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121.【バニラと抹茶とストロベリー】




夕太「俺の強さを見せてやる」



飯が食い終わったタイミングで柊が風呂に入る順番をジャンケンで決めようと言い出した。


右腕をブンブン回す柊は異様なほどジャンケンに自信があるようで、実際してみれば結果は柊の1人勝ちだった。



雅臣「えっ」


夕太「しゃおらぁ!!!」



柊は1番風呂がいいと皿も片付けずに走って風呂場まで直行してしまったので、残された蓮池と俺は仕方なく食器をキッチンまで運んだ。



雅臣「蓮池、これ手洗いするぞ」



聞けば古伊万里の皿と聞いてそんなものをカレー皿に使うなと怒鳴りたくなるのを堪えて丁寧に洗う。


蓮池はグラス類を食洗機に入れていると、



楓「夕太くんってああいうとこあるよね」



と思い出したかのように笑って呟いた。



雅臣「ジャンケンなんて運なのにな」


楓「ま、言ってろよ」



蓮池の意味深な言い方に首を傾げるも、黙って手渡された布巾で皿を丁寧に拭く。


皿を食器棚に戻した蓮池は食洗機のスイッチを入れると、器用にも冷蔵庫の下の段を足で開けてみせた。



雅臣「お前行儀が……足で開けるなよ」


楓「母親気取りかよ」



鼻で笑われそのまま足で冷蔵庫内を指すから何だと覗き込めば大量のアイスが入っていた。


しかも見事にバニラだけが綺麗に冷凍庫いっぱいに詰められていて、



雅臣「……バニラばっかだな」


楓「バニラが1番美味いんだよ文句あんなら食うな」



思わず呟くと蓮池は自分の分のアイスだけ取り出し扉を閉めようとするので慌てて選ぶ。


まあどれもバニラばかりなのだがよく見ればメーカーが違うので、俺の好きなDandy Bordenのアイスを1つ取るとその下にストロベリーが見える。


ストロベリーがあるならと取ろうとした瞬間、蓮池は俺の手を足の甲で器用に撥ねのけた。



楓「それ夕太くんのだから」



そう言われて大人しくバニラアイスを手に取ると蓮池はまた足で雑に冷蔵庫の扉を閉める。


その手には2本スプーンが握られていて、



雅臣「あ、おい___」



そのまま無視してふらりと歩く蓮池に俺は大人しく着いて行った。






____________


__________________






後を着いて先程の部屋に戻ると蓮池は庭に面した大窓を開けて縁側に座る。


これは俺も横に座っていいのか……?



雅臣「うぉ!!」



隣に腰を下ろしていいものか伺っていると、蓮池は自分のスプーンを口に突っ込んだまま俺にスプーンを投げて寄越す。


そのままアイスの蓋を開ける蓮池を見て、そもそも俺がここまで着いてきても文句1つ言わないから隣に座ってもいいだろうと腰掛けた。



楓「……早く食えよ溶けるだろ」


雅臣「はいはい」



多分蓮池は1番美味しいタイミングで食べて欲しくていつもこうやって急かすのだろう。


これを柊が聞いたらまたデブだのなんだの言うんだろうなと思いながら俺も蓋を取って開けた。


日本庭園は夜になると仄かにライトアップされてここが都会の住宅街とは思えない風情を生み出している。


石灯籠に灯りがひとつひとつぼんやりと点り、こんな風に2人きりになるのはあの日以来だと穏やかな気持ちで眺めた。


肌には蒸すほどの熱気を感じるのに背後でエアコンの冷気が流れるせいか身体があまり暑く感じない。


1口食べると口の中で溶けるアイスは絶妙に甘くて、横を見ればスプーンを銜えた蓮池が庭先に置かれた下駄を履いてカランコロンと音を立てた。


特にアイスなんて興味が無かったが、蓮池が見舞いに持ってきてくれたあの日から買い物に行く度に何となくアイスコーナーを見るようになった。



雅臣「そうだ蓮池、あの時のアイス俺ん家にまだあるんだ」


楓「はぁ?はよ食えやそんな量なかったろ」



呆れ顔で俺を見る蓮池に笑って流した。


取ってある理由を言えばどうせまた鳥肌が立つだのなんだの言われるだけだから、本当のことは言わない。


持ってきてくれた本人にもあの時の思い出を壊されたくなかった。



雅臣「アイスなんてほとんど食べてこなかったんだけど美味いなって気づいて……」



俺は前々から思っていたことを意を決して言ってみることにする。



雅臣「その、……色んな味のアイス買ったからまた俺の家来たら食っていいぞ」


楓「相変わらずどこポジだよ」



早く食べ終えてしまった蓮池は縁側に容器を置いて立ち上がって伸びをする。



楓「俺バニラしか食わないから、それに夕太くんもストロベリーしか食わねぇよ」



…………。



……………ん?


