112.【夏休み突入!】
雅臣「……よし」
夏休みも2日目、明日は皆とプールに行くので俺は朝から覚王山の駅前にあるステラバックスで宿題をしていた。
昨日1日かけて夏の勉強の予定を組んでみたが中々やることが多い。
東京の学校では付属の有名大学があるおかげでそこまで将来を深く考えることもなかったが、山王ではそうはいかない。
担任兼顧問の小夜先生に個人懇談で大学の相談をしてみたのだが、
小夜「お前東京戻んの?へぇー、推薦狙い?母校の大学の推薦とか欲しいんならとにかく内申上げろって」
俺の成績で2年後希望の大学の推薦が貰えるかどうかなんて分からないとハッキリ言われてしまった。
例年受験予定だったはずの成績上位者が何を思ったか急に推薦を貰うだなんてザラらしく、マンションの下の塾にでも行けと適当に勧められて終わった。
三木先輩に相談に乗ってもらう方が有益な気がして合宿中どこかで聞いてみようと、とりあえず昨日1日かけて宿題から今後の課題を洗い出した。
数学の問題集を初め、意外とどの科目も宿題が多い。
俺は夏休みに初めて勉強以外の予定が入ったのもあって気合いが入っていた。
空いた時間で効率的に終わらせておかないと存分に楽しめない気がして、軽食を食べがてら朝からステ勉をしていたわけだが10時から来てそろそろ1時間半は経つ。
もう少し居るなら追加で1杯頼まないと失礼だよな……と立ち上がろうとした瞬間、突然目の前にドカっと誰かに座られる。
誰だよ、いくら席が空いてないからって許可もなく……。
苛立ち顔を上げると、
雅臣「は、蓮池!?!?」
目の前に座ったのは淡いグリーンの着物を着た蓮池で、1番大きいサイズのフラペチーナを飲んでいた。
雅臣「何してるんだよこんなとこで…」
楓「何、俺がステバ来たら駄目なわけ?」
俺は慌ててイヤホンを外して声を掛けるが、蓮池は扇子を取り出して優雅に扇ぎながら信じられない勢いでドリンクを吸っている。
蓮池は先日奇跡的に追試を全てクリアし夏休みの補講を免れた。
無事一緒にプールに行けることになり柊と一緒に喜んだことを思い出すが、それにしても夏休み1番最初に会った人が蓮池とは……。
楓「げ、もう宿題やってんのかよ」
蓮池は俺の開いていたテキストを見て呆れた声を上げた。
雅臣「あぁ、計画的に__」
楓「さすが陰キャ、写メらせろ」
写すならまだしも、写真を取って後日写されるのはさすがによくないと直ぐにテキストを閉じる。
雅臣「教えてやるからさ。一緒にやろう」
楓「やだね、勉強はこりごり」
雅臣「でも夏休み明けの実力テストの範囲は宿題からだぞ?」
優しく諭しても聞きたくないとばかりに両耳を塞ぎ器用にストローに口をつける蓮池に苦笑してしまう。
雅臣「今日仕事だったのか?」
楓「……いや、終わったとこ」
雅臣「そうか、着物涼しそうだな」
楓「涼しいわけないだろバカかよ着物が涼しかったら日本人は未だに真夏でも着物だよ」
蓮池の着物姿は久しぶりに見るが、着なれているせいかいつもの制服姿とは別人でこう言ってはなんだが恐ろしく似合っていてかっこいい。
羽織りを着た蓮池の絽の着物を眺めていると、先程まで俺の隣で散々旦那の悪口を言っていた主婦達が急に色めき立つのに気がついた。
目立つからだけではない方々からの熟女の視線を変に感じてつい蓮池をテキストで隠したくなるが……それをしたら多分ぶん殴られるか蹴られるよな、とすんでのところで堪えた。
………そうだ。
蓮池の仕事が終わったのなら昼飯にでも誘おうかと口を開きかけた瞬間、
「あ!!!見つけたー!!!」
ステバにいる全員が振り向く程の大きな声が入口から店内に響く。
目の前の蓮池が舌打ちするも、声の主は足早にこちらまで向かって来た。
