129.【意外な組み合わせ】
俺が引っ張るフラミンゴの浮き輪の上から蓮池は身を起こすと、太陽にあたって暑くなったのかそのまま水の中へと滑り込んだ。
大きな水飛沫が上がって蓮池は顔を出すと濡れた頭を振りながら、
楓「地区大会通って喜ぶのが意外っていうか?」
今度はフラミンゴの浮き輪に捕まって再び合唱部について話し出した。
楓「勝手に合唱部はめっちゃ強いんだと思ってました」
梅生「別に強豪校とかじゃないんだよ。実は去年から実質部長は三木先輩みたいなものでさ…部を纏めたり指揮取ったり」
その頃を懐かしむような目をして一条先輩は落ち着いた声で当時を振り返る。
梅生「練習も本当に効率良くて、そしたら地区大会に通って……」
流れるプールに揺られながら、合唱部は三木先輩の代になってから強くなったんだと理解した。
この言い分だと合唱部が地区大会に通ったのは去年が初めてなのだろう。
一条先輩は柊の浮き輪に捕まりながら流れるプールに揺られてとても気持ちが良さそうにしているがそれ以上は語らなかった。
横から柊がいたずらして俺に水をかけてくるのを躱しながら、肌を焼く眩しい太陽に桂樹先輩を重ねてしまう。
桂樹先輩は色んな意味で三木先輩を惜しんだに違いない。
あの時揉めた様子を見ていた俺にも何が原因で三木先輩が辞めたのかなんてずっと分からないままだ。
支柱となる人物を失ったからこそ、桂樹先輩は余計に練習に力を入れて燃えているのだろう。
………それにしても三木先輩は本当に凄い人だな。
いつも感じていたことだが皆を取り纏める力が圧倒的でとにかく言葉に力がある。
いくら実家が芸能関係とはいえあの人自身の元来の資質が余程優れているんだなと考えていると、
夕太「ふーん…じゃ、今年は大変だね」
と、柊が静かに呟いた。
言いたいことも少しは分かるが、俺はあの頼もしい桂樹先輩がいるんだからそんなに心配は要らないと思う。
柊は俺が避けるのが気に入らないのか器用に体を折り曲げるとスポンと浮き輪の穴から落ちて水に潜った。
しばらくしてからぷは、と水面から顔を出して俺に思い切り水をぶっかけてから再び浮き輪を椅子替わりに飛び乗る。
それに合わせて後ろから蓮池まで俺に水をかけてくるのでもう2人を怒るのも面倒くさくてそのまま好きにさせておいた。
夕太「え、じゃあ蘭世先輩って合唱部では歌ってた感じ?」
梅生「全員で歌う時だけ軽くね。まぁでも……」
柊の質問に言葉を濁す一条先輩を見て何となく話しずらい雰囲気を察知した俺は咄嗟に話題を変えようと前から聞いてみたかった事を口にした。
雅臣「ところで一条先輩と梓先輩っていつから仲が良いんですか?」
梅生「えっ、俺ら?」
一条先輩が俺を見てから考えるような顔をしたので上手い具合に話が逸れそうで良かったが、何だかんだでいつも合唱部の話になるとこうやって話が逸れてくんだよな。
結局いつまでたっても全員の辞めた理由が分からないままだが……またいずれ知る機会が訪れるだろう。
それに先輩達が合唱部を辞めたからこそSSCにいてくれて、こうやって遊びにも来れたわけだしな。
俺はサークルも学校もそして夏休みも、毎日が最高に楽しくてこの輝かしい日々を手放したくなかった。
梅生「中1からかな。俺が山王に入学して同じクラスだったんだよ」
楓「てか梓先輩って昔からあんな感じなんですか?」
続いて蓮池が先輩をフラミンゴの上に乗るよう勧めると、一条先輩はよいしょと乗り上がって浮き輪の真ん中に腰を沈めた。
俺が前方でフラミンゴの紐を持って蓮池が後ろを押しているが、一条先輩を乗せた山車を引くみたいで何となく楽しい。
梅生「そうだね、あんまり変わらないかも。意思があるというか……蘭世は好き嫌いがハッキリしてるんだよ」
フラミンゴの上で先輩は楽しそうにキョロキョロと周りを見渡しながらそう答えるが、蓮池の言いたいことはそういう意味じゃないのだろう。
梓蘭世のモラ気味な気質と一条先輩大好きムーブは昔からなのかが聞きたいのだと思うが、2年の2人を頭に思い浮かべるとやっぱり___。
雅臣「何か意外な組み合わせですね」
夕太「えー?そうかー?」
当たり障りのない思ったままのことを口にするが、それより柊のバタ足のせいで俺にめちゃくちゃ水が掛かってる。
どうもさっきから上目遣いの唇を突き出すカナリアみたいな顔をしているので絶対ふざけているのだろう。
少しうっとおしくて柊の足首を掴めば擽ったいのかもっと暴れ始めたので笑えてきて手を離した。
雅臣「いや、何ていうか梓先輩ってめっちゃ派手だから…って、何だよ」
俺の言葉に後ろから勿体つけて拍手をしてくる蓮池が気になってしょうがない。
振り向けば蓮池は鼻で笑いやれやれと肩を竦めた。
楓「梓蘭世はどう見ても1軍なのに一条先輩と仲良いのが不思議ってか?ほんと陰キャは失礼だな」
雅臣「なっ……!そんな事言ってないだろ!?」
振り返ればとんでもない見解をされて慌てて否定するが、蓮池はニヤリと笑い思い切り水を掛けてきた。
こ、この野郎……。
夕太「梅ちゃん先輩って普通に誰とでも話せるし行動力もあるし、蘭世先輩の友達にぴったりじゃん?」
楓「そういうこと。残念だったなぁ?大人しそうで自分と同類みたいに見てたかもしれんけど次元が違ぇんだよ」
雅臣「だからそんな事一言も言ってないだろ!?先輩違います俺そんなこと思ってないです!!」
少しだけ2人に見透かされたような感じがして焦り、慌てて否定するが一条先輩はフラミンゴの上から手ですくってそっと俺に水をかける。
大丈夫、と口パクで伝えてくれるこの優しさを2人は見習った方がいい。
本当に器が大きく心が広い先輩に感動していたのも一瞬で、
雅臣「大体蓮池お前っ……!?」
お前の方が失礼だろ、と俺が言い切るより先にいつのまにか傍に泳いできた蓮池に頭を掴まれたかと思うと思い切り水に沈められる。
今日は特に嫌がらせが多いな!?
