125.【金時計】
楓「遅い」
夕太「でんちゃんが早いんだよ」
改札を出て2人のやり取りを聞きながらゲートウォークG9番出口の階段を上ると、まず右手に大きなエスカレーターが見えた。
地下の人波も凄かったがまだ夏休みも始まったばかりだというのに地上もごった返していて、左手のタクシー乗り場はキャリーを持った旅行客で恐ろしく混雑している。
夕太「金時計こっちだよ」
はぐれないよう前を歩く2人についていくと、引っ越してきた当初は特に気にすることのなかった金時計が見えてきた。
桜通口から直ぐの中央コンコースに立つ金時計は名古屋駅定番の待ち合わせスポットらしいが、俺達と同じくスマホを片手に人を探す学生だらけだ。
楓「一条先輩どこ待ち派だろう」
夕太「金時計正面とか?」
……金時計正面?
この時計は4方向どこからも正面と取れるよなと首を傾げる。
金時計下でしばらく待っても一条先輩は見つからず、名古屋人は何故この人波に飲まれる分かりづらい場所を目印とするのか理解できなかった。
一条先輩らしき人をキョロキョロ探していると連絡がついたのか柊がスマホを眼前に突き出してくる。
夕太「もう着いてるって!」
雅臣「金時計前のエスカレーターの壁沿いにいるって言うか?」
楓「エスカレーター横は左か右かで揉めんだよ」
JRゲートタワーへ向かうエスカレーターは4本あって確かにその左右の壁にもたれて待つ人が多くて分かりづらい。
来る方向によっては一条先輩が左右逆に捉えてしまうし、もっと分かりやすい場所はないかと辺りを見渡すと目の前の高島屋に気がついた。
雅臣「あー…あそこの入口なら__」
夕太「高島屋の前もどっちかで揉めんの」
柊がデパートの入口は金時計を挟んで両方あると親指を横に向けた。
そっくり同じような入口がコンコースの両サイドにあるのを見て、どうして区別がつくようにしておかないんだと造りを疑ってしまう。
ここにきてようやく金時計の待ち合わせは人それぞれと言う意味を理解したが最早待ち合わせの場所に向いてないのではとすら思えてくる。
一条先輩を見つけるだけでこんなに苦戦するとは思わず、もし俺1人なら難易度が高すぎて確実に迷子になるところだった。
柊が一緒に行こうと誘ってくれて助かったと思った瞬間、
〝上見て〟
チャットの文字と通知音に気づいてスマホを片手に一条先輩を探していた俺達は同時に上を見上げる。
上なんて金時計の文字盤しか見えないぞと首を傾げると、
夕太「あー!!いた!!」
柊の大声に振り返れば、小さく手を振りエスカレーターを降りてくる一条先輩の姿が見えた。
梅生「おはよう」
そう微笑む一条先輩は相変わらず透き通るような白さで、POROのマークの襟付きシャツと濃紺のジーンズという実に学生らしいファッションだ。
この服装を知っていたらあんな事にはならなかったとBALENTIAGAのパーカーを着た一条先輩を尾行した日を思い出しつい笑いそうになる。
楓「一条先輩エスカレーター上で待つ派なんですね」
梅生「色んな人が見れて面白いからね。それに蘭世と待ち合わせする時も上から一発で見つけられる」
楽しそうな一条先輩を見て柊が一条先輩の手を取り歩き出す。
夕太「無事合流できたし、早速向かおー!!」
バス乗り場に向かうと言うので俺と蓮池は並んでその後をついて行った。
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雅臣「今日って電車じゃないんですか?」
梅生「言い忘れてたね、長島まではシャトルバスなんだ」
バスに乗れば乗り換え無しで着くと一条先輩に教えて貰いながら前を歩く2人に着いていく。
今自分がどこを歩いてるのかさっぱり分からないが、名古屋駅の地下街を抜けて階段を上がると地上に出た。
まだ朝だと言うのに日差しが強くて今日は絶好のプール日和だ。
日中は38℃を超えるらしくアスファルトが熔けそうだと交通量の多い名古屋の道路を眺める。
雅臣「……な、何だこれ?」
少し人混みの中を歩くと巨大な浴衣を着た人形が見えてきて思わず呟いてしまう。
梅生「ナナちゃん人形だよ、知らない?」
ナナちゃん人形……?
