。
どちらかといえば柊の方が蓮池を止める事の方が多く、それを見ると何故か食べさせてやれよという気持ちになってしまい現在に至るのだが……。
どう言えばいいのか考えあぐねていると、
梅生「そういえば藤城、蓮池と仲良くなったんだな」
後10分もすれば買えそうだと屋根に掲げられた看板を見ていた一条先輩が穏やかに告げる。
驚いて先輩の顔を見れば良かったなと暖かい眼差しを向け微笑んでいて、険悪だった俺達を気にかけてくれていたのが伝わった。
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今日で130話!✨✨
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夏休み編、まだまだ続きます!




