119.【3羽のインコ】
柊に招かれ奥に行くと優に20畳は超える広間に大きな紫檀の座卓が置いてある。
その上に大きな鳥籠が3つ並べてあり、籠の中には3羽の可愛らしいインコが別々に暮らしていた。
まさかこの美しい広間に普段この子達を放鳥しているのかと思うが、恐ろしいほど贅沢な空間だ。
夕太「雅臣、これがスーでこっちがラーでこれはタン」
…………酸辣湯?
柊が説明する絶妙なセンスの名前を聞いて眉をしかめるが、付き合いが長いと名付けのセンスまで似てくるのだろうか?
確か柊の家の猫も中華の名前だったが、蓮池の家の鳥まで中華だなんて思いもよらなかった。
夕太「スーはでんちゃん家に来た時から話すのが上手いんだ」
〝ユウタクンッユウタクンッ〟
真ん中の鳥籠のインコに向かって柊が話しかけると、インコはそれに反応してパタパタと羽を鳴らしながら喋り出した。
雅臣「す、凄いな」
間近でインコを見るのは初めてで、ペットを飼ったことのない俺は教えればこんなに喋るのかと驚いてしまう。
他の2羽も綺麗な色の羽を広げて籠から出たそうな素振りを見せるが、どれもとても愛らしく初めて身近で見る動物に心が和む。
雅臣「……可愛いな、それに確かに話上手だ」
夕太「だろ?俺に似たんだな!」
両腕を組んで柊は自慢げに頷くがこの子達を飼っているのは蓮池だろうと苦笑した。
まぁ2人で一緒に可愛がってきたのかと籠の中を覗いてみると、右端の少し大きな黄色のインコが俺の傍に寄ってくる。
指をそっと出すとつつかれるかと思ったが頬を擦り寄せるような仕草をしてくれてとても可愛い。
夕太「お、もう懐いてる」
雅臣「可愛いな…」
しばらく2人で色鮮やかなインコ達の様子を眺めていると、突然背後から襖をスパンと開ける大きな音が響いて驚く。
しかし驚いたのは俺だけではなかったようで3羽も鳥籠内を慌ただしく飛び回ってたちまち大騒ぎになってしまった。
夕太「もー!!でんちゃんスーラータンがびっくりしてるじゃん!もっと静かに開けろよ!!」
楓「はぁ?わざわざ鉄火の餌を持ってきてあげ___って!!夕太くん!!あげすぎないでよ!!」
小袋を片手に部屋に入ってきた蓮池が注意したのも束の間、柊は直ぐにそれを奪うと一目散に飛び出していった。
忙しいヤツだなと呆れるが、またしても蓮池と2人取り残された。
蓮池は大騒ぎする鳥達を放ったらかしにしたままなので可哀想で見ていられず、
雅臣「だ、大丈夫だぞー…落ち着け落ち着け…」
と籠の上から優しく声をかけてみたが、〝鉄火〟とは何なんだ?
雅臣「鉄火の餌って?まだ他に鳥がいるのか?」
楓「……池の鯉」
___なるほど、鯉の名前か。
縁側から池の中まで見えなかったが、鳥と違って中華料理じゃない名前から想像するに赤地に斑点模様とかなんだろう。
そのカラーリングならエビチリでも良さそうなのにと一瞬ネタみたいなことを思いつくが、やはり鯉には純和風の方が似合うと蓮池を見つめた。
楓「言っとくけど俺がつけたんじゃないからな」
雅臣「わ、分かってるって。……それにしても蓮池が動物好きなんて知らなかったよ」
ネーミングセンスを疑われるのが癪なのか蓮池は俺を睨んだままで、変に突っかかられても困るのでさりげなく話題を逸らした。
しかし、普段俺と柊が猫の話をしていても全く興味なさそうだったのに実は動物好きだったとは……。
ディスカバリーチャンネルのカニ漁は見ていたのだから決して嫌いというわけではないのだろうけど、改めてこいつが鳥や鯉を飼ってるなんて意外すぎるとまじまじ見つめてしまった。
雅臣「蓮池って鳥好き___」
〝ユウタクンッユウタクンッ〟
〝スキスキッ〟
俺が声をかけようとした途端に話しかけられたと勘違いしたインコが遮るように喋りだした。
繰り返す鳥達の言葉に、蓮池は眉間にシワを寄せて気まずそうに顔をふいと横に向ける。
雅臣「本当に話すの上手いな!?」
〝スキスキッ〟
〝スキッ〟
また俺の言葉に反応したインコは高い声でお喋りを続ける。
3羽とも同じように連呼し始めて、こんなに好かれるほど蓮池は可愛がっているんだなと感心してしまった。
顔を逸らしたままの蓮池は居心地が悪そうで、きっと俺に可愛がってることがバレて照れているんだろう。
雅臣「お前が鳥好きなんて知らなかったよ。俺はペット飼ってる人も近くにいなかったし…」
愛らしく小首を傾げる水色のインコを見て、俺も同じように小首を傾げて小指を鳥籠に伸ばす。
楓「ボッチウケる」
雅臣「……うるさいぞ」
鼻で笑う蓮池はいつも通りの憎まれ口を叩くが、この口調がインコに移ってないということはペットには余程優しく話かけているのだろう。
雅臣「猫とか犬が相場かなって思ってたけど鳥も可愛いな」
楓「大変だよ、好きでもないのに世話すんのなんて」
雅臣「あ、もしかしてお父さんかお母さんが鳥が好きで飼ってるのか?」
小さくため息をつく蓮池に、よく考えればいくらご両親が鳥好きでもマンションだと飼えない場合もあることに気がついた。
確かにこの広い家ならさっきみたいにいくら騒いでも大丈夫だし鳥達にとっても良い環境だよな。
てっきり蓮池本人が可愛がってるとか寂しくないよう傍に置いているのだと思っていたがただの勘違いだった。
早とちりしたことを謝ろうとするが、
楓「夕太くんが貰ってくれって頼むから……」
………。
……………。
………………何だって?
