126.【バスでの会話】
蓮池と隣同士で座るべきかを本気で悩む俺とは違い、
梅生「俺らの席はそこまで狭くないね」
夕太「うん!梅ちゃん先輩と俺はぴったり!蘭世先輩くらいの細さなら間に座れる余裕有り!」
横からピースで笑顔の2人にそりゃお前らは小柄だから良いだろうよとため息をついた。
楓「はよ奥行けや」
雅臣「あ、おい!」
戸惑う俺を見てイラッときたのか、蓮池は体当たりして無理やり座席の奥に俺を追いやると仕方がなさそうに腰を下ろした。
渋々俺も諦めて座るが、180cm近い男が2人並ぶだけでも狭いというのに人の迷惑を顧みず蓮池は思い切り足を広げてやがる。
昨日はそんなでもなかったのに今日はいつもの数倍殺気立ってるように思えて、腹は満たされてる筈なのにここまで苛立つ理由が1mmも理解できなかった。
前を向きながら猫のような気まぐれさに振り回されたくないとこっそりため息をついてると、
夕太「でんちゃん、電車にいるデリカシーないおじさんみたいだよ」
限界まで足を広げる蓮池を見て柊が真顔で言うのでつい吹き出してしまう。
しかしそれが気に入らなかったのか蓮池はサンダル履きの足で俺のつま先を踏みつけた。
雅臣 「___!?」
楓「あーらら、俺の足が長いばっかりに……」
雅臣「ば、馬鹿言うなよ!?もっと閉じろって!」
さっそく煽りモード全開の蓮池に前途多難だが、無情にもバスは長島に向けて出発した。
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夕太「梅ちゃん先輩はい、あーん」
梅生「自分で食べれるよ」
柊は一条先輩の口元までポッキーを持っていくが、先輩はそっと微笑みありがとうと受け取った。
釣れないなぁと柊は頬を膨らますが、横の2人はバスに乗ってからずっとこの調子でお菓子を食べ続けていて見てるだけで気持ちが悪くなりそうだ。
そんなに食べて酔わないのだろうかと目を細めるが、ふと隣の蓮池が珍しく嫌味も言わずに大人しくしていることに気がつく。
静かな様子に目をやれば蓮池は永遠とスマホでハイブランドを見漁っていて、夏だというのにもう次のシーズンのものを真剣に見定めている。
毛皮のコートらしきものを何個かカートに入れた時点でどんどん跳ね上がる金額に見なければ良かったと顔を背けた。
いや、それにしてもこの面子でプールに行くなんてよく考えたら不思議だよな……。
しみじみしながら窓から見える景色を眺めているとバスは名古屋都心環状線の高速道路に入っていく。
夕太「あ!!忘れてた!!」
普段は電車ばかりなので物珍しく車窓の外の名古屋の街並みを目で追いかけていると、突然通路を挟んで座る柊が声を上げてプールバッグを漁り出す。
もしかして何か忘れたのか?
もう取りに戻れないぞと俺まで少し不安になってきたが、
夕太「雅臣、はいこれ!!」
柊は通路に身を乗り出し俺に向かってどうぞと黒い小さなぬいぐるみを手渡した。
雅臣「……何だこの子は?」
受け取れば真顔のトラなのか何か分からない10cmくらいのマスコットでとても可愛らしい。
夕太「でんちゃんも!ちょっと鞄貸して」
楓「はぁ?何で」
夕太「いいから!」
一体何だと顔を上げる蓮池は足元に置いていた自分のカゴバッグを投げるが、キャッチした柊は何かを結びつけている。
梅生「それとび森?藤城のはクロヒョウだね」
夕太「そう!昨日渡すって言ってたやつ!」
できた、と満足気に柊は顔を上げてもう1度蓮池に投げて返す。
蓮池の鞄には丸々と太ったネコのマスコットがぶら下がっていた。
楓「何でとび森なのさ…あ、夕太くんゲーセン行ったの?」
夕太「正解!それ2人に似てたから取ったんだ!特に雅臣はうーん…ありがとう的な?」
このふてぶてしいクロヒョウに俺が似てるのかと握りしめるが、周りからこう見えているなら普段から笑顔を意識しないとと口角を出来る限り上げてお礼を言う。
雅臣「ありがとな。でも俺は何も……ていうか柊のは?」
夕太「え?俺のはないよ」
あっけらかんと笑っているが、聞けば俺と蓮池のマスコットを取るのに熱くなって自分の分は取れなかったらしい。
柊は意外と負けず嫌いなとこもあるしかなりの金額を使った気がして、UFOキャッチャーに熱中する様子も容易に想像ついた。
雅臣「じゃあ今度は柊の分も一緒に取りに行こうな」
夕太「行く!それなら先輩達の分も取ろうよ!」
すごく楽しそうな柊を見て、また俺も楽しみが増えて嬉しくなった。