夕太「何呑気にフラペチーナ飲んでんだよ!!って……あれ?雅臣やっほ!!」
雅臣「ああ」
柊は前髪を上げてGUCCEのTシャツの上から赤のシアーのオーバーサイズシャツを着ているが蓮池を探していたのか汗だくだ。
たっぷりしたシルエットのバギーデニムを穿いているのを見てまるでKーPOPのようだと笑顔の柊を眺める。
夏休み前に俺が心無い言葉を指摘したのが原因で柊は教室から出て行ってしまったが、機嫌は割とすぐに直ったようで次の日には猫の動画がチャットに送られてきた。
顔を見ても何か裏があるようにも思えないので、あれから柊の気持ちは落ち着いたのだろう。
夕太「でんちゃん早く仕事戻んなよ、展示会来週の土曜日だろ!」
楓「弟子達にやらせとけばいいんだよ」
夕太 「そんなこと言ってたらでんちゃんの好きなあのデカい花使わせてもらえなくなるよ?」
柊は行け行けと蓮池を椅子から無理やり退かして今度は自分が座り込む。
雅臣「蓮池、お前仕事終わったって…」
楓「バーカ、すぐ騙される」
夕太「バカはでんちゃんな!」
俺と柊に向かってべ、と舌を出した蓮池は諦めたかのようにそのままカフェを後にした。
蓮池の言葉を鵜呑みにしていたが、まだ仕事の最中だったなんて……。
雅臣「あれ?柊は行かなくていいのか?」
夕太「うん、俺はでんちゃん戻させたし!さすがに大人しく帰ったと思う」
蓮池のほとんど飲み終わったドリンクを柊はズゴゴと音を立てながら吸っているが、駆け回って幼馴染を探したのか喉が渇いているようだ。
雅臣「展示も合唱部の大会も来週か、早いもんだな」
夕太「だね、でんちゃんの華は1発で分かるから雅臣楽しみにしてなよ」
雅臣「そうか?たくさんあるならパッと見じゃ分からなくないと思うが……」
柊は自慢げに幼馴染の凄さを語るが、いくら蓮池の作品が上手くとも素人の俺にはきっと分からない気がする。
作者の名前が書いた札でも置いてあったりするのだろうか?
夕太「いーや大丈夫、絶対分かるから」
柊は肘をつきながら謎に自信に満ち溢れた顔でそう言うと、空になったフラペチーナを未だに音を立てて吸うのでさすがに行儀が悪いと止めた。
雅臣「何か頼むか?」
夕太「んー…どうしよかな…俺映画行きたくてさ」
そう言うと柊はこれ、とスマホを見せてくれる。
それは俺も好きなシリーズの最新作だった。
雅臣「これティム・クルーズの新作だろ!俺も気になってたんだ」
夕太「え!まじ!?じゃあ一緒に行こ?」
柊もこのアクション映画が好きだなんてと誘われて嬉しく思うが公開日をふと思い出した。
雅臣「柊、……これ公開日来週じゃなかったか?」
夕太「えぇ!?そうだっけ…うわほんとだ!」
打って変わってガックリと肩を落とす柊の気持ちがよく分かる。
俺も勉強を忘れて柊と映画を見る気満々になったが、何か別の作品を見るより……。
雅臣「柊、もしうちで良ければ何シーズンか一緒に見直さないか?」
俺の提案に柊は目を輝かせて顔を上げた。
夕太「まじ!?行っていいの!?」
雅臣「もちろん。昼飯は家で食おうと思ってたし、ついでに一緒にどうだ?」
夕太「食う!俺オムライスかパスタがいい!」
さっきまで肩を落としていたとは思えないくらいの変わりように俺は笑ってしまう。
いつもは冷めた弁当ばかりなので、どうせなら作りたてを柊に食べてもらいたいと思っていたのだ。
初めて目の前で料理を振る舞うことができるので、
雅臣「任せろ」
2倍嬉しくなって早速柊と2人で俺のマンションへ向かうため席を立つ。
クラスメイトを家に自ら呼ぶのは初めてで、既にワクワクが止まらない夏の始まりになった。
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