117.【無い物ねだり】
雅臣「あんなに態度が悪かった俺に話しかけてくれてさ……蓮池との仲も最悪だったのにいつも柊が明るくしてくれて」
誰が何と言おうとも、俺は2人を悪く思えなかった。
それに柊は誰に臆することなく話すことができて、〝本当は?〟と嘘偽りなく対等に人と接することができる。
少し変わっていたとしても俺にとっては尊敬しかない存在だ。
柊はまた俺の隣にちょこんと座った。
俺を見つめる柊の目は虹彩が透き通って見え、その色素の薄さに似た淡い桜の花びらを思い出した。
出会いは最悪だったが、あの時柊が俺の制服の袖を掴んで入学式に行けよと勧めてくれなければきっと今も寂しくボッチのままだった。
柊がいなければ蓮池とも言い合いすることもなく、自分を変えようと思わなかっただろう。
自分の心に嘘をついて、嫌なことに向き合わずに考えないようにして生きて……。
それはとても楽なことかもしれないが、その選択をしていたら今柊はここにはいないし蓮池もこの家に来ることなんてなかった。
言いたいことも言えず、自分の気持ちをひた隠しにして寂しいままだっただろう。
………俺は。
俺は最初に柊と友達になりたいと思ったんだ。
雅臣「柊、4月から弁当誘ってくれたり話してくれて本当にありがとう」
俺はいつも気づくのが遅くて、お礼を言うのも本当に遅い。
今更かもしれないが隣に座る柊の目を見て改めて感謝を伝えたくなった。
雅臣「こんな俺と友達になってくれて嬉しい」
夕太「……雅臣ってば褒めすぎだよ」
柊は口元をむにむにと動かしながら、でも余程嬉しかったのか顔を赤くして隣で何度も俺を肘でつついた。
あまりにも嬉しそうで、少し痛かったが俺もそのままにしておいて友達になれた喜びを噛み締めた。
雅臣「柊は色んな人と話せるから羨ましいよ」
突然、柊の肘は止まって真顔になる。
夕太「そんなこと……、本当に自分が話したい人と話せなきゃ意味がないよ」
口を開いたら泣きそうな様子で、大きな目が揺れて見えた。
何か言いたいことを抱え込んでるようにも思えて戸惑っていると、
夕太「雅臣とでんちゃんって仲良いよね」
雅臣「はぁ!?」
次の瞬間何を言い出すんだと目を見開けば、柊はまたこのこのと肘でつついた。
夕太「俺より……仲良いと思う」
柊、お前何馬鹿な事を言っているんだ。
あれは仲が良いというより蓮池の八つ当たり要員に昇格したというか……。
食堂での激しい言い合い以降、確かにお互いが心を許した感はあるが正直仲が良いと言うには全然程遠い。
雅臣「何言ってんだよ。柊と蓮池は仲良いけど…俺はまだそうじゃない」
自分で言っておいて切ないが、事実だからしょうがない。
蓮池のお前嫌いモード全開だった4月よりかは幾分マシにはなったが、これは仲が良くなったというより本当に言葉の通りマシになっただけが正解だと思う。
夕太「そっかな。でんちゃんは俺より雅臣に心許してるよ」
雅臣「お前なぁ……」
アレのどこが俺に心を許してるように思えるのか。
隙あらば陰キャと弄られ、蓮池は俺の反応を面白がって弄んでるだけじゃないか。
雅臣「心を許した結果が陰キャだのコスプレだの、挙句親父はカニ漁に出てるとかありえない噂を流されてるってことか?」
夕太「雅臣のとっと、実は築地で働いてる説もあるよ」
雅臣「それは初耳だぞ!?あの野郎…今度会った時絶対言ってや……いや返り討ちにされるか…」
今までされた事を思い出してつい不貞腐れた言い方になってしまうが、まだあることないこと吹聴してるらしい。
しかしあいつに俺から口喧嘩を吹っかけた所で負けるのは目に見えてる。
クッションを抱きしめる柊は俺を見てニヤニヤしていているが、こいつら2人の似てる所は面白いことがあると分かりやすいくらい口角が上がるところだとジト目になった。
夕太「俺はでんちゃんにそうやって揶揄われたことも言い返されたこともないよ」
雅臣「蓮池がお前にそんな事するわけないだろ」
