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94.【知られざる苦労】




蘭世「皆にも改めて言っとくけど、俺は文化祭では歌わない」


夕太「……さっき歌ったのに?歌えるのに?」



1人ずつ目を見て言う梓蘭世に対して、直ぐに柊が鋭いところを突く。



蘭世「……練習だけなら付き合ってもいいけど本番はやらない」



しかし意思は固いのか答えが揺らぐこともなく三木先輩も黙ったままだ。


ここまでキッパリ言い切られてしまうと誰も何も言えず部室に静寂が訪れるが、しばらくして蓮池がはぁ、と大きなため息をついた。



楓「バカだな夕太くんは。ここで歌うのと文化祭で色んな人がいる前で歌うのは全然違うだろ?」


夕太「何でだよ!一緒じゃん!」



納得がいかないのか頬を膨らませる柊に蓮池は話を続ける。



楓「ただでさえ人が集まる文化祭で仕事でもないのに歌なんて披露したら、あの梓蘭世がってSNSであることないこと拡散されるって言ってんの」



至極当然と言わんばかりに柊を注意するが、説得力ある言葉にそれが1番のリスクだと俺もようやく気がついた。



三木「___理解が早いな」


楓「三木先輩のとこの事務所だって対応しきれないですよ。歌ったら確実に晒されますし」



瞠目する三木先輩に蓮池はビーズチェアに埋もれながら答えると梓蘭世に哀れみの目を向けた。


すっかりその存在に慣れてしまっていたが梓蘭世は紛れもなく有名人で、それ故に歌いたくても歌えない理由があるのだと自分の至らなさを思い知る。



夕太「そっか、確かにな。でんちゃんでさえ晒されまくりなのにあの梓蘭世となれば……」



しみじみと呟く柊にまた頭に疑問符が浮かんだ。


………何だって蓮池が晒されてるんだ?


俺の怪訝な顔を見た柊が、これ、とスマホを開いてもう片方の手で皆も見てよと手招きする。



雅臣 「___はっ?」



先輩達と一緒に画面を覗き込めば信じられない映像に素っ頓狂な声が出てしまい凝視してしまう。


柊が開いたアプリのTikTakには、蓮池の写真と一緒に〝楓くん〟とはしゃいで踊る中高年の女性が映っていたのだ。


柊がスクロールしていくとまた別の女性が現れ今度は蓮池の写真と自撮りしているが、1人だけならまだしも似たようなものが山ほど上げられていて気味が悪い。


しかも動画のアカウントがおばさんばかりなのが耐えられずに目を逸らしてしまった。



蘭世「……でん、これ俺んとこよりひどいわ」



きっつ、と梓蘭世が悲壮な顔をして、さっきまで雑に叩いていた蓮池の頭を気の毒そうに何度か撫でた。



楓「アンタの一般的なファンはそこそこ躾が行き届いてるんですよ。ババアはネットリテラシーってもんを知らないんでね」



大したことなさそうに言ってるが、何故華道の跡継ぎがこんな恐ろしい目に合うのか全く理解できず鳥肌が立つ。


芸能人の梓蘭世には一定数こんなのがいるかもしれないが、蓮池はごく普通の男子高生だぞ!?



夕太「選りすぐりのキモおばばっか、しかもでんちゃんのガチ恋」



が、ガチ恋?


