127.【水着に着替えたら】
バスはロータリーに到着して車窓の外を見ればアウトレットとプールに入る客でかなり混雑していた。
長島スーパーランドは温泉、プール、遊園地にアウトレットまである広大なレジャー施設で夏休みの家族連れでいっぱいだ。
もちろん俺達みたいな学生やカップルも多く、普段は隣接された遊園地が人気らしいが真夏はプールの利用客が圧倒的だと席を立ちながら柊に教えて貰う。
夕太「やっと着いたー!」
シャトルバスから順に降りると最後の柊がドアステップからぴょんと飛び降りた。
雲ひとつない快晴の青空の下、目の前に〝ナガシマスーパーランド〟と書かれた海水プールの看板が見えるだけで俺の気分が上がりまくる。
楓「うわ凄い人」
雅臣「夏休みだもんな…」
こうやって夏休みに友達や先輩と遊びに来たことがない俺は入場客の多さにまず圧倒された。
トップシーズンということもあり西ゲート入口とチケット売り場は共に長蛇の列で、中に入るだけでも30分以上かかりそうだ。
ここには照りつける日差しを遮るものがほとんどなく、先程乗っていたバスの冷房がもう恋しくなるくらい暑い。
額が汗ばむのを感じながら早く冷たい水の中に入りたいと周りを見ていると、
夕太「あれ?梅ちゃん先輩は?」
柊の声で一条先輩がいないことに気がついた。
皆で固まっていたはずなのにと辺りを見渡せば入場口付近でスタッフらしき人に話かける先輩の姿があった。
しばらくして一条先輩が俺達を手招くので小走りで向かうと、
梅生「三木先輩のくれたこのチケット、並ばなくていいんだって。ここから通してくれるってさ」
その言葉を合図にスタッフが笑顔でどうぞとレーンを1つ開けてくれた。
なるほど、三木先輩がくれたものは関係者用の招待券だったのかもしれない。
それぞれチケットをスタッフに渡してスタンプを押してもらうと俺達だけ優先的に入れてしまい、少しだけ優越感に浸る。
楓「おー…要領いいですね」
梅生「蘭世の受け売りなんだけどね、ほら行こう」
片眉を上げ感心した様子の蓮池に、さすが先輩なだけあるなと先頭を歩く一条先輩の背中がとても頼もしく見えた。
後で三木先輩にお礼の連絡を入れようと思いながら並んで歩くと、男女別の更衣室とロッカーの入口が見えてくる。
中に入るとその数の多さに驚くが、パッと見既に使用中のロッカーばかりで空いた場所を探すのに苦労しそうだ。
1番に靴を脱いで空いてるロッカーを探し始める柊にはぐれないよう俺も一緒に探すと中段に並びの空きを見つけた。
雅臣「柊!ここ1.2…4つ空いてるぞ」
夕太「ナイス、そこにしよう!」
取って取って、と急かされ慌ててロッカーを抑えようとするがリターン式で小銭が必要だと気づく。
うわ、しまったな...…小銭なんて持ってきたか?
財布を出して探ろうとすると、蓮池はニヤニヤ笑いながら俺の目の高さに自分のコインケースを見せつけてくる。
楓「ご自慢のIDが使えなくて残念だなぁ」
嫌味たらしいと思いながらも使い込まれた革の具合にさすが良い物を使っているとつい目がいってしまうが、
梅生「藤城、小銭ないなら俺が貸すよ」
雅臣「えっ、すみません……」
一条先輩が100円玉を自分の財布の中から数えてくれる。
申し訳ない気持ちと同時に、一条先輩のごく普通の財布を見て大分蓮池に感化されている事に気がついた。
蓮池だけでなく柊もナチュラルに高価な物を持っているせいで一般常識がおかしくなりそうだが、俺も親父のお下がりだのなんだの買っているので余計なことは言えないと口を噤む。
楓「いちいち先輩の手煩わせんなよ」
蓮池はそう言うとケースから素早く400円を取り出し俺に押し付けた。
靴の脱ぎ方といい強烈な中身と違って意外と礼儀正しいんだよなと思いながら有難く受け取ってお礼を言おうとすると、
楓「利子つけて返せよトゴな」
クソみたいな一言でせっかく見直した俺の気持ちは台無しになった。
雅臣「はぁ!?これリターン式だろ!」
楓「貸してやってんだから、わざわざ、この俺が、お前に」
一言ずつ強調して当たり前だろと呆れる蓮池に俺が呆れてしまうが、よく考えればこいつが俺に貸してくれるようになったことが奇跡だ。
雅臣「…それもそうだな。ありがとう、後できっちり返すよ」
蓮池の中で俺のランクが少しレベルアップしたのかもしれないと考えれば気分も良くなり素直にお礼を伝えた。
夕太「馬鹿だな雅臣そんなん真に受けんなよ。でんちゃんもふざけてないで早く荷物入れて更衣室行こう!」
梅生「あ、柊!走るなって!」
張り切ってお先にと走って行ってしまう柊を一条先輩が保護者の如く慌てて追いかける。
先輩は俺達を振り返ると、
梅生「2人とも着替え終わったら荷物閉まってさっき靴脱いだとこ集合な!柊!待てって!」
よく通る声で俺達にそう言い残し走って柊を追いかけて行ったが、お目付け役がいて本当に良かった。
