115.【柊の事情】
夕太「やっぱさー、4作目が1番いいと思うんだよね」
雅臣「あぁ、初手のスタントマンなしのアクションが迫力あるもんな」
あの後コンビニで買い物をして戻ると、柊は寝室で大人しく休んでいなかった。
直ぐにリビングに向かい柊を呼べば喉が渇いてアイスカプチーノを作ろうとしていたらしい。
カウンターを汚してミルクフォーム作りに苦戦している姿を見つけたのが数時間前で、柊には念の為ソファに横になってもらい俺がローテーブルに飲み物やポップコーン、お菓子を準備してリビングのテレビを点けた。
いざティム・クルーズの映画を見ようとしたが全シリーズを見直すにはさすがに時間がかかるので、まず柊と何作品目が1番好きかを話し合った。
互いに4作目が好きと分かりシーズン4の映画がを点けて次から次へと緊迫した展開が続き……。
ようやく見終わった今柊は完全に痛みが引いたようで、ソファに座ってポップコーンを頬張っているがいつも通りの柊に戻って安心した。
夕太「でもあいつが裏切るとはな!今作予告出てかたから裏切りの裏切りで……ほんとは仲間なのかな」
雅臣「その展開が1番アツいよな、1番最初から出てるし仲間だといいよな……」
買ってきたオレンジジュースを飲みながら柊と作品の面白さを語り合うが、あまりの怒涛の展開に体に力が入りっぱなしだった。
立ち上がって伸びをすると、
夕太「雅臣身長伸びた?」
雅臣「え、どうだろう」
自分では意識していなかったが、そう言われれば伸びたかもしれないと少し嬉しくなる。
夕太「もうでんちゃんと同じくらいじゃない?」
雅臣「180いったかな」
元々蓮池の方が身長は高かったが確かに最近は目線が近い気もして、4月からそんな簡単に伸びるものだろうかともう1度柊の隣に座り直した。
まあ名古屋に来てからよく食べよく寝てばかりだしな。
悩みもそこまでないとなれば成長期も相まって自然と背も伸びるものなのかもしれない。
夕太「でんちゃんも身長高いからなぁ…おばさんもおじさんも普通くらいなのに何でだろ?」
雅臣「……確かに、蓮池デカいよな」
柊が蓮池に対して〝身長が高い〟とごく普通の言い方をしたので少し驚いてしまう。
デブだのブタだの普段聞くに堪えない言葉で蓮池を罵っているが、柊もやれば出来るじゃないか。
何故いつもそうしないのかと細目でみるが、
夕太「いやーそれにしてもこのテレビ本当に大きくて最高!画面もくっきりだし…これなら映画館じゃなくても楽しめるよな」
いいなーと立ち上がった柊がテレビを眺めながらサイズを聞くので、85インチの4Kだと教えてやる。
夕太「うわ高そー…てか東京だと映画館ってどこマスト?名古屋はミッドランドか109なんだけど」
雅臣「割と色んな場所にあるけど……俺は特に行ったことないんだよな、友達もいなかったし」
自虐気味に笑って答えると柊が深刻な顔でそうか…と呟いた。
大須に行った時に新大久保や原宿に行ったことがない俺を柊に信じられない目で見られたのを思い出す。
あの時は馬鹿にするなと真剣に思っていたが今なら友達と遊びに行ったり映画館にも行ったことがない異常さが分かる。
だから俺は敢えて暗くならないよう冗談っぽく自虐気味にそう言ったのだが、柊には余り伝わらなかったらしい。
夕太「雅臣陰キャだもんな……」
チロと上目遣いで深刻に言われるとそれはそれで何となくムカつくのだが、殴るフリをしたら柊は笑いながらごめんってと謝った。
夕太「え、じゃあさ、ティムの映画とかどうしてたんだよ」
雅臣「全部配信されたら親父が買ってくれて……こうやってテレビかプロジェクターで見てたんだよ」
夕太「出た、ナチュラルボンボン」
柊の言い方には苦笑してしまうが、今までこういう普通の会話をしたことがなかったからとても楽しかった。
ボッチだった俺は普通の人が経験してきた友達との関係がいまだによく分かっていない。
少しの会話が上手く弾むと嬉しくて、子供の頃にすることのできなかった経験を今ちゃんとやり直してるのだと思う。
夕太「てか雅臣って〝とっと〟のこと嫌いなのかと思ってた」
揶揄い混じりに、でも本当は?と聞く柊に少し考えてしまう。
雅臣「親父のことは嫌いというか……」
名古屋に来てから色々親父に対して呆れはしたが心からずっと嫌いだったわけではない。
東京のマンションで2人、リビングで映画を見れるくらいには良好な関係だった。
…………でも。
雅臣「急に再婚が決まってしかもあの様子だと母さんが死ぬ前から関係があったみたいでさ、何と言うか……驚いたんだよ」
一人暮らしをして親父の悪い所だけじゃなく努力していたところも見えてきた。
でも今会えばきっと感情を上手くコントロールできずに詰ってしまう。
雅臣「だから嫌いではないけど……」
上手く言葉が纏まらないが要するにしばらく間を開けた方がいいと思ったんだと素直に伝えると、柊はそっか、とだけ呟いた。
夕太「俺んとこは次々母ちゃんが男変えるからさ」
柊はそう言いながら俺の隣に座り直すと、空のグラスで遊ぶようにストローを回した。
静かな部屋にグラスの中で回る氷の音だけが響いて、柊と目が合った。
夕太「まぁ大変だよなぁ……俺達子供は親を選べないから」
雅臣にしか言ったことないんだけどね、と寂しそうな子供の顔で柊は打ち明けてくれた。
____ああ、そうか。
柊が時折見せる大人びた表情やどこか達観した考え方は環境がそうさせたのかと理解する。
夕太「な、でんちゃんの家とか羨ましいよな」
俺にもたれ掛かる柊の気持ちが痛いくらいよく分かった。
多分柊は蓮池の両親が変わらずずっと一緒にいて、1人息子に愛情をちゃんと注ぐ姿が羨ましいのだ。
それは俺も同じだが、柊の言うように俺達は親を選べない。
そこまで不幸なのかと問われればそうでもない事もちゃんと分かっている。
自分よりもっと不幸な人もいるというのに不満を口にするにはあまりにも我儘な気がして、つい最近蓮池との言い合いで吐き出せた俺は楽になれたけど柊はどこにも言う場所がなかったんだろう。
柊の蓮池に対する暴言の中に羨ましさからくる嫉妬みたいな気持ちが多少はあるのかもしれない。
蓮池も柊も互いに言えないことがあるんだと2人の気持ちを聞いた俺は余計なことは言えなかった。
雅臣「柊、俺は兄弟がいるのが羨ましいよ。俺も蓮池も一人っ子___」
話題を変えて気を逸らしてやろうとすると、
夕太「でんちゃん?違うよ?…あ、言っちゃった」
柊はパッと慌てて口元を手で抑えるが嘘だと言うには流石に無理があった。
蓮池はひとりっ子じゃないのか……?
蓮池から兄弟がいるなんて1度も聞いたことがないけどと首を傾げた。
夕太「まぁ有名な話だし……雅臣ならいいか」
ソファでブラつかせていた足を止め柊は俺と向き合い、他の人には内緒ね?と口止めする。
夕太「でんちゃんにはお姉ちゃんがいたんだよ」
初めて聞く事実に目を見張った。
読んでいただきありがとうございます。
ブクマや評価していだだけて本当に嬉しいです!
いただけると書き続ける励みになるので、ぜひよろしくお願いいたします♪♪




