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92.【発声練習】



放課後になって俺らの部室に生まれ変わった旧資料室へ1人で向かうと、入口の看板は既に〝SSC部室〟と張り替えられていた。


扉を開けた瞬間目に入ったのは、無かったはずのゲーミングチェアに座って回る梓蘭世だった。



雅臣「梓先輩それは…」


蘭世「いいだろ、天文学部の奴がくれた」



横で苦笑している一条先輩に目を向けると、



梅生「はは…蘭世が賭けで勝ったからね、奪ったが正しいかな」



その話を聞いて以前も短距離走か何かでクラスメイトと賭けをしていたのを思い出した。


部室が手に入った今、ここにあったらいいものを賭けたのだろう。


先輩達3人とも既に部室に集まっていて、蓮池と柊が掃除当番で遅れることを告げてから三木先輩を呼び止める。



雅臣「三木先輩…あの、」



呼ぶ声に何だ?と三木先輩は眉を上げるが、俺は昼休みから考えていたことをお願いすることにした。



雅臣「今回も勉強会…頼んでもいいですか?」



先輩は余程驚いたのか俺を見て何度か瞬きをする。


それもそのはずで、今まで俺から積極的に何かを頼むことなんてなかった。


突然すぎて図々しいと思われてないだろうか……。



三木「そうか、……いいぞ。それなら来週の月曜からにしよう」



心配していたが三木先輩は顔色を変えることなく頷くと、直ぐに2年生の2人に過去問を持ってくるよう頼んでくれたのでほっとした。



雅臣「あ、ありがとうございます!」



良かった、過去問と傾向を教えて貰えば蓮池も何とか留年回避できるはずだ。


俺も一緒に頑張ろうと意気込むと、入口から賑やかな声と足音がどんどん近づいてくる。



夕太「もーっ、今週は学校来る度掃除してる気がする」


楓「いい気が入ってくるよ」


夕太「出た、でんちゃんのスピ…ってあー!!蘭世先輩何それ!俺も座りたい!」



掃除を終えた2人が入ってくると一気に騒がしくなったが、三木先輩が手を叩いてホワイトボードに注目させた。


誰が持ってきたのかいつの間にか貼られているカレンダーを三木先輩はペンで指す。



三木「まずリオのことなんだが、合唱部の方に一旦専念するそうだ。大会が終わるまでこっちに顔は出さない」



三木先輩がおおよそでカレンダーにここからここまでと書いた〝リオ不在〟の文字に少しだけ寂しい感じがした。


しばらく会えないのが残念に思えるが、合唱部は俺らのお遊びサークルとは違って大会だ。


仕方がないかと三木先輩の話に再び耳を傾ける。



三木「そして1年は発声練習をしてどの位歌えるのかを今週中に試す。その後文化祭の企画書を提出して、月曜日からの勉強会の最中に夏休みのサークルの予定も立ててしまおう」