俺の横に置いてある蚊遣に入った菊花線香にマッチで火をつけながらニヤと笑う蓮池に、一瞬来てくれるのかと嬉しくなるが柊の好きなアイスの方が気に止まった。



楓「夕太くんはストロベリーが1番好きなんだから」



知らないだろと嘲笑う蓮池に、俺はなんと言えば分からず乾いた笑い声が出た。



だって柊は今日俺の家で抹茶が好きって……。



……………。



……いや、抹茶()好きなのかもしれない。


蓮池は腹が満たされたのか珍しくご機嫌な様子で、庭の飛び石の上を歩くと傍にある景石に座ってこちらを見る。


その目に自分だけが幼馴染みの好みを知ってる優越感が見えて、俺は余計なことが言えなかった。



楓「子供ん時俺がストロベリー勝手に食べたら夕太くん怒っちゃってさ」



思い出すように笑う蓮池に、俺にもその頃の柊が容易に想像がついて笑ってしまった。


部長になれなくて拗ねて怒るあの感じで、きっと小さな頃の柊も頬を膨らまして怒っていたのだろう。



雅臣「生徒会の前で怒ってたみたいに?」


楓「そう、……昔から全然変わんないの」



どこか遠い目をした蓮池は、ふと隅にある日本庭園に相応しくない大きな切り株を見つめる。


そこだけ景観を台無しにする切り株はこの家に違和感をもたらしている。


何であんなところにと眺めるが、それよりも目の前の蓮池が物言いたげな顔をしていてまた色々溜め込んでるのではないかと心配になった。


末っ子全開でわがまま放題な柊は明るくて元気でとても良い奴ではあるけれど、さっき見た鳥のように話が少し通じなかったりずっと近くにいると疲れることもあるのだろう。


見舞いに来てくれた時のように、俺にだからこそ蓮池が愚痴を言えることがあるかもしれない。


柊のいない今ならと声をかけようとすると蓮池の方が先に口を開いた。




楓「次の日ストロベリー買っといたら許してくれて…それからずっと常備してんの、夕太くん喜ぶから」




______!?




は、蓮池が笑った。



もちろん蓮池の笑うところくらい見た事はあるが、こんなに穏やかに優しく微笑むなんて初めてだ。


怒りも何もない素直な顔に俺は口に入れたアイスと一緒に言いたいことを飲み込んだ。



………それは。



それは本当に、今も柊が思っていることなのだろうか?



雅臣「…今は抹茶とかも食べるんじゃないか?」



さりげなく柊が好きだと言った抹茶を勧めてみると、蓮池はやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。



楓「お前は付き合いが浅いから仕方ないか。夕太くんは抹茶なんか苦くて食わないよ」



蓮池は切り株を見つめたままそう言うが、ぼんやりとした眼差しはそれ以外の何か別のものを見てるようにも思える。


その目に本当は何が映っていて何を考えているのかなんて分からない。


でも1つ分かることは、蓮池は今の柊ではなくずっと子供の頃の柊を見ているということ。


さっき見た写真立ての幼い2人が脳裏に浮かび、いつまで柊をあの金髪の幼いままに思っているんだと喉まで出かかった。


生暖かい夏の空気は夜空を包み肌に触れると少し不快な感じがして、それと同じものを蓮池にも感じた。


幼馴染の成長に気づかないほど察しの悪い男じゃないだろうにと見つめた瞬間、軒下にぶら下がる風鈴が風に揺れた。



楓「それ、夕太くんが作ったやつだよ」



チリン、となる柔らかい音につられた蓮池はまた自慢げな顔して話し出した。



雅臣「そうなのか?」


楓「小学生の時に何かの体験で作ってさ」



聞けば昔、ガラス風鈴に絵付けする体験学習に夏休み行ったらしい。


幼い柊が顔を赤くしてガラスを膨らます話を教えてくれる蓮池はいつもと違って本当に優しい顔だ。


俺や他の人に対する話し方と明らかに違って、柊は蓮池の中で格別の友達なんだと気がついた。



『雅臣、俺はこの3年間ででんちゃんと本当の友達になりたいんだ』



柊が俺の家で言った言葉が脳裏に再生される。



どう見ても2人は友達なのに、蓮池に歪なものを感じるのは気のせいだろうか。



柊が言いたかったのはこの事か?



どうして2人はこんなにすれ違っているんだ?



雅臣「……お前の風鈴は?」



疑問に思いながらも気づいたことを口にする。


柊の作ったものを飾っているなんて自分の作った風鈴と交換したのだろうかと尋ねると、



楓「俺が落として割ったんだよ。そしたら夕太くんが……」



そっと風鈴を指さす蓮池を見て、その先は言わなくても分かった。


柊は自分の作ったものをあげることで蓮池が喜ぶと思ったんだろう。


割ってしまい悲しむ蓮池のためにプレゼントしたに違いない。



雅臣「……柊、優しいもんな」


楓「そう。夕太くんって優しいから」



小さな頃から気遣いが出来るそんな優しい幼馴染は大切にするに決まってる。


蓮池に感じる違和感は拭えないが、こいつにとって柊が大切な存在なのは事実だ。



雅臣「小さい頃から一緒だもんな。さっき写真見たぞ?飾ってあったやつ、昔の方がより外国の子って感じで…宗教画の天使みたいな___」


楓「うるせーなペラペラとそんなの分かってるよ」



急に不貞腐れた声を出す蓮池は今の自分と似ても似つかない姿を見られて恥ずかしいのかもしれないと口を噤んだ。



雅臣「あれって何歳くらいの時なんだ?」



静まり返った庭園に風鈴の音がやけに大きく響いて、一緒に夜風がどこか遠くを見つめる蓮池の髪も揺らした。








読んでいただきありがとうございます。

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活動報告にキャラクターイラスト・プロフィールも掲載していますのでぜひご覧下さいね♪♪


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