仲良くなってきたからといってやりたい放題の行動にムカつくものはムカつくんだと水中から蓮池の腹を殴り手が緩んだ隙に顔を上げた。
楓「おい何すんだよクソ陰キャ!!」
雅臣「…っ、ぷはぁっ、こっちのセリフだよ馬鹿殺す気か!!」
一条先輩は俺達を見てまるで兄弟喧嘩を見守る親のように目を細めて楽しそうに笑っている。
笑い事ではないのだが、何となく恥ずかしくなって俺達の言い合いが収まると、
梅生「俺も思うよ。何で蘭世って俺と仲良くしてくれてるのかなー…とか」
今度は少し寂しげな表情を見せる一条先輩に心臓が跳ねる。
この少し儚げな放っておけない感はいつまで経っても慣れることはなく少し戸惑うが、柊が間髪入れずに答えを出した。
夕太「そりゃ梅ちゃん先輩が優しいからでしょ?梅ちゃん先輩は出会った時からいい意味で蘭世先輩を特別扱いしてなさそうだし……それが嬉しかったんじゃないの?」
梅生「……そうなのかなぁ?」
確かに柊の言う通りかもしれない。
梓蘭世が芸能界で活躍している有名人だということは直登組は慣れているかもしれないが、外部組はそれはもう物珍しく以前の俺のように見たのが容易に想像できる。
そんな中でもしこの人だけがそういう贔屓目なしに優しく普通に接したのなら、梓蘭世の懐きようも納得出来る。
それに一条先輩は普段から梓蘭世を特別扱いしない。
もちろん見慣れてるのもあるだろうけど、梓蘭世の隣にいても構えることなくいつだって自然体だ。
たまにこの人が梓蘭世をかっこいいと賞賛する時ですら嫌味な感じがなく、本気で言ってるのが分かるからこそ梓蘭世も何も言わないのだ。
一条先輩の傍にいると誰もが穏やかな気持ちになるように、あの壊れやすい硝子細工のような梓蘭世もきっと優しくなれるのだろう。
夕太「梅ちゃん先輩って蘭世先輩が子役やってたこと知ってたの?」
2人の関係を勝手に推測していると柊は一条先輩の目をじっと見つめる。
夕太「本当は?」
梅生「んー…」
本当は……と少し目を逸らした先輩は、突然フラミンゴから降りると柊の乗る浮き輪を両手で掴んで思い切りひっくり返した。
夕太「え!?うわ……!!!」
周りに大きな水飛沫が飛び散って驚いて水に沈む柊の脇を両手で掴んで抱き上げると、一条先輩は弾けるように声を上げて笑った。
梅生「ごめんごめん!本当は1度ひっくり返してみたかったんだよね」
その言葉を聞きながら俺らは3人とも呆然としてしまう。
そして初めて見る一条先輩の眩しい笑顔にこんな一面もあるんだとほんの少しだけ見とれてしまった。
夕太「ち、違うよ!そう言う本当じゃなくて……!」
梅生「そろそろあっちの波のプール行こうよ」
夕太「もー!梅ちゃん先輩待って!!」
一条先輩はプールからひょいと上がるとしゃがんで柊に手を差し出す。
その手を柊が掴むと一条先輩はパッとまた離して柊を水の中へ落としてしまった。
夕太 「___もっ、もー!!」
柊は怒ってプールサイドへ這い上がると先を行く一条先輩の背中を追いかけていく。
意外とおちゃめなところがあるんだと俺と蓮池は何となく顔を見合わせるが、プールにとり残されてふと気がついた。
もしかしてこのでかい浮き輪運びは今日1日俺らの役目なのか?
蓮池がやるわけないので俺がやるかと諦めてプールを上がろうとすると、
梅生「2人とも浮き輪置いてこいよ!あれ乗ろう!」
楓「げ!正気ですか……」
振り返った一条先輩が指を差していたのは柊が後から乗ろうと言っていたあの巨大なスライダーだった。
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