柊にそのつもりはないだろうがあの様子だと迷子になりかねない。
それにしても一条先輩は静かで大人しい人だと思っていたが、何かすごく頼りになるというか先輩らしいというか……。
楓「一条先輩って1番先輩なんだよな」
雅臣「同感だ……っ!?」
蓮池は手早く荷物を詰め込むと、すれ違い様ついでと言わんばかりに俺に膝カックンして嘲笑う。
雅臣「おい!!」
思わず前のめりにコケそうになるが蓮池はべ、と舌を出し更衣室に向かった。
クソ……あいつの中の俺のランクはまだ絶賛最底辺をキープ中かよ……。
俺の見込みが甘く何ら変わりはないと確信して、項垂れながら俺もロッカーの鍵を閉めた。
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雅臣「あ」
更衣室で手早く着替えて一応持ってきた日焼け止めを塗ろうとするが、背中には手が届かないことに気がつく。
たまには健康的に焼けるのもいいかと顔と見える部分だけに塗って、塗れない箇所は後で柊に頼んでみよう。
膝下にも塗りながら真新しい自分の水着を眺めて、サイズもちょうど良く無難な黒にして良かったと思う。
ネットで買った俺の水着はコットンジャージー素材の裾が切りっぱなしになっているもので、これから何度か使うかもしれないとシンプルで質のいい物を選んで正解だった。
着替えを再びロッカーにしまい直しスマホを片手に一条先輩に言われた通りの場所へ行くが、子連れが多くて混雑するこの脱ぎ場で見つけられるか不安になってきた。
連絡入れるかとスマホを開くと同時に後ろから肩を叩かれる。
梅生「見つけた」
振り向けば一条先輩がいて、優しい微笑みに俺も保護者を見つけたような気持ちになる。
夕太「雅臣見てよ俺の水着!どうよ!!」
その横にいた柊は1回転して新しく買った水着を見せてくれた。
昨日は一時期調子が悪そうで心配したが、朝からずっと絶好調の柊を見て俺も楽しくなる。
腰に手を当て自慢げに尻をフリフリする柊の水着はどこで買ったのか分からないが華やかなハワイアン柄だ。
ベージュのナイロン生地にサーフボードや赤みの強いコーラルのハイビスカスが描かれていて、焼きたくないのか赤いTシャツの上に白いラッシュガードを羽織っている。
対する一条先輩の水着は無地の濃紺でシンプルなもので、普段あんなに甘い物を摂取しているとは思えない程上半身は絞られていた。
ただ露出部分が多いだけに色白さが際立って最早白の印象しかなく、こんなに白いと焼けたら大変なことになりそうだと眺めると一条先輩の首にぶら下げられた透明のケースが目に入る。
雅臣「一条先輩それ…」
梅生「あ、これ?防水ケース、現金とスマホだけ入れとけって蘭世がこの間くれたんだ」
先輩の答えに一瞬遠い目になったがさすが梓蘭世だ。
自分はここに来ないというのに何という彼氏ムーブ…でもよく考えたらそういうのがないと不便だよな。
柊に蓮池との写真を撮ってやると約束した手前、スマホはロッカーにしまわずに持ってきたが防水ケースなんて便利な物があるとは知らなかった。
それがあればどこでも撮影できたのにともっとリサーチしてから来れば良かったと少し落ち込みそうになる。
プールサイドで撮るしかないかと諦めたかけたその瞬間、ふと外に浮き輪やビーサンが売ってる売店が目に入った。
……あそこなら防水ケースも置いてあるんじゃないか?
足を伸ばそうか躊躇していると一条先輩にひょいとスマホを奪われた。
梅生「俺のとこ入れといてあげる。買うの勿体ないよ」
雅臣「本当ですか?でも俺写真撮りたくて……」
梅生「大丈夫。言ってくれればスマホ渡すし、全部俺が撮って送ってもいいし」
雅臣「ありがとうございます!」
どういたしましてと微笑む一条先輩に改めて本当に優しいと感じた。
この人はいつも真綿で包むように優しくて、それは穏やかに人の心へ浸透していく。
今にも何処かへ走り出しかねない柊のラッシュの首元を捕まえながら、一緒にいて居心地の良い一条先輩を梓蘭世が傍に置いて離したくない気持ちが分かる気がした。
パッと首根っこを掴む手を離すと早速準備運動を始める柊だがよく見れば何も持っていない。
雅臣「柊はスマホどうした?」
夕太「でんちゃんの防水ケースにさっきぶち込んどいた」
雅臣「ならいいか……って、蓮池遅くないか?あいつ迷ってるのかな」
心配する俺とは裏腹に柊は何故か困り眉をして口をへの字にした。
夕太「大丈夫、どうせすぐ見つかるよ」
とりあえず幼馴染の言葉を信用して、ここでは邪魔になるからと靴脱ぎ場を一旦出て外で待つことにした。
待っている間に俺達も準備運動をしようと肩を回した瞬間、
楓「お待たせ」
雅臣「遅かっ……た、な、」
蓮池の声が聞こえて振り返ると衝撃のスタイルにあんぐり口を開けてしまった。
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