聞いたことがないと首を傾げる俺に、ほらこれ、と渋い顔をした柊が再びスマホを差し出した。



恐る恐る覗き込むと……………。



……………………。



見なければよかったと後悔してももう遅い。



それはおばさん達が明らかに発情した目つきで着物姿の蓮池に群がり不必要にベタベタと触るホラー動画でこれがガチ恋かと息を飲む。



楓「ま、これで華道展が盛り上がって蓮池流が儲かりゃ何でもいい。それにババアは発情して閉経せずでWinWinだな」



何てことを言うんだと今日ばかりは叱る気にもなれなかった。


いつもより拍車のかかったキツい言葉はそうでも言ってないとやってられないのだろう。


戦慄する俺らと違って本人はしれっとしているが、蓮池のストレスの原因は確実にこれだ。


俺だったら胃に穴が開く、確実に開く。


蓮池流を継ぐプレッシャーだけじゃない、人と接することは要らぬ苦労を背負うことでもあるのかとストレスフルな蓮池を眺めた。



蘭世「でんお前苦労してんだな」


楓「気持ち分かりますよ。お互い商品ですしね」


蘭世「……いやお前に気を使われたらおしまいだわ」



鼻で笑う蓮池に梓蘭世は顔を顰めてそばから離れるが、自ら〝商品〟と言う蓮池が初めて大人に思えた。


梓蘭世こそ正しくそれだが、生身の人間を勝手に商品扱いする層が当たり前にいることに少しだけ嫌悪を感じてしまった。



蘭世「話逸れたけど、それも含めて歌わないって決めてんだよ」


夕太「蘭世先輩の歌に合わせるピアノ、超楽しかったのに……」



梓蘭世が強く言い切ると柊はがっくり肩を落とした。


あれだけピアノが弾ければ一緒にやる相手に力量があればあるほど柊の性格的に燃えるよな。



蘭世「……文化祭では、な。サークル内の練習で軽く歌うくらいならいいぜ」



その言葉に三木先輩がおや、と眉を動かした。


今まで色んな事情を考慮して三木先輩も無理やり歌わせるようなことはしなかったのだろうが、梓蘭世が少しでもやる気を見せたのは相当珍しいようだ。


芸能人にしか分からない苦労を改めて蓮池に教えられて、合唱部でも嫌な思いをしていたのかもしれないとつい想像してしまう。


せめて俺がこのサークルを楽しいと思うように梓蘭世が少しでも同じように思ってくれたらと、意を決して手を挙げた。



雅臣「あの、俺今すごく楽しくて___」


楓「これだから陰キャは。すぐはしゃぐ」



茶化して俺を笑う蓮池と同じように梓蘭世も笑っているが、2人ともここではせめてそうやって高校生らしく楽しくいてくれたらと話を続けた。



雅臣「今でも人前で歌うのはすごく恥ずかしいんですけど、でもせっかくだから思い出作りというか…」



ようやく自分の意思でこのサークルに参加できるようになって、先輩や柊達とたくさんの経験ができて毎日が本当に楽しい。


だからこそ梓蘭世だけでなく柊も蓮池も、三木先輩も一条先輩も1人残らず同じ気持ちでいてくれたらと思わずにはいられなかった。



雅臣「何とか全員で楽しめる方法はないんでしょうか?」



この瞬間を忘れないように、記念のように何か形を残せたらと思い切って提案した。



雅臣「拡散されるとか色々リスクはあるかもしれないけど、梓先輩だって山王に通う普通の高校生ですし……」



皆は顔を見合わせるが黙ったままでやっぱり駄目かと俯いてしまう。



梅生「賛成、俺も皆で何かしたい」



しかしそれまで黙っていた一条先輩がそっと手を挙げた。



梅生「でも藤城の言う通り、蘭世次第なんだけどな」



一条先輩は横目に親友を見るが、梓蘭世は目を逸らし救いを求めるよう三木先輩を見つめる。


三木先輩の黒い聡明な目に光が見え、



三木「……そうだな、皆が楽しめるものじゃないと意味がないよな。蘭世、一緒に考えよう」



心強いその言葉に梓蘭世の心が揺らいだように見えた。



楓「そもそもさ、事務所って活休中はどこまで露出いいんですか?」


三木「SNS関連は注意しないといけないが……」



蓮池の質問に三木先輩は答えを濁すが、考えてみれば事務所の契約や規約など梓蘭世に沢山の縛りがあるのだろう。



楓「もし対策するなら手伝いますからね」


夕太「隠し撮りとか見つけたら俺が蹴ってやるよ」



仕事のできる蓮池とは対照的に、後ろから柊が不意打ちで俺に回し蹴りをしたので前につんのめってしまう。



こ、こいつは本当に!!



げんこつを食らわすフリをしたら秒速で逃げていきやがった。




蘭世「……俺に何ができるだろうな」




転びそうになる俺が面白いようで笑ってはいるが、静かに呟く梓蘭世の顔には苦悩の色が見えた。






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