108.【蓮池が背負うもの】
楓「来てどーすんだよ」
蓮池は眉間に皺を寄せて問うが、同い年で目の前にいる奴がどんな事をしているのか興味があった。
どうせ見に行くなら桂樹先輩の応援のついでじゃなくて、きちんと鑑賞して感想とか伝えられたらと思ったんだが……。
夕太「でんちゃん、お客さんだよ普通に」
楓「……あぁ、それもそうか」
来るなと断られるかと思ったが、柊の客という言葉に蓮池はあっさり納得した様子だ。
夕太「でんちゃん、当日も行くけど前日に差し入れに行くよ!あ!雅臣も一緒に行かない?」
雅臣「いいのか?」
ブンブンと大きく頷く柊に、誘ってくれて嬉しいと素直に伝える。
実を言うと以前話題に出た金山という場所が分からないので、柊と一緒に行けば迷うこともないと安心した。
雅臣「それなら差し入れ俺も一緒に買うよ。蓮池何がいい?」
楓「2人とも手ぶらでいい、何もいらんて」
夕太「1口で食べやすいのにするよ。和菓子系とか!冷やしとく場所ないだろうし」
蓮池はいいってと手を振るが、柊が食い下がったので受け取ってくれることになった。
前日なんて忙しいだろうし、若手メインと言ってたから蓮池だけではなく関係者の方が沢山居るのかもしれない。
後で柊と相談してできるだけ手が汚れない個包装で簡単に摘めるものを一緒に多めに見繕って持って行こう。
また夏休みの予定が1つ増え、買い物に行くのも楽しみになった。
楓「あのさ夕太くん、律儀に毎回来なくても__」
夕太「俺が行きたいから行くんだってば!それに雅臣だって気になるよな!」
雅臣「楽しみだよ、蓮池がメインなんだろ?」
な、と柊は俺を見つめるのでもちろんと頷く。
足を組んでアイスティーを片手に最初は断ろうとしていた蓮池も、2人で楽しみにしていると伝えると数回瞬きした後不敵な笑みを浮かべた。
楓「……ま、度肝抜いたるわ」
正直、その言葉はとても意外だった。
普段の蓮池は稽古へ行き渋ることが多く例のお爺さんや父親に文句垂れるばかりだ。
てっきり家業を渋々やってるのかと思っていたがそうでもないようで、目の奥に意欲が見える。
夕太「でんちゃんの華は本当に凄いんだよ!」
雅臣「そうか……俺は華道とか実際に見たことないから行くのが楽しみだな」
夕太「雅臣も見れば分かるよ、本物だって」
柊は何度も凄いと連呼するが、多少幼なじみの贔屓目が入ってるとしても蓮池は華が上手なのだろう。
蓮池は全く謙遜することもなく当然といった感じでいかにも自信ありげな表情だ。
楓「まあ見てろよ、名古屋を飾る全てのいけばなを俺が牛耳ってやる。老耄の作品より良いって言わせたるから」
口は悪いが熱意ある蓮池の言葉に驚いた。
知らなかった……。
蓮池って本当に華が好きで、本気でやっていたのか。
態度も悪く勉強嫌いでいつも寝てばかりの男だが、将来の蓮池流を担う覚悟が見えて瞠目する。
夕太「で、でんちゃん……!!」
楓「早くプリン食べなよ、溶けるから」
余程頼もしく思えたのか感動する柊を余所目に蓮池は残ったプリンの心配をしているが、俺も新たな1面を知って感心していた。
勉強だけの自分とは違い華道に真剣に打ち込む蓮池を柊と同じく俺も本当に凄いと思えた。
夕太「……でんちゃんはさ、そうやってずっと華の世界で生きててよ。ずっとすごい作品を作り続けるんだよ」
ぼんやりと独り言のように呟く柊に蓮池が目を細めた。
楓「夕太くんは俺のことバカにしすぎだよ。ちゃんとやるさ、俺華好きなんだから」
半分呆れる蓮池は俺に食わないのかと残ったカップケーキを指差した。
