13.【揉め事】
「中田がソロだ。それ以外はない」
「いや、だから__!」
よく通る声に驚き開いた扉を覗けば、向かい合って口論をしている3人が見えた。
若草色の学ランの胸のラインで、その人達が高3だと一目でわかる。
取り巻く成り行きを見守る人達の中には、高2を示す群青色のラインの生徒もいる。
「なあ三木、俺達今年で最後の大会なんだぜ?よく考えろよ」
「よく考えるのはリオン、お前だ。第一蘭世がソロをやりたくないって言ってるだろ?」
三木、リオンといった名前に聞き覚えのある感じがした。
記憶を呼び起こしている間にも、会話はどんどんヒートアップしていく。
「やりたくないって言ったって…その蘭世を説得するのが俺らの役目だろ!?なんでやりもしないのに引くんだよ!」
「本人がやりたくないと言っていることを無理にやらせるのは違うだろ」
「中田も上手いのはわかるが三木、今回は俺も桂城と同じで蘭世がいいと思う」
3人の意見が食い違っているようで、どうやら大会のソロを誰にやらせるかで揉めているらしい。
見た限りでは2対1の構図で、金髪と短髪が眼鏡の返答を待っている。
「…まあ…正直蘭世は別格というかさぁ」
「梓は半分プロみたいなもんだろ」
「でも中田も上手いぜ?頑張ってんじゃん」
「先輩達が蘭世推すのもわかるけどなぁ、だって合唱コンクール最後は優勝したいだろ」
……思い出した。
眼鏡と金髪は入学式で指揮、伴奏を務めていたあの2人か。
音楽室を普段から合唱部が使ってるのだろう。
まだ点と点が繋がらないが、外野の話も含めどうも合唱部員達の意見はわりと揃っているようだった。
周りが話してるらんぜ、ってのは多分さっきの銀髪の人だよな。
あの人にソロを任せたいというのが大体の総意なのだろうが、三木という指揮者だけが反対してるのか。
三木「確かに入学式の中田のソロに少し不安定な部分も見えたが、でもまだ4月だ。大会まで練習を重ねれば充分カバーできる」
「大会だからこそ失敗できないんじゃねーか!大体三木、お前普段蘭世贔屓なのになんで今回は譲らねーんだよ」
三木「…蘭世とは子供の頃からの付き合いなだけだ。贔屓した事は一度もない。上手くは言えないが中田が歌うことでこれから合唱部が得ることが大きいと思う。だから俺は中田をソロに推薦したい」
柊がここに入りたがってたけど、どう見ても厳しそうなこの部活に俺は絶対入ることは無いな。
離れていても伝わる、このピリピリとした空気。
意外と体育会系のようで、帰ろうにもここで足音を立てることを許さない、謎の圧を感じた。
その時、群青色のラインが入った制服の1人が手を挙げ、全員の視線がその人に集まった。
「み、三木先輩。俺も…俺も蘭世でいいと思います」
三木「中田、お前は蘭世『で』いいのか、蘭世『が』いいのかどっちなんだ」
3人の話に割って入ったこの人が指揮者の推すソロの人か。
何も本人がいるところで、こんな話しなくてもいいのに。
中田「蘭世は俺より…俺より上手いです。蘭世なら…はい、蘭世が相応しいと思います」
三木「中田…」
その言葉は、どこか自分に言い聞かせるようにも感じた。
俺は入学式で途中退場だったし合唱とか全く興味も無いんだが、この人の歌声を思い出せるくらいには上手かったのにな。
指揮者はどう出るんだろうか。
視線を移せば小さくため息をついたかと思えば、
三木「…そうか。なら、俺はここを辞めるよ」
あまりの突然の言葉に、音楽室が騒然となる。
部外者の俺でもなぜこの人が辞めるのか理解が追いつかない。
当事者達なら、尚更だろう。
「は!?お前、自分の意見が通らないからって、何でそうなるんだよ!」
金髪が慌てて詰め寄るも、指揮者は片手で眼鏡のブリッジを押し上げ何も動じない。
三木「…まあ、そう見えるだろうな」
諦めたかのように息を吐くと同時に、中田さんも指揮者に詰め寄った。
中田「三木先輩、何でそうなるんですか!」
既に泣きそうな声で俯いているが、自分のせいで部が揉めその上先輩まで辞めるとなれば泣きたくもなるだろう。
三木「中田、無理を言って悪かったな。…それでも俺は、ソロはお前しかいないと思っている。その気持ちに嘘は無い」
そう言って中田さんの肩をポンと叩き、指揮者は音楽室から出てきた。
慌てて半分開いた扉の影に隠れた俺を一瞥するものの、気にもせずそのまま行ってしまう。
「おい三木!待てって…!」
それを止めようと追いかけ出てきた金髪の先輩が俺を見つけ目が合ってしまった。
「あ、あれ?1年?こんなとこで何して……うわ!今日部活見学か!悪い!ちょっと今立て込んでてまた明日来てくれよな!…おい!!三木!!」
そのまま走って後を追っていった金髪の後ろ姿と、グッと拳を握り俯く中田さんの近くに部員が集まって来るのを横目に、俺はようやくそっとその場から離れることができた。