柊が頼んだからって……まさかこの鳥達は実はあいつの家のペットなのか?
雅臣「あー…そ、そうだよな、柊の家猫いるもんな」
幼馴染の代わりに飼ってるだなんて本気かと動揺してしまうが、よく考えれば猫と鳥なんて相性が最悪すぎるとつい柊に似た海外アニメの黄色いカナリアが頭に浮かぶ。
それにしても良くこんな事了承したな。
この感じだと蓮池はイメージ通りとても動物好きには思えないし、そもそも柊はどうして猫がいるのに鳥を飼いたいだなんて思ったのか。
柊の家には5匹も猫がいるのに鳥まで飼うなんて少し考えれば危険性に気づくはずだろう。
何故家族含めて誰も反対しなかったんだと俯き加減の蓮池を眺めた。
………大体、蓮池も柊を甘やかしすぎだ。
いくら柊最優先だからって普通そこまでするか?
俺には友達もいないし世間一般的な幼馴染の関係もよく分からないが、あまりにも無責任すぎると押しつけられた蓮池が哀れになった。
雅臣「何歳なんだ?インコ達」
不審に思う気持ちを悟られないよう、とりあえず違う話題に変えようとすると、
楓「さぁ?今は4?とか」
雅臣「……そ、そうか」
蓮池の曖昧な答え方が気になってつい言葉に詰まってしまった。
特に可愛がってるわけでもないなら年齢がうろ覚えでも仕方がないか。
夕太「でんちゃーん!!カレー食べよー!!」
ちょうどその時鯉の餌やりを終えた柊が満面の笑みで戻ってきて少しだけ腹立たしく思えてしまう。
まさかあの池の錦鯉まで柊の願いで……とか言われたら俺は冷静ではいられない。
楓「あぁ、温めて…って!!夕太くんもしかして全部あげたの!?」
さっきの袋を空にして帰ってきた柊に信じられないと蓮池は目を見開く。
鯉の餌の分量なんて俺は知らないが、蓮池が渡した時にはまあまあの量があったはずなのにもう空っぽだなんてどうして柊はこうも無責任なのか。
夕太「だって痩せこけちゃって可哀想で……あ、雅臣でんちゃんの家のカレーめっちゃ美味しいから」
楽しみにしてて、と何故か柊が自慢げにこっちこっちと再び手招く。
夕太「でんちゃん漬物ある?」
楓「ある、柴漬けと何かババアがまた置いてったやつ」
……まぁ、蓮池がそれを良しとしてるなら俺が柊にあれこれ言ってもどうしようもないのか。
柊が悪い奴でないことも知ってるし、多分大の動物好きで世話もきちんとするんだろうけど末っ子気質で蓮池に甘えてるのかもしれな__。
いや、やっぱり柊の代わりに鳥を飼って世話までするのは甘やかしすぎだ。
考えが綯い交ぜになり蓮池の気持ちが理解できないと先に部屋を出た2人を追いかけようとすると、
〝ゴメンネッゴメンネッ〟
〝ユウタクンッ〟
水色のインコが俺に向かって話しかけた。
雅臣「…夕太じゃないぞ。お前の飼い主は…で、でんちゃんだ」
俺が柊の様な呼び方をしたのがバレたら殺されるので、声を潜めてインコに教えてやる。
いつも通り蓮池と呼んでもいいが、この物覚えのいいインコ達がもしそれを覚えてしまったら……。
俺が蓮池の名前を覚えさせたと言い掛かりをつけられキモいと言われ、そしてまた罵声を浴びせかけられる未来が見える。
しかし成り行きとはいえ世話をしている蓮池の名をどうしても呼ばせたくて、間違えるなよとインコに念を押した。
その瞬間、大声で柊を呼ぶ蓮池の声が襖越しに聞こえる。
____馬鹿だな、蓮池は。
あんなふうに柊を連呼してばかりいるからインコまで〝ユウタクン〟になってしまうのだ。
世話をしてるのは蓮池なんだから蓮池の名前を覚えればいいのにともう一度鳥籠を覗くと、
〝イタイッイタクナイッ〟
今度は黄色のインコがパタパタ羽を動かしながら元気にお喋りするから参ってしまう。
……ったく、柊は一体何の言葉を教えてるんだ。
〝スキスキッ〟
雅臣「こら、お前の飼い主は___」
楓「おい陰キャ!!いつまで鳥と話せる力がある俺の設定に酔いしれとんだ!!」
雅臣「……は、はぁ!?」
襖の奥から聞こえる怒号に、鳥籠内は再び大騒ぎとなったのを横目に立ち上がる。
毎度あいつはほんとに思いもつかない事を言って人を苛立たせる天才なのか!?
夕太「雅臣ー!!迷子ー!?」
雅臣「い、今行く!!…よしよし、いいか?でんちゃんだぞ?」
腹立ちながらも、もう一度インコに念を押してみた。
もし今度また蓮池の家にお邪魔する時は、こっそりあいつの名前を呼んで鳥達に覚えさせようとそっと襖を閉めて部屋を後にした。
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