96.【どんな形であれ】
楓「……てかさ」
梓蘭世のおふざけの指揮に緩急をつけろと型を説く三木先輩を見て、しばらく黙っていた蓮池が顔を上げる。
楓「各学年ごとに1曲ずつ作るじゃん?…え、これに追加で梓先輩の指揮用の曲を作んの?」
無理じゃね?と呟く蓮池に、それもあるのかと何となく気落ちしてしまう。
まだ1曲も出来ていないのにプラスでもう1曲作るのは確かに厳しい。
知識とセンスもなければ時間もない、いくら合宿があるとはいえ学年毎に作る1曲で手一杯になるだろう。
夕太「祝福の歌で良くない?皆知ってるし」
そんな中調子よく伴奏を弾き続ける柊が決定ー!と大声をあげた。
___いやいやいや。
いくら曲を作りたくないからって何を言い出すんだと、先輩達の目を見ながら先程よりも肝が冷える。
そもそも合唱部を辞めた人達が山王合唱部の代表曲を披露するのはさすがに厚かましいし、これに参加させられる桂樹先輩だって絶対いい気はしないはずだ。
雅臣「それはいくら何でも……」
何とか説得しようと声を上げると蓮池と目が合った。
楓「……祝福の歌は合唱部の十八番でしょう?」
三木「一応はな。でも入学式と大会ぐらいでしか歌わないから文化祭で被ることはないぞ」
俺の意図を察した蓮池にズレた回答をする三木先輩だが、相変わらず人の心がないと何故か俺の方が気まずくなってしまう。
雅臣「そうじゃない。そうじゃないというか…ねぇ、梓先輩?」
蘭世「いや、俺に振られても」
同意を求めて梓蘭世を見ればこちらも大して気にした様子もなく、最後の砦と一条先輩に助けを求めて目を向けた。
梅生「俺も別にいいよ、祝福の歌」
雅臣「えぇ……」
あんた達はいいとしても、誰も桂樹先輩に悪いとか思わないのか。
桂樹先輩はSSC存続のため名前を貸してくれただけにも関わらず律儀に顔出しまでしてくれているというのに……。
これでは先輩が本当に合唱部との間で板挟みになってしまう。
梅生「俺あの歌好きだし…それに俺、本当は4月に蘭世と歌いたかったんだ……」
蘭世「梅ちゃん……」
俺の気持ちを差し置いて何故か2人の世界になり始めたので一旦スルーするしかない。
今頃になってそんな事を伝えるのが少しズレてる一条先輩らしいが、3人とも意見が一致しているのに俺がこれ以上意見することも出来なかった。
もし桂樹先輩が少しでも嫌な素振りを見せたらその時こそ皆で歌う曲を考え直そうと決意をして、目の前の夫婦漫才を眺める。
……それにしても一緒に歌いたかったってことは、入学式で合唱部が歌うあの場所に梓蘭世はいなかったんだな。
柊と蓮池が一条先輩を探していた時にこの銀髪が見えればそれは目立って騒いだはずだ。
式典でマナーが悪い父兄がいないとも限らず、拡散される可能性を思えば参加しなくて正解だったかもしれない。
夕太「よーし。じゃあ各学年1曲と、祝福の歌withあずにゃん先輩の指揮ってことで!」
蘭世「あずにゃんじゃねーよ」
まるでボケとツッコミのように、とりあえず文化祭の内容にオチが着いた。
無邪気に笑う梓蘭世に翳りはなく、提案して良かったと心底思う。
雅臣「皆でやれることになって良かったです…梓先輩楽しみましょうね」
楓「躾が行き届いてるってこういうことですよ、節操のないババアと違ってね」
蘭世「へーへー、陰キャモテも大変だぜ」
俺が何か真剣に言う度にこの2人が似たような毒を吐くので苦笑してしまった。
でもこんなのは大した事じゃない、この2人が楽しく笑っていられるならそれでいい。
夕太「俺気合い入れてピアノも弾くし歌も歌っちゃうからね!!俺と梅ちゃん先輩の運命の歌だから」
蘭世「はぁ!?」
突如ベートーヴェンの運命の触りを弾き始める柊に、意味分からんこと言うなと梓蘭世がヘッドロックをしかけた。
夕太「ぐ、ぐどぅしぃー、ぶべぢゃんぜんばいー」
梅生「あ、はは」
助けの手を伸ばす柊を救いに一条先輩が梓蘭世の手を剥がそうとするが、余計に絞めるので皆で大笑いした。
まだ作詞作曲と課題は残っているが、どんな形であれ皆で文化祭を楽しむことができそうで本当に良かった。
夕太「絞めすぎ…あ、喉乾いたな。後のことは購買行ってお菓子買ってからでいい?」
蘭世「夕太俺も行くわ、腹減った」
楓「先輩、ドーナツ買いません?」
梅生「買う、行く」
許可無しで入口に向かう柊の後に3人がついて出て行ってしまう。
部室に取り残された俺も一緒に何か買いに行こうと1歩前に出ると、三木先輩が肩に手を置いて呼び止めた。
三木「…ありがとうな、藤城」
雅臣「え!?」
特に何もしていないのに、突然お礼を言われて戸惑ってしまう。
三木「俺も蘭世達も、嫌な思い出で終わらなくて良かった」
___やっぱり何か理由があるのか。
俺が今合唱部を辞めた理由を聞いたら三木先輩は答えてくれるかもしれない。
でもこういった事を話すタイミングは自分からの方がいいよな。
俺がそうだったように本人が話したい時に話すべきだし今聞くのは違うと思う。
雅臣「俺は何もしてないです…どっちかって言うと蓮池や柊の方が……」
三木「蘭世はお前の気持ちが嬉しかったと思うぞ。さ、俺らも行くか」
やけにすっきりした顔の三木先輩に、最初の頃に感じた怖さや威圧感はもうなかった。
まだ誰とも決まっていないけれど、この人こそが俺らの部長だよなと俺は先を歩く三木先輩の背中を追った。
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明日はちょっと楽しい小話です!
1年生が梅ちゃん先輩の秘密に迫る……!?