ゲームセンターどころかUFOキャッチャーもやった事がないから上手く出来るだろうかと考えていると、
楓「陰キャはUFOキャッチャーなんかした事ないだろうに随分強気だね、あーそうか親金使って散財するつもり?新手の嫌がらせかぁ」
横で蓮池が自分のカバンについたマスコットを潰しながら散々な言い方をするので俺の頭でゴングが鳴った。
雅臣「お前な……!」
梅生「蓮池はマヌルネコに似てるって言われたのが納得いってないんだろ?俺は好きだけどなぁマヌルネコ」
しかし一触即発の空気を察知した一条先輩がとび森のキャラクターについて話し出したので、俺も蓮池もすぐに気が逸れた。
一条先輩の穏やかな口調って何か毒気が抜けるんだよな……。
空気清浄機のマイナスイオンみたいな存在だと眉の下がった優しい表情に救われた。
夕太「梅ちゃん先輩もとび森知ってるの?」
梅生「一時期スマホ版でも出てたから蘭世とやってたんだよ」
楓「へーあの人とび森なんかやるんだ」
先輩達もやるくらいなら相当楽しいんだろう。
柊から受け取ったマスコットを俺もカバンに括り付けながら昨日スマホにダウンロードしたのを思い出し早くプレイがしたくなる。
梅生「蘭世はゲーム全般好きだからね、スマシスとかマリゴーとか…あ、UFOキャッチャーもめっちゃ上手いよ」
夕太「え!そうなの!?」
梅生「蘭世取るの上手いんだけど、取るまでが好きなだけでぬいぐるみには興味無いんだよね」
苦笑する一条先輩だが、俺達1年3人は何となく顔を見合せた。
一条先輩が困り眉の顔をする時は梓蘭世に思うことがある時で、今がまさにその顔だ。
楓「ちなみに今まで取ったぬいぐるみってどうしたんですか?」
梅生「あー…全部俺にくれたり?」
夕太「え、梅ちゃん先輩ぬいぐるみ好きなの?」
先輩がいつも使っている通学鞄にはネズミーランドのキャラクターストラップが1つぶら下がってるだけだったよな?
無類の甘党で意外と男らしい所もある先輩がぬいぐるみが好きな印象は全くないし、実はってやつかと見つめると、
梅生「可愛いなとは思うけど…正直そんなにいらないじゃん?まぁいらないって言うと蘭世が怒るから結局俺が持って帰るんだけどさ」
………。
一条先輩の答えに3人とも眉根を寄せて無言になってしまった。
楓「……モラじゃん」
雅臣「……だな」
梓蘭世モラハラ説が濃厚になってきてしまい目を瞑る。
梅生「モラではないけど……うーん」
夕太「梅ちゃん先輩がぬいぐるみ好きだと思ってんのかな」
梅生「嫌いではないんだけどね。たくさんあるとあれだし…今度蘭世に取ってもらうなら柊全部貰いなよ」
そんなに取れるというのなら確かに梓蘭世はUFOキャッチャーが得意なのだろう。
だが、一条先輩は多分勘違いしてる。
梓蘭世はクレーンゲームのスリリングさが好きとかではなく、UFOキャッチャーをしている隣でこの優しい一条先輩が褒めてくれるのが大好きなだけだろう。
小声で三木先輩よりモラだと呟く蓮池に心で激しく同意した。
しばらくしてバスは高速道路を下り平坦な道を進む。
のどかな風景に、随分田舎な場所にレジャー施設を作ったんだなと外を眺めていると、
夕太「あ!!あれ!!」
柊が大きな声で窓の外を指差した。
その声にバス内全員の視線が何となくその方向を向いてしまう。
遠目に恐ろしく高いジェットコースターが見えてきて、あれが長島スーパーランドかとテンションが上がってきた。
プールで楽しむ気満々だったが三木先輩に貰ったチケットは遊園地も無料なんだよな。
はるか昔に親父と乗ったメリーゴーランドや観覧車くらいしか思い出のない俺は期待に胸を膨らませる。
夕太「夕方くらいまではプール入ってその後は遊園地、夜は花火見て最終のシャトルバスで帰ろう!」
楓「三木先輩がくれたチケットはどっちも行き来できるんでしたっけ?」
梅生「そうみたいだよ、ほら」
一条先輩が三木先輩から預かっておいてくれたチケットを先に渡しておくと1人1人に手渡してくれた。
〝遊園地・プール無料券〟と日付が書かれたチケットを見て、ボッチだったこの俺が初めて学校の友達や先輩と一緒に遊びに出かけている喜びを噛み締める。
夕太「よっしゃ!夏休みの思い出第1弾!」
今日はまだ始まったばかり。
もっと楽しい日になることを願いながら、ハイテンションの柊を横目に俺も微笑んだ。
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