それこそとんでもない無いものねだりだと呆れてソファにもたれかかった。
確かにいつも柊最優先の蓮池は俺に対する態度とは真逆で幼馴染に滅法甘いが、俺からしたら優しくされた方がいいに決まってる。
何が楽しくて日々揶揄われ罵られないといけないんだ。
雅臣「お前らは友達だからな。あいつはいつだって柊がNo.1で……俺なんか蓮池の中のランキングほぼ最下位をキープしてるみたいなものだぞ」
夕太「でも、羨ましいよ」
何を思ったのか柊は部長をやりたいと言った時くらいしつこく羨ましがると、抱きしめたクッションに顎を乗せた。
夕太「ねぇ雅臣。でんちゃんって何で怒らないんだと思う?」
雅臣「……は?」
_____どういうことだ?
こっちはどう言えば柊の気が済むのか考えているというのに、あまりに馬鹿みたいなことを言うので空いた口が塞がらない。
雅臣「あのなぁ……俺はあいつに何か言われる度に胃が痛いのに何しにわざわざ怒らせたいんだよ」
以前蓮池の体型を詰る柊を注意した時も同じようなことを呟いていたが本当に理解出来なかった。
友達を怒らせるメリットなんて何もないと訝しむと、
夕太「だってでんちゃん……本当のこと言ってくれないから……」
柊はポツリと不思議なことを口にした。
雅臣「本当のこと?」
柊の求める本当って何だ?
一体蓮池の何が知りたいんだ?
幼馴染を怒らせたい理由とどう繋がるのかさっぱり分からない。
夕太「俺だって今雅臣と話してるみたいに話がしたい、でんちゃんと友達になりたいのに……」
雅臣「と、友達になりたいって……」
俺から見たら柊と蓮池は十分すぎるくらい友達に見えるというのにそれ以上何を望むんだ。
しかし柊は眉を八の字にして弱々しい声で呟くと、そのまま俯いてしまった。
夕太「でんちゃんは……もっと時間が経ったらもっと雅臣と仲良くなって……雅臣には本当のことを言う気がする」
柊は多分わざと輪郭が見えないよう曖昧に話しているのだろう。
でもあまりにも本音が見えずこのまま手探りで話し合っても埒が明かないと俯いたままの柊を見つめた。
雅臣「蓮池は柊が思うよりも柊の事を大事に思ってるよ」
今は素直に自分が思うことだけ伝えるしか方法はない気がした。
普段は言いたい放題の2人だが心では互いに大切な存在と認めているはずだ。
もしかしたら柊は環境のせいで、他人を信じることができないのかもしれない。
明るく見える柊にも俺には分からない悩みがいっぱいあって、1番近くにいる人でさえ疑わなければならないのはあまりに寂しいことだと小さな巻き毛の頭を眺めた。
雅臣「大丈夫だ。今俺と話してるみたいにいつか2人で本音が話せるようになるさ」
俺が蓮池のお陰で言いたいことが言えたように、柊のために何か力になりたかった。
柊は俺の言葉にゆっくり顔を上げた。
雅臣「言わないと分からないことだってある。ちゃんと柊と蓮池にもその時が来るよ」
夕太「……雅臣、俺はこの3年間ででんちゃんと本当の友達になりたいんだ」
___これはきっと柊が初めて友達に漏らす本音だ。
その事に少し喜びを覚えながらも柊が可哀想に思えてくる。
蓮池にどう言えば自分の本心が伝わるのか、真剣に悩んでいるのだろう。
幼馴染なんだから分かり合うのなんて容易く思えるのに、距離が近すぎて今更上手く言えないのかもしれない。
柊が蓮池と友達になることを目標としているのなら俺は傍で応援してやりたいし、友達として見守りたい。
雅臣「そうか…なれるよ、なれる」
柊の望みはきっと叶う、信じろと強く答えた。
夕太「……ありがとう」
目が合って微笑むと励まされたかのように柊も笑った。
夕太「そうだ雅臣、華展の差し入れ選ばない?」
雅臣「そうだな」
隣で俺に凭れる柊がいつか蓮池に本音で話せるようになりますように、と心で密かに強く願った。
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