その手が前より荒れている事に気がついて、痛々しくて見ていられない。
きっと常に水を触るから荒れてしまうんだろう。
雅臣「蓮池、お前偉いな。俺渋々やってんのかと……」
楓「型通りに後継ぐだけじゃ何も残らん。自分でプレッシャーかけて限界超えないとね」
蓮池は俺の返事を待たずに勝手にいらないと受け取ってカップケーキにかぶりつく。
楓「夕太くん心配しないで。いつか俺は蓮池流だけじゃなくいけばな界で頂点取るよ」
___は、蓮池!!
柊だけじゃなく俺まで感動しそうだと隣を見れば、柊は何か眩しいものを見るように蓮池を見つめていた。
楓「とか言って、今は客寄せなんだけどね」
夕太「でんちゃんはそこじゃないのに……ほんとキモい」
肩を竦める蓮池を見て柊が身震いする。
確かにあのおかしなおばさん達に怒りたくなる気持ちが今はよく分かる。
いけばなを習いに来てる筈なのに何故か推し活のようになっている気持ち悪さに、蓮池の崇高な精神が汚される気がした。
遊びでやってるんじゃない、蓮池の本気と努力を何も分かっていないと俺まで腹が立つ。
楓「ま、でも結局華は見る奴がいないと成り立たないからね。どんな理由であれ人が集まるのはいい事だから割り切らないと」
蓮池に苛立つことも多いけれど、責任を背負う姿が異様に大人びて見えた。
私欲丸出しのおばさん達に囲まれていい気がするわけないのに、華の為なら自分を売ってもいいという蓮池のプロ根性を目の当たりにして驚くことしかできない。
雅臣「……大変だな」
蓮池も柊もそれぞれ生まれが特殊なのに自分の境遇をきちんと受け入れている。
特に責任と重圧を背負った蓮池に比べて、過去の俺の悩みなんてあまりにもスケールの小さいものだった。
あの時笑わずに蓮池が最後まで話を聞いてくれたことに改めて感謝した。
楓「……本当は一々俺らがお膳立てしなくても、華はそのままで綺麗なんだけどな」
反省する俺の前でため息をつく蓮池だが、あらかた食べ尽くして満足したのか満腹そうに椅子の背にもたれかかった。
雅臣「切って飾るから綺麗なんじゃないのか?」
楓「華道なんて結局は人間のエゴなんだよ、そのままでいいんだよそのままで」
そこに有るだけで美しいと本心から出た蓮池の言葉に息を呑む。
同級生なのに遥か先を歩いてるように感じて生きる世界が違うんだと何故か寂しく思えるが、それは多分俺がただの高校生で何もない未熟な存在だからだ。
自分の真っ白な将来に少し焦りを覚えるくらい、蓮池はしっかりと自分の道を歩いていた。
楓「にしても春夏秋冬、華を弄り回して……それでもジジイ共の方が評価得てんのほんとうぜぇな……」
頭を掻き毟る蓮池の言い方からしてお爺さんとお父さんは相当上手いのだろう。
長く生きていて経験値が違うのだから当たり前ではと思うが、身内でもきっと蓮池にとってライバルみたいな存在なのかもしれない。
同じ流派のその2人が認めざるを得ない腕を持ってるからこそムカついてついボロクソに言ってしまうんだろうな。
夕太「何だっけ、夏はじいちゃんなんだっけ?」
楓「春夏の生命力は死に損ねてる耄碌こいたジジイ、ハゲ散らかした髪のなさと寂しさが合うのが秋冬のクソ親父」
どうしても認めたくない蓮池の四季をイメージした散々な言い方に笑ってしまう。
そのタイミングでそろそろお時間ですとアフタヌーンティー終了の時間を告げられ、俺達は席を立った。
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