てきぱきと無駄のない喋りで効率良く予定を組む三木先輩に皆が頷いた。


勉強会、という言葉に蓮池が振り向いて俺を睨むが、お前のためだと目を逸らす。


……しかしちょうど良かった。


夏休みの予定を決めるとなれば柊が立てていた計画も伝えられる。



夕太「夏休みさ、合宿とかしようよ!絶対皆作詞作曲やる気ないだろ?」



俺の安堵を他所に柊は早速合宿の提案をしたが、全員があー…とそれぞれ不自然な方向を見つめた。


分かるぞ、それが1番のネックで俺もやりたくない。


しかしこの様子だと皆が自発的に集まって真剣に作詞作曲をするとは到底思えない。


どうせ嫌なら柊の言う通り合宿の短期間で一気に作り上げるのが正しい気がしてきた。



三木「夏休みに合宿……、これ確定でいいな?作詞作曲はそこで詰めるぞ。9月から慌ててやっても文化祭に間に合わないからな」


夕太「うわ、ぎっしり」



三木先輩が自分のスケジュール表を開いて夏休みの予定を確認するのを柊が勝手に覗いて声を上げた。


時間単位で勉強やそれ以外の予定がかなり先まで埋まってるようで、3年ともなると受験の関係もあって忙しそうだ。



夕太「じゃあ合宿の日程は今度でいいから、今から歌のテストしちゃおう。せっかく綺麗になったピアノもあるし!」



いいよね?と全員を見渡す柊に了承と見た三木先輩がピアノカバーを取り除いた。


黒のアップライトは教頭に頼んで調律済みで、三木先輩は椅子に腰掛けると鍵盤蓋を開けて音を確認するように何かの曲の1小節を軽く弾く。


多分クラシックのそれは素人の俺が聞いてもとても上手だった。



雅臣「上手ですね」



ぽろっと本音が出てしまったが、三木先輩は軽く首を振る。



三木「昔習っただけでリオ程弾けないよ。さ、音域を調べるから1年そこに並べ」



言われた通りに蓮池、柊、俺と三木先輩の傍に寄るが、ピアノを弾きながら発声練習のチェックまで本当に何でも出来るんだなと驚く。


いよいよ歌って評価されるのかと思うと緊張してきたが、



三木「蘭世、一条。お前らも入れ」



三木先輩が自然と2年を誘い入れた。


一条先輩はともかく梓蘭世が言うことを聞くのかと思うが、嫌そうな顔はしてても発声ぐらいなら参加しても良いのか黙って俺の横に立ち並ぶ。


が、よりにもよって梓蘭世の横で発声だなんて……。


柊に場所を変わってもらえないか声を掛けようとしたが、



三木「ドレミファソファミレド、で弾くから全員〝あ〟の声で伴奏に合わせて___」



直ぐに発声の手本を見せる三木先輩の歌声に俺の悩みは全て吹き飛んだ。


元から低くいい声だと思っていたが、いざ歌い出すと音響も良くないただの部室に威厳に満ちた声が強く響く。


第1声からとにかくよく通る歌声は合唱部で指揮者だったのが勿体無いくらいだ。



三木「このまま俺の後に続いて___」



そのままピアノを弾く三木先輩に合わせて、



雅臣「あ___」



恥ずかしいとも言ってられずに皆と一緒に声を当てるが、最初のドで既にズレた誰かの声に引っ張られそうになる。


気にせずピアノは半音ずつ上がっていき俺はピアノの音に集中しようするが、どうしてもとんでもなくズレている奴が気になる。



三木「蘭世、声出せ」



歌っていない梓蘭世に気づいた三木先輩が窘めるがピアノも声もよく両方聞き分けれるなと口を開きながら思う。



蘭世「はいはい」



続くピアノに最初は地声で発声していたが次第に音域が高くなりきつくなった瞬間、梓蘭世が俺の横で軽く息を吸う。


次いで聞こえる第1声に俺はつい歌うのを止めてしまった。


高い音域にも関わらず、一切裏声になることなく狂わずに声を出す梓蘭世に見とれてしまう。


子供の頃の声しか記憶していない歌声は、それは美しいテノールだった。



三木「藤城」



注意されて慌てて意識を目の前の三木先輩に戻すが、ビブラートを効かせて朗々と歌う梓蘭世に無いはずのスポットライトが当たるようだ。


ただ音階に合わせた発声でこれなら、合唱部のメンバーが梓蘭世のソロを熱望するわけだ。


かなり高い音域まできてようやく三木先輩は伴奏を止めると、



夕太「蘭世先輩めっちゃ上手い!!」



柊が1番に叫び梓蘭世の回りをはしゃいで飛び跳ねる。



雅臣「いや、本当に……声が……綺麗すぎて」



度肝を抜かれたて呆然とする俺にそうだろうと謎に頷く三木先輩と嬉しそうな一条先輩がいた。



蘭世「発声に上手いも下手もあるかよ」


夕太「あるよ、上手いも下手も」



当の本人は照れながらも少し呆れ顔だが、柊の視線は横にいる蓮池に向けられていて、ものすごく嫌そうな顔をしていた。


蓮池を音痴と柊は言っていたが、確かにその気があるかもしれないな。



三木「蓮池は個別で音程を合わせるトレーニングをしよう。腹式呼吸と一緒に狙った音を一発で当てれるようにする」



全員で発声したのにちゃんと聞き分けていたのか、蓮池は今後個別で空いた時間に三木先輩に指導されることになった。


不服そうな幼馴染を置いて柊はすっかり梓蘭世の歌声に興味津々だ。



夕太「蘭世先輩何か歌ってよ」


蘭世「やだね。伴奏もないのに」


夕太「俺が伴奏やるから!うーん…あ、祝福の歌、あれ歌ってよ」



断ろうとする梓蘭世の腕を逃すものかと掴んだ柊はピアノの前に立たせると今度は三木先輩を退かして自分が椅子に座る。



雅臣「えっ!?」



柊は楽譜もないのに入学式で一度聴いただけの祝福の歌の伴奏を突然始めた。


弾き始めた柊のピアノは力みも迷いもなくそれは楽しそうでいつもより大きな目が輝いて見える。



三木「……これは驚いたな」



ピアノが弾けると知っていたのは多分蓮池だけで特にどうといった顔もしていないが、俺と先輩達は呆気に取られるだけだった。


まさに柊こそが能ある鷹は爪を隠す、だ。


友達になりたい奴の才能を突然垣間見た俺は鍵盤の上を踊るように指を動かす柊の大きな手を見つめた。


同時に入学式のソロ歌唱を柊が不思議な顔をして見ていたのを思い出し、これだけ自在に弾けるなら音程の微かな狂いに敏感なのかもしれないと気づく。


身長の割に大きな手もピアノのためにあるようで、パンドラの箱は柊じゃないかと瞠目した。




蘭世「__この祝福を花束にして君に贈ろう」




しばらくして、素晴らしい柊の伴奏につられたのか梓蘭世の声が部屋中に響き渡る。


先程の発声がまるでお遊びだったかのようで、美しい歌声はとても艶やかで明らかに人の心を揺さぶる力があった。


聞いてる側の体の奥に声が深く入り込み、感動が全身を駆け巡る。


防音も何も無いこの部屋からきっと外まで聞こえるその歌声は間違いなく本物の才能だった。




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