一条先輩が笑顔で名前を教えてくれるが、俺が聞きたいのはこれがランドマークか何かなのかということで……。
楓「名鉄百貨店のシンボルじゃなかった?」
夕太「ナナちゃんはナナちゃんだよ…あ!バス乗り場ここ上がったとこだ」
見慣れているからか興味が無さそうな柊と蓮池はそんなんどうでもいいと人形の右横にあるエスカレーターに乗ってしまう。
上を見れば〝名鉄バスセンター〟と案内があってこんな所からバスに乗るのかと3人の後に着いていく。
チケットを買って長島行きのバスを待つ間、乗り場がビルの中だから多少蒸し暑くても日陰なのは有難いよな。
夕太「いやー今日晴れて良かったよな!」
楓「確かに。ま、俺がいるから当たり前だけど」
蓮池は得意げな顔をしているが俺は今日が楽しみすぎて天気を少しも疑ってもいなかった。
恥ずかしくてそんなことはとても言えずに黙っていると、一条先輩が今日の晴れ具合に楽しそうに笑う。
梅生「蓮池晴れ男?」
夕太「信じられないくらい晴れ男!運動会とかも全部晴れにしてきたんですよ」
何故か蓮池の代わりに柊が答えているが、運動会が全部晴れって中々凄いな。
意地の悪さ的に雨男のほうが似合いなのに意外だなとつい隣に立つ蓮池を眺めてしまう。
梅生「あ、そうか運動会って外でやってたんだ」
楓「山王は違うんですか?」
梅生「山王は県体使うんだよ」
一条先輩がふと思い出したように呟き蓮池の質問に答えてくれるが、県体という聞きなれない言葉に柊が愛知県体育館の事だよと補足してくれる。
……ということは俺達もその県体を使うんだよな?
楓「あー、だから体育祭ギリ暑い9月なんだ」
夕太「室内に男ばっか……むさ苦しいね……」
想像して遠い目をしている柊に苦笑していると、俺達の乗るバスが到着した。
祝日で海の日、そして天気も相俟って俺達の後ろには多くの人が並んでいて列が連なる。
柊、一条先輩、俺、蓮池の順にバスに乗り込むと1番先に乗った柊が後方並びで4席取ってくれていた。
さすが素早いなと感心するが、俺は通路を挟んでどちらに座ろうか……。
夕太「俺、梅ちゃん先輩と隣ー」
すると柊は一条先輩の腕を引いて窓際に押し込むと、サッと並んで座ってしまった。
……いやいやいや、待て待て、待ってくれ。
楓「ちょっと夕太くんこれと俺が座るの?キツいんだけど」
雅臣「いや俺だって狭___」
楓「俺が言ってるのはそういうキツいじゃねぇよ」
雅臣「はぁ!?」
背後の蓮池に思わず腹が立って反論しようとするが、その後ろから聞こえる咳払いで乗り込むのを止めてしまっていた事に気がつく。
___か、勘弁してくれよ、俺も一条先輩がいい!
『本日は大変混雑が予想されます。奥から順に速やかにお詰めください』
道中平穏な時間は奪われたも同然だとゴネたいのは山々だが、バスの運転手のアナウンスを聞き仕方なく進む。
小一時間の距離とはいえ確実に1回は言い合いをする覚悟を決めると後ろから早速蓮池の舌打ちが聞こえた。
…………し、舌打ちしたいのはこっちだ!!
一瞬冷静さを失い欠けるが楽しいプールを前に苛立つのも良くないと深呼吸した。
蓮池のことが嫌いなわけではないが、こいつの煽りに耐えきれず会話の途中で言い合いになることが夏休み前から多々あるのだ。
しかもこんなに狭い空間となれば穏やかな時間はとても過ごせそうにないと諦めの境